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四六話



 気がついたときには、もう動けなかった。

 なにもない倉庫のような部屋に両足と両手を縛られ、ほとんど動けない状態で転がされている。

 血を抜かれ、髪の毛やら皮膚のサンプルまで採られ、実験動物の様な扱い。

 唯一の救いは”防人”安吉は取り上げられてしまったものの、腰にある護身刀はみつかっていないこと。

 刀を取り上げたことで無力化したという連中の思い込みが功を奏した。


「……ううっ」

「質問の途中だ」


 顔を殴られる。

 無抵抗だと思ってやりたい放題される。

 今のところ外傷はないので護身刀が見つかる心配はないが、いつまで持つだろうか。

 

「覚めたものになる条件は?」

「……わからない」

 腹部に衝撃。

 胃液が出そうになる。

「こ、近衛でも、まだ解明されてない」

「ならば次だ。誰がどの刀を持っても、能力は発揮されるのか? この刀の能力は?」


 傷男の手には”防人”安吉。


「……強弱や相性はある。誰が使っても、という訳じゃない」


 俺の言葉に傷男は悩むような仕草をする。

 おそらくではあるが、覚めたもののそこまで詳しい情報を持っていない。

 連中からすれば俺は珍しいサンプル。

 喉から手が出るほど欲しい覚めるための条件を探す切っ掛けになりうる。


「近衛について知っていることはそれだけか?」

「……もう終わりだ。それより、今度は俺の方の質問だ。覚めたときになにが起こった」

「そんなことは後回しだ」

「話しが違う」

「そうだったか?」


 意地の悪い笑みを浮かべる。

 最低だ。

 それから所属や構成員、本部の場所、組織体系まで喋らされるが、本当の情報は半分も混ぜてない。


「ずいぶんとペラペラ話すのだな」

「……この状況で自分を不利にする理由がないだけだ」

「ふん、信じると思うのか?」

「どうしろと?」


 傷男が太い針を取り出し、力を込める様な仕草をすると、針先に液体の滴があった。

 よくよく見れば、液体は男の手から出ている。

 毒の製造元はこいつ自身。


「ちょっとまて! それは……」

 無言のまま腕を掴まれ、注入される。

「ぐっ……」

 変化はすぐにやってくる。


 視界が歪み、目眩と吐き気、頭痛。今すぐにでも膝を抱えたいのにそれができない。

「どうだ、良い気持ちだろう?」

「や、やめて、くれぇ」

「正直に答えれば中和剤をやろう。さて、近衛の構成からだったな」

「わ、わかったから、はや……く……」

 

 このままだと命に関わる。

 本能が腕に伝わり、ワイヤーを引きちぎろうとする。

 不快感が頂点に達しようかというところでブレていた視界が白、赤と明滅して普通に戻る。

 吐き気が和らぎ、急速に目眩もなくなった。

 最初は、中和剤を投与されたのかと思った。


「もう一度だ。近衛の構成は何人だ? 幹部はどのくらいいる?」

「……」

 

 違うことに気づく。

 傷男は変わらない口調で問うてくる。

 頭痛も寒気も消えた。不快感は多少あるが、さっきよりは幾分マシか。


「どうした? 中和剤が欲しくないのか?」

「こ、こうせいは、にひゃくにん」

 

 これは覚めたものの回復力が作用していると考えるしかない。

 原因はわからないが、有利を否定する余裕もなかった。


「それでいい。本部の場所はどこだ?」

「ていと、ぎょうせいとっくのにしがわ……」

「主要人物は? 裂海迅彦は健在なのか?」

「……もう、いな……」

 

 ここで突っ伏してみせる。

 限界というアピールは早い方がいい。


「ちっ、毒が強すぎたか。まぁいい、時間はある」

 首筋に痛みと冷たい何かが流れ込んでくる。

 気持ち悪いが、仕方ない。

 傷男は舌打ちをすると部屋から出ていく。


「……ふう」


 足音が遠ざかったところで体を起こす。

 両手首と足首を縛っているワイヤーを引きちぎり、バキバキと首を鳴らす。


「最低だな」

 

 刺された腕と首筋をさする。

 あの苦しさはさすがにワイヤーを引きちぎってやろうかと思った。

 不快感が薄れるのが数秒遅かったら面倒なことになっていただろう。


「なんとかなるとは思わなかった」

 どんな物質が注射されて、どんな仕組みで中和無毒化したのかは分からないのが玉に傷ではあるが。

 護身刀様々だ。


「まさか交渉で踊らされるとは、修行が足りなかったな」

 後悔が滲む。甘い餌をチラツかせて言葉を引き出すのは交渉術としては古典的だが効果だ。

 自分の得意分野で相手にしてやられるのは癪にさわる。

 

 思考を切り替えようと悩んでいると足音が近づく。

「早まった……」

 ワイヤーを切ったのは早計だった。

 失策が重なる。


 このままではやり過ごせないと判断して開く扉の裏側へと移動する。

 コツコツという足音が近づき、扉の前で止まった。


「……」

 心臓が高鳴り、唾を飲み込む。

 ノブが回り、がちゃり、扉がと開く。

「動くな」

「!……」

 刹那の交錯。

 引き抜いた護身刀を入ってきた一人の首筋に当て、腕を捻りながら壁に押しつける。


「日本語は分かるな?」

「き、貴様!」

 よく見れば壮年の男。

 大陸人特有の少し色の濃い肌に、丸い顔。

 傷男ではなくて良かった。


「ここはどこだ?」

「……喋ると思うのか?」

「俺は別に困らない。お前を殺して次の人間に聞くだけだ」

 腕を締め上げ、首を浅く切る。


「ふ、船の中だ。国へ戻るために手配した客船の……」

「出航してからどのくらいだ?」

「……」

「言え」

 頸動脈の上を浅く切る。

「……三時間」


 その時間でどれだけの距離を移動したのかを推察する方法が今の俺にはない。

「      !」

 押さえ込んでいた男が動く。

 ゴキリ、と嫌な音がして男は捻り上げていた腕を肩ごと外して距離を取り、叫びながら壁を叩いた。

「しまった!」

 すぐさま追うものの、相手も柳葉刀を背中から引き抜いて構える。

「    !」


 振り下ろされる寸前の刃を根本から掴む。

 痛い、がわずかに食い込んだ程度。驚く男の腹に膝蹴りを見舞い、護身刀を持ったままの右手で殴りつける。

 壁にぶつかり、男は気を失った。


「はぁはぁ……はぁ」

 一気に疲れた。

「……奴じゃなくて良かった」

 

 心底そう思う。

 もしあの傷男だったら終わりだった。


 ここで気がついたのは、今殴り倒した男は普通の人間だということ。

 理由としては組み合ったときの力や動く速さなんかは裂海の比ではなく、力も俺より弱い。

 顔を叩いても意識は戻らず、何より殴ったあとの傷の治りがない。

 コンベンションホールでは殿下もいたので見ている余裕がなかったが、この事実は大きい。


「毒を使えるのは傷男だけなのか?」

 そういえば、立花と戦っていたのもアイツ一人だった。

「察するに、大陸版の覚めたもの」


 連邦には雷帝がいるし、共和国にいてもおかしくはない。 

 問題は一人なのかということ。

 構成員は手練れではあるものの軍人でしかない。

 相対的な人数は多くても特殊なのが一人なら何とかなる。


 考えつつ、ふと思い立って男の手から柳葉刀を取り、振ってみる。

「やっぱり日本刀じゃないと無理か」

 覚めないし、よくよく見れば刃には何か塗ってある。

 今のところ何もないが、気分が悪いので折った。


「映画のようにはいかないな」

 アクション映画ならスマートに男を昏倒させ、相手の武器を奪って大逆転劇の始まりだが、ヒーロー初心者には難易度が高い。


「      !」

「   !」


「……まずいな」

 上の階から叫ぶ声が聞こえる。何分もしないうちに人がくるだろう。

 なにかないかと男が着ていたスーツを探れば、胸の内ポケットからケータイ電話が出てきた。

 それも、俺が持っていたものだ。


「返してもらおうか」

 

 ケータイ電話だけをとってその場を離れようとする。

 が、ことはそう簡単に運ばない。

 顔を上げれば、傷男が走ってくる姿が見えた。


「……そうそう上手くは行かないか」


 無言のまま振るわれた柳葉刀を護身刀で受ける。

 傷男の目が少しだけ見開くが、それ以上の変化はない。

 相手はプロ。事実を受け入れ、冷静に対処してくる。


「ッシャア!」

 

 蛇のようにしなる柳葉刀を捌ききれず、腕や顔が切られる。

 そこから滲むような痛みが押し寄せ、傷は治らないまでも痛みだけは消失する。


「! 貴様、どうやった?」

 

 護身刀のことをいっているのか。

 はたまた、柳葉刀に塗られているであろう毒のことか。

 今になってみれば立花が倒れたのも、第五大隊の二人が倒れたのも、柳葉刀に塗られていたであろう毒が原因と考えれば納得ができる。

 しかし、一つだけ新たな疑問が生まれる。俺自身は毒をどう処理しているのか分からない。

 立花を含め、三人を昏倒させた毒が、どうして俺には効いていないのか。 


「……言うと思うのか?」

 ハッタリで笑う。

 こういう場合は思わせぶりなことを並べ、相手を混乱させるに限る。


「やはり……」

 傷男が大きく後ろへと跳び、目をしきりに動かす。

「やはり貴様は危険だ。あの夜も三人殺し、今も私の毒を無力化している」

「……殺した?」

「とぼけるな。あの夜、貴様は私の部下を殺した。部下には私の毒を持たせ、準備も万全のはずだった。しかし、部下たちは連絡を絶った」


「……下手な嘘だな」

 

 言葉とは裏腹に記憶を巡らせる。

 あの夜。

 刀。

 まだピースが足りない。


「部下が消息を絶った翌日、取引場所の周辺でガス爆発があったという報道がされた。新聞には貴様の名前だけが載り、役所には即日死亡届が提出された。そこで生前の貴様を探ることにした。だが……」

 

 それ以上は探れなかったのだろう。

 近衛、いや鷹司が動いたからだ。

 中途半端だった情報にも納得がいく。


「すべては今日分かった。貴様だ。やはり貴様が部下を殺した」

 傷男の眼が烈火に染まる。


「……俺が?」

 疑問が口からでる。

 最初は冗談だろうと思った。

 なのに、


「ま、まさか……」

「そうだ、貴様だ」


 声に、閉じていた記憶が吹き出す。

 鮮血に灼熱の痛み。そして快楽。

 ごぼり、と胃液が逆流する。


「うっ……」


 ああ、そうだ。

 そうだった。

 確かに、俺はあのとき、誰かの体を引き裂いた。

 刀で切り、真っ赤に染めた。


「ぐっ……」


 事実に、吐き気がする。

 そうだ。

 あの日、あの時、この手で――――。


「覚えがあるだろう?」

「はっ、自業……自得だろうが」

 

 刀を手にした喜び、切られた憤怒、解放の喜びを。


「どう殺した? その手でくびり殺したか? それとも刀で切ったのか?」

「そ、そう、ぞうにまかせる、よ」


 全てを込めて殺した。

 握り潰し、切り裂き、鮮血を散らして。


「答えろ!」


 ダメだ。このままでは戦えない。

 逃げなくては。


「はぁ、はぁ、はぁ、理不尽にも、ほどが、あるだろうが……」

  

 護身刀を構える。

 頭は痛いし、吐き気がする。

 人を殺した記憶なんて思い出すだけでも怖気がする。

 でも、それが事実だというのなら。


「その能力は危険すぎる。持ち帰るのは死体だけにしよう」

「はっ、言ってろよ!」

 

 恐怖が頭を駆け巡り、左腕が勝手に動いて、倒れた男の服を掴み、傷男へ投げた。


「貴様ぁ!」


 傷男の怒声を背に走る。

 今はただ、一人になりたかった。



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