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四五話


 立花宗忠はあまり焦ったことがない。

 

 冷静沈着、というわけではないが物事を俯瞰できたことで状況分析に長けたからだ。

 突然現れた敵と思しき連中に、味方が少ないという状況下。

 殿下の存在、彼我の戦力差、どれをとっても楽観視はできない。

 だが、


「ひゅー、やるな!」

 

 柳葉刀と胴田貫正國の鍔迫り合いをしながらも目は縦横無尽に動く。

 出口は塞がれたが、もっとも戦力として乏しい新米である榊は健在、第五大隊の二人はすでに倒れているが、そこは大きな問題ではない。

 確かに戦力差は否めないが、切り結ぶ一人、顔に傷のある男以外の動きは並以上とはいえ軍人だと見てとれた。となれば、この一人をどうにかすれば脱出の糸口になる。


「隊長! 土岐隊長!」

 

 インカムに呼び掛けても応答がない。

 これは謀られたと見るべきだろう。


 思考を巡らせる間に鞭のようにしなる刃が刹那の余所見を逃さず首を狙うが、白銀の刃は皮膚にわずかに食い込んだだけで、頸動脈に達せず止まる。

 痛みはあっても数秒で治る。


「俺に刃物は通じないぜ!」

 

 接近しすぎた相手の胸ぐらを腕を伸ばして掴み、頭突きを見舞う。

 同時に左右からの連撃を腕の一振りで打ち払い、床を蹴り上げた。

 木材が割れて天井に当たり、穴があく。

 これで外にいる本隊にも異常が伝わったはずだ。あとは時間を稼げばいい。


「榊、まだ元気か!?」

「い、今のところな」

「上出来だ! もう少し待ってな!」

 

 新米は殿下を背負ったまま、消火器を切って粉をまき散らし、天井の照明を割ったりと小細工を重ねて逃げ延びている。

 頭が良い、というのは聞いていたが、極限状態でもこれだけ動けるのは嬉しい誤算だ。

 少し評価を見直すよう副長に申し出てもいいかもしれない。


「アンタ等、共和国だろ?」

「……」

 胸ぐらを掴んだまま、サングラス越しに睨む。

「黙りは嫌いだ。まぁいいや、あとで吐いてもらう」

「……できれば、な」

 口元から一筋の血を流しながら、男は薄ら笑う。


「状況がわかってんのか? アンタ等は敵陣の真っ直中にいるんだぜ?」

「だからどうした? この場で脅威なのは貴様だけだ。つまり、貴様をどうにかできれば抜け出すことなど簡単にできる」

「いいぜ、やってみな!」

 立花はもう一度頭突きを見舞おうとするが、スーツ姿の男も立花の首を掴み、力が拮抗する。


「ふっ!」

 

 スーツ男の息吹と共に柳葉刀の乱舞が立花に襲いかかる。

 が、やはり皮一枚を削ぐ程度しかできない。


「っだー! チマチマうるせぇな!」


 立花の固有能力は硬化ではなく、厳密に言うならば細胞の変異になる。

 表皮は普通に見えてもその下の真皮を歯と同じエナメル質に置き換えることによって刃の侵攻を許さず、血の滑りも相まって致命傷には至らない。


 加えて、胴田貫は希代の剛刀。

 コンクリートや鉄筋でさえ真っ二つにする。

 鉄壁の防御に無比の攻撃力が立花を不利にはさせない。


「……厄介な」

「はっ、後悔しても遅いぜ! 何のための護衛役だと思って……」

 突然、立花の動きが止まる。


「くっ……?」

 たたらを踏むように前のめりになり、手で口を覆う。

「ようやくか。まさか、こんなにも効きが遅いとは思わなかったぞ」

「な、なにを、した」

 

 急に膝が震え、手が痙攣する。

 口からは泡を吹いて瞳孔が広がり、見る間に体が大きく揺れる。


「ふん、苦しんで死ね」

 スーツ姿の男はそんな立花を足蹴にする。

 効果は薄いとわかっているが、憂さ晴らしの意味合いが強い。


「確かに、直接的な攻撃では貴様を倒すのは容易ではない。しかし、内部からならば別だ」

 傷男が吐き捨て、


「さて、こちらは済んだ。次は……」

 逃げ回っていた最後の一人に目を向けた。



                 ◆



 袋の鼠、という言葉がある。

 あまり良い言葉ではなく、できるなら使いたくない。

 しかし、


「立花……」


 さっきまで一人で敵集団を圧倒していた立花が倒れ、血を流している。

 四方を囲まれ逃げ場がない。

 背中には殿下。


「……さかき、かまいません。おろしてください」

 

 殿下はすでに覚悟を決めている。

 かといって、おいそれと降ろすわけにはいかない。

 スーツ姿の男は黒髪に壮年の皺、鋭い目つき。

 姿形だけならビジネスマンで通ったかもしれないが、左目の上にある浅くはない傷跡が普通ではないことを物語っている。


「よく動く目だが、観察するだけの余裕があるのか?」

「さ、さぁ、どうかな」

 傷男が近づいてくる。

 周りは敵だらけ。今は時間稼ぎをするしかない。


「榊平蔵、だな」


「……?」 

 名前を呼ばれ、疑問符が浮かぶ。


「まさか、こんなところで見つかるとはな。事故で死亡となっていたが、やはり生きていたのか」

 

 視線が集まるのが分かる。

 傷男を筆頭には全員が俺のことを知っている。

 それに、やはりという言葉も気になる。


「有名人だったりするのか? だとしたらサインでもしようか?」

 勝手に動く口がこんなときはありがたい。

 今は少しでも時間を稼いで、第五大隊の到着を待つしかない。

 一分、一秒でも引き伸ばさなければ。


「榊平蔵、元商社勤務で営業部に所属。だが、二ヶ月前の帰宅途中に事故に遭い、死亡。表向きはこうだ。しかし、実際には超法規的組織である近衛軍に所属していたわけか」


 そこでピン、ときた。

 コイツは『知っている』。

 それも俺が覚めた日、いや、その瞬間のことを。

 情報は間違っていない。しかし、かなり精度が低い。

 つまり、


「……そうか、あの日、俺とぶつかったのはお前の仲間だな」


 今度は傷男の眉が跳ね上がる。

 どうやら間違ってはいないらしい。


「なぜそう思う?」

「簡単な推論だ」

「……さ、さか」

 

 喋ろうとする殿下の口を押さえ、男に向き直る。

 チビ助が茶々を入れるなんて一〇年早い。


「不用意に情報を明かした自分を呪うといい。お前が口にしたのは勤務先と、あの事件以降の事実だけ。つまり、それ以上追跡できていないことを示している。ではなぜ調べるのか。必要があったからだ」

 

 ここへきてようやく思考がまとまり始める。

 もう少し早かったなら立花の援護も、別の策も考えられたのだろうが。


「刀はどこへいったのか。事件がどんな処理をされたのかは分からないが、お前の関心はそれだ。ヒントがあるとすればお前らはこの国の人間ではない。最初は連邦かとも考えたが、あの国はコーカソイドに近いウラル系民族のはず。黒髪黒目であと考えられるのは共和国だけ」


「……大した洞察力だ」

「事実だけを並べれば簡単に答えがでてくる。共和国は刀を欲し、あの日、日本刀を手に入れて運ぶ途中だった。そこに俺が偶然はち合わせたことになる」

「……」


 傷男が笑う。

 正解かどうかはわからないが、間違ってはいないらしい。

 相手が聞く限り、少しでも時間稼ぎをしなければ。


「偶然とはいえ刀を見られた以上、始末する必要がある。それでこれだ」


 自分の首を持ち上げ、指さす。

 そこには、まだ生々しい傷痕がある。

 どういうわけか、これだけは痕が消えない。


「普通ならこれで終わり。現場には通り魔の犯行に見せかけた遺体が残る。ただ一つ計算外だったのは俺が覚めてしまったこと。刀の行方も仲間も行方知れず。調べて行き着いたのが俺。違うか?」


 傷男の目が細くなる。

 当たらずとも遠からず、というところか。

 ならば、ここからはハッタリを使う。


「警察や軍の関係者なら、あるいは政治家や官僚経由で近衛までたどり着いたかもしれない。だが、国内に情報基盤を持たないとするなら、調べる対象にも限界がある」

「少しは頭が回るらしい。その推論が当たっていたら、どうする?」

「俺にその話しを聞かせたということは狙いがあるはずだ」


「……知りたくはないか? あの日、あの時、何が起こったのかを」

「知っている」

「なぜ死亡扱いにした。事故でよかったのではないか?」

「さぁ、今考えることじゃない」

「死亡扱いにする必要がない。断れない状況をつくるのならば、いくらでもやりようがあったはずだ」


 男の言葉も間違ってはいない。

 事実、そういうことも可能だろう。


「俺がそれを知って、どうにかなるとでも?」

「こちらの問題だ。どのみち選択肢はないはずだ」

 

 ダメだ。

 十数秒の時間稼ぎでは頼みの第五大隊は戻ってきてはくれない。

 となれば、交渉を受け入れるしかない。

 交渉するということは俺に利用価値があると考えている。

 活路はそこしかない。


「わかった。行こう。そのかわり……」

「皇族は返そう。我らも、まだこの国を敵に回したくはない」

 刀を取り上げられ、手を後ろで縛られる。


「……むーむー」


 男たちの手で口を塞がれた殿下が抗議するが、聞かない。

 すでに決定権はこちらにない。


「殿下、暫しお暇を頂きます」

「……ふぐ、むぐ!」


 小さな瞳に涙が浮かぶ。

 今生の別れでもあるまい、とも思ったが、今生になるかも知れない。

 まぁ、それも仕方がない。こちらの負けだ。

 傷男が殿下の首筋に針を刺す。


「害がない保証は?」

「数時間分の記憶を失う程度だ。言っただろう。まだ時期ではない。それに、本国からの指示がない」

「……」


 そこは信じるしかない。

 針を刺された殿下の小さな体からは力が抜け、目が閉じる。

 まさか、初めての遊説でこんな事態になるとは思わなかった。


「ふっ、貴様が暗示を見抜かなければ大事にはならなかっただろうに」


 傷男が笑う。

 そこまで強い暗示ではないということか。

 確かに、あれでできるのはせいぜいキーワードに反応して頷く程度。

 いや、それでも十分脅威となる。防いだことに後悔はない。


「だが、我らにとっては僥倖。探していた人間は見つかり、この件は貴様の所行と判断されるだろう」

「……」

 

 立花と第五大隊は二人が倒れ、現場からは俺がいなくなっている。

 証言が可能な殿下は記憶がない。

 普通に考えれば犯人は一人。


「それで、これからどうする? もうすぐ第五大隊も到着するはずだ」

「ふっ、すぐにわかる」

 

 次の瞬間、首筋に鋭い痛み。

 視界がひっくり返り、意識はそのまま消えた。



指摘があった人物名にルビをふりました。

初出の場面にありますが、ここでも補足します。


裂海優呼さくみ ゆうこ

鷹司霧姫たかつかさ きりひめ

立花宗忠たちばな むねただ

伊舞朝来いまい あさこ

日桜ひおう


他にもあればお答えします。

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