四二話
「人が多すぎるな」
記念式典を前に数千人規模の参加者がひしめき合い、見渡す限り人。
会場となったコンベンションセンターは内外を問わずお祭り騒ぎとなっている。
「いくら式典でも、こんなにゴチャゴチャしたら面倒だ」
新潟県はなに考えているのか。
田舎の思考はどうにも理解できない。
「榊、そんなにぴりぴりすんなよ」
「……おちついてください」
殿下のために用意された控え室も、正直あまり良い場所とは言い難い。
なのに、殿下と立花は落ち着き払っている。
「地方でこれだけの設備があるだけマシだ。目も当てられないところだって結構あるんだぞ?」
「この壁なんて防音すら完璧とは言い難い、襲われたらどうすんだ?」
「だから俺がいるんだろう。式典が行われる大ホールの警備は第四大隊が全周警戒を敷いてるんだから心配するな」
「……さかき、だいじょうぶですから」
「殿下、御身のためですよ」
暢気なチビ殿下だ。
誰のための警備なんだか。
「榊こそ、どうしてそこまで警戒するんだ?」
「どうも引っかかる。いくら記念式典でも、一般人にまで周辺解放してお祭り騒ぎにする必要がない。これでは誰だって紛れ込むことができる」
「地方ってのはなんでも何でも騒ぎたくなるものなんだ。経済効果も狙えるし、集客だってできる。人が集まれば金が落ちる。酷いところだとイベントにかこつけて交通量調査して水増し報告に使うんだぜ? このくらいはするさ」
「田舎の慣習だな。これだから地方は嫌いだ」
「……さかき、それいじょうはだめです」
「殿下の信念には頭が下がりますが、まともではありません。この新港も大陸との交易拡大が主眼だと推察できます。大陸と隣接する佐渡があって、戦略上の弱点をつくるようなものです」
「まぁ、そうかもな」
立花が苦笑する。
思うところがありそうだ。
「……にいがたは、とうきょうまでちかいのです」
「殿下の仰るとおりだ。車でも高速使えば三時間前後でくる。新幹線なら二時間。交通網が発達している」
殿下は手元の資料を読みながら、立花は腰の刀を引き抜き、陽光に晒す。
「大陸側は自分たちの安い労働力を使ってほしい。新潟県は縮小する経済に歯止めをかけたい。思惑は一致するわけだ」
「思惑は理解できる。安価な製品で市場を席巻したいのは見えている。しかし、中身に問題があれば長続きなんてしない。総合的な部分で損をしかねない状況になる」
単に安ければ人が手を伸ばすわけではない。
それに、輸入に頼るということは地場産業の衰退を意味する。
死に体に追い打ちを掛けるようなものだ。
「新潟県や日本海側は裏日本と呼ばれるくらい景気が悪い。一時的にでも凌いで、あわよくば大陸へ高級品としての日本製を売り込みたい思惑もある。簡単にはいかないさ」
「希望的観測が過ぎる。日本のサラリーマンの誰もが大陸での商売は考えても……」
「……せいふという、もんだいがある」
「ご明察です、殿下。あまりにリスクがある。国交は成立しているとはいっても日本からの人的な移動はまだ少ない。飲むつもりが飲まれて終わり、なんてことにもなりかねません」
商売というのは難しい。
人に売るのではなく、まずは国にという管理体系に売り込まなければならない。
なにせ法律も価値観も違うのだから手順も大切だ。
「……だからといって、やらないよりはまし、とかんがえるのでしょう」
殿下の瞳に冷たい光が宿っているのに気づく。
怜悧であり、緻密な心の動きを周囲に伝えている。
「……りすくのないものなど、ありはしないのですから」
「殿下」
思わず笑う。
普段の殿下はふにゃふにゃだ。
すぐむくれるし、俺を子供扱いする。
人を信じて疑わず、悪意なんて感じ取れないくらいの鈍感。なのに、こうして人の欲を肯定するときは理知的な眼をする。
「……ごうかく、ですか?」
冷たい瞳が溶け笑顔の花が咲く。
こうでなくては契約した意味がない。
「御随意に」
頭を下げる。
自分の価値観を打ち砕き、契約を迫ったのだ。
このくらい言ってもらわなくては困る。