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四一話



 新潟県といえば日本海側における重要拠点の一つである。

 主要農産物である米の石高は日本一、平野の多さから工業における一大産地。

 まさに農工を備えた地域といえる。


「まぁ、宣伝文句だけは一人前だな」


 新潟県の事前知識をナナメ読みしながらつぶやく。

 実は新潟県へは行ったことがない。

 太平洋側の出身からすると米がある、酒があるというくらいの認識の場所でしかない。


「精密機械の産業拠点でもある、か。信濃川があって、平野もあるのは大きいのか」

 

 工業において重要なのは水と土地。

 関東における筑波や京浜のような場所なのだろう。

 いずれも川があって平地がある。新潟という場所も条件はそろっているらしい。


「殿下は行ったことありますか? 新潟」

「……ありま、す」

「へぇ、どういうところですか?」

「…………よい、とちです。うっ……」

「吐くならビニール袋にしてくださいね。それとも一回止めますか?」

 

 案の定、殿下は酔っていた。

 車酔い、つまり加速度病は耳の奥、三半規管が刺激される一種の自律神経失調症。

 主に子供や老人に起こりやすい。

 原因は殿下の場合は車の中でも資料を読むのを止めなかったからだ。

 俺がならないのは個人差と耐性。営業車や電車の中で資料を読むのは当たり前だったので慣れた。


「大丈夫ですか?」

「……ううっ、きもちわるい」

 

 殿下は顔面蒼白で眼が虚ろ。

 仕方ない。

 とりあえず御子服の胸元、首まで閉じているボタンを数個開け、上を向かせる。


「……でそう、です」

「どうぞ、出してもいいですよ」

 

 これでも大学時代はサークルの飲み会で幹事をしていた。

 酔っぱらいとゲロには少なからず慣れている。


「眼を閉じないでくださいね。余計悪くなりますから」

「……ううう」

 窓を開け、風を入れる。

「何か冷たいもの……っと」

 

 備え付けの冷蔵庫を開ければジュースと一緒にシャンパンやワインまで入っていて用意が良すぎる。

 近衛はいつもこんなん飲んでるのか。


「けしからんね」

 ボトルのシャンパン一本と缶入りのオレンジジュースを取り出す。

「殿下、ちょっといいですか?」

「……なんですか?」

 

 キンキンに冷えたシャンパンボトルを殿下の首もとに当てながら、ジュースの口を開ける。


「どうぞ、少しずつ口に含んでください」

「……はい」

「少しずつですよ。むせると大変ですから」

「……すっぱい、です」


「背が高くなります」

「……ほんとう、ですか?」

「嘘です」

「……ひどい、わるいこ」

 

 殿下が喘ぐ。表情的には悪くない。

 些か背徳的ではあるが。


「水分をとると胸が膨らみます」

「……うそです、しんじません」

「ご明察です」


 シャンパンボトルが温くならないうちに回収して栓を抜き、一口。

 覚めると代謝が劇的に向上するのでちょっとやそっとの酒では酔えない。

 ワインや日本酒程度ならジュースと同じだ。


「……おさけ、だめです」

「まだ群馬との県境ですし、この程度じゃ酔えませんから」

「……におい、のこるでしょう?」


 ちびりちびり、とジュースを飲みながら殿下のお説教が始まる。

 乗り物酔いで一番効果的なのは気を紛らわせること。

 話していればそのうち忘れる。子供なら尚更だ。


「一本くらいなら大丈夫です。それとも、殿下も飲みますか?」

「……わたしは、みせいねんです」

「ええ、とても良く存じ上げております」

 

 視線で頭の先から足下まで視線で舐める。

 一一歳。

 当然起伏などない。が、それにしても小さい。

 身長も体重も平均以下。

 皇后様はあんなに豊かなのに、将来が心配になる。


「……みました」

「はい?」

「……むね、みました」

「はい」

 

 別に胸だけではないが否定しない。


「……さかきは、むねのおおきいのが、すきですか?」

「はい。ですから扁平な殿下には興味がありません」

「……ひどいこです」

  

 蹴ってくる。

 痛くも痒くもない。


「……わたしだって、おおきくなります。ははうえ、おおきいですから」

「それも存じておりますが、遺伝による乳腺の発達は誤差の範囲です。過剰に期待しない方が今後のためですよ」

「……こっち、です」


 膨れた殿下が自分の膝を叩く。

 この流れはあまりよろしくない。


「お断りします」

「……ぼーなす、です」

「ボーナス頂くほどの仕事はしてませんけど?」

「……きのうの、ぶん、です」

 

 これだ。

 最近は仕返しのようにしてくるから質が悪い。


「拒否権を発動します」

「……こっち」

 

 ぺちぺちと太ももを叩く。

 ダメだ。

 完全にむくれてる。

 このままだと式典にも影響を及ぼしかねない。


「少しだけですよ?」

「……はやく」

 

 シャンパンも取り上げられたので、観念して殿下の太股に頭を乗せる。

 殿下は殿下で飲み終わった缶を捨てておしぼりで手まで拭き、


「……ひとをおとしめては、いけません」

「はい」

「……さかきは、いいこです。だから、そんなことしないでください」

「失礼しました」

「……いいこです」

 

 返答に満足したのか俺の頭を撫でながら歌い始める。

 それからというもの、到着までの一時間を子守歌を聞かされる羽目になった。

 ついでに撫でられすぎて髪の毛がボサボサのまま式典に出席することになったのはいうまでもない。



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