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四〇話



「ふぁ……」

 朝八時、欠伸をかみ殺しながら時計を眺める。

 御所の入り口には黒塗りのリムジンが列を成して、用意をする人でごった返している。

 さながら出発前の大名行列。


「よう榊、お疲れだな」

「ああ」


 立花がやってきたので手を挙げて応える。


「なんだ、眠そうだな?」

「朝っぱらから副長に呼び出されて、それから二度寝したけど、ダメだな。報告書読んでた」

「お前も大変だな」


「お互い様だろ。立花も昨日遅くまで任務だったらしいな」

「ジジイどものお守りだよ。何が悲しくてシワだらけの先の短い老いぼれを守らにゃいかんのだ」

 

 男二人でダベっていると見慣れた人影が走ってくる。

 あの犬っぽいシルエットは裂海に違いない。


「おおーい!」

 

 まるでしっぽでも振るように手を動かしながら猛スピードで御所の前まで来ると、土煙を上げながら止まる。


「見送りにきたわ!」

「わざわざ悪いな」

「ぶぶー、ハズレ! ヘイゾーじゃなくて殿下よ!」


 ニカっと笑うところが憎めなくもない。

 まぁ、コイツは表裏がないので良くも悪くも気を使わずに済む。


「ん? 刀、変えたのか?」

「そうなの! 千人切にしたのよ! かっこいいでしょ?」

 立花が目ざとく見つける。

 裂海の腰には雨乞いの太刀ではなく、一般的なサイズの刀がある。

「千人切とは、また厳ついの選んだな」

「伊舞さんからのアドバイスなの! 私は包丁正宗のつもりだったんだけど、しばらくはこっちを試すわ!」


「また、物騒な名前だな。千人切った刀なのか?」

「う~ん、実際の人数は分からないけど処刑用に使われた刀で、通称首切りともいうわね」

「榊、侮るなよ。千人切は一度に千人分の首を飛ばせるって曰く付きの刀だ。近衛でも使いこなせた人間がいなくて、なんでも刃を多重展開できるらしい」

「えへへー、いいでしょ!」


 誉めてない。 

 それに、一振りしかないのに多重展開って、卑怯を通り越して反則ですらある。

 増えた刀でどうするのかは知らないが。


「お前も来てくれたら護衛任務も楽なんだけどな。正直、攻撃専門の第四大隊とは馬が合わんし」

「ゴメンね。私はこれから小笠原沖で潜水艦探知なの」

「相変わらず海か。大変だな」

「私より第五大隊の方が大変よ。閣僚級全部の護衛でしょ? 正直、人数足りないわよね」

 

 立花に続き、裂海まで渋い顔をする。

 それにしても閣僚級を全員護衛とは、いくら何でも多すぎる気がする。


「……あれか」

「それだよ、政治家も大臣クラスになれば近衛に警護を要請できるからな。北海道やら雷帝の一件もあって完全にビビっちまったんだろ」

 

 雷帝とは以前、話しにあった連邦のアレクサンドル・メドヴェージェフ。

 北海道は鹿山のジジイが対処に行っている先だ。

 そこで疑問も浮かぶ。


「一国の大臣が一個人相手にビビるのか?」

「諜報部からの報告書読んだだろ? みんな寝ている間に黒こげにされたくないんだ。政治家だって夜くらいは安心したいもんさ」


「今朝の奴だな。確か、欧州連合のやつが非難声明だした夜に一家まるごと家まで消えたやつだ。推定一〇億ボルト、極大の雷で消し炭とは恐ろしい」

「不安なんだから仕方ないんじゃない?」

「人間だしな」


 二人があっけらかんと口にする。

 そうかもしれないが身も蓋もない。

 個人的には雷帝なんて人間凶器、会いたくないし友達にもなりたくない。

 やはり現場にでないで殿下のお守りくらいが丁度いいのか。


「対雷帝には翁が行っておられるし、帝都には伊舞さんがいるから心配ないんだけどな。あのおっさんたちも就任一年目だからビビるのも無理はないけど」

「頼みの綱が年寄りなのか」 

 

 あの人が実力者なのが未だに信じられない。

 美容体操やら小顔エステにいそしんでいる方がまだ想像できる。


「立花はあの……伊舞さんが戦っているところはみたことあるのか?」

「ないな」

「裂海は?」

「私もないわ」


「なのに強いってわかるのか?」

「考えてもみろよ、あの人還暦を越えてんだぜ?」

「らしいな。信じられないというか、信じたくない」

 

 そう、らしい。

 なのに見た目はどう年かさにみても二〇代後半。

 整形にしても異様だ。

 妖怪といってもいい。


 近衛だって歳をとる。

 鹿山のジジイをみていればわかるが、普通に加齢する。

 ジジイにしても多少若々しいとは思うが、それでも実年齢と見た目が極端に変わるわけではない。

 妖術でなければ魔法か、人知を越えるものだろう。


「なんでも覚めてから加齢が止まったらしい」

「私もそうならないかな~」

「やめておけよ。これ以上人間から離れてどうする」

「まぁ、事実だけで十分だろ。帝の信認も厚いし、俺たちが疑うことじゃないさ」

「……それもそうか」

 

 興味はあるが深入りして藪蛇も怖い。

 近衛はただでさえ危ない場所なのだから君子たる俺は危うきに近寄らないことにする。


「殿下もいらっしゃったし、そろそろだな」

「もうそんな時間か」

 

 御所から殿下が御庭番を引き連れてご到着。

 少し眠そうなのは昨日遅くまでスピーチの練習をしていたからだ。


「そら、大隊長もお出ましだ」

「大隊長?」

「土岐新助殿よ」

 

 裂海が目配せする。

 痩せ型の長身でオールバックの髪に銀縁の眼鏡、腰には大小の刀。

 何となく近付きがたい雰囲気がある。


「第四大隊は日本海側、大陸との海防ラインでの防衛を主とする部隊だ。今回は殿下護衛のためにわざわざ出張ってきたんだ」

「へぇ……」

 一瞬、土岐新助がこちらを見たような気がした。


「土岐隊長、お疲れさまです」

「ああ」

 立花が声をかけても頷くだけですぐに第四大隊の面々と打ち合わせらしい会話を始める。

 なんというか、蚊帳の外。

「同僚なのに反応が薄くないか?」


「向こうは大隊長で、こっちはヒラ。うちの隊長がいるわけでもないし、こんなもんだ。向こうからすれば恩を売っている程度の認識なんだろ」

「なぁ、それっておかしくないか?」

「……そうだな」

 立花が言葉を濁す。

「近衛も一枚岩じゃないってことよ」

 

 裂海が珍しくイヤそうにする。

 言えない理由がある。

 それも褒められたものではない。


「土岐って人はどんな人なんだ?」

「摂家、九条家の家臣の出。ゴリゴリの職業武士って感じだな」

「……つまりあんまりトモダチにはなりたくないタイプか?」

「想像に任せるよ」

 立花が苦い笑みを浮かべる。


「全員集合!」

 土岐新助から号令がかかる。

「じゃあ俺たちは行くぞ」

「うん、気を付けてね! ヘイゾーも、囮がんばって!」

「ああ、任せろ」

 

 裂海に手を振って立花と一緒に走る。

 今回の護衛は第四大隊の一二人と立花、それに俺の一四人。

 近衛がこれだけ集まってるのをみるのは入隊式以来だ。


「配置を伝える。我が隊は四車に分乗、前後に分かれる。立花は直援、先導車に乗れ。それから見習い、貴様は殿下と同席しろ」

「はい」

「出発するぞ。各員も持ち場に着け」

「承知です」

 

 立花も一礼すると車に乗り込んでいく。

 俺も殿下と同じリムジンに乗る。

 車内とは思えないほどに広いし調度品も多い。ちょっとしたスイートルーム。

 

 殿下は座席の中央、一段高くなっているところに腰掛け、早速スピーチ用の原稿を手にしている。

 昨日あれだけ読み込んだのだから必要ないと思うのだが、まぁ、本人がしたいならそれでいい。


「……さかきもこっち、ですか?」

「ええ、ご一緒させていただきます」

 

 殿下の笑顔に心が痛む。

 老いぼれの政治家よりも護るべきは未来への可能性だ。


「殿下、車の中で読むと酔いますよ」

「……だいじょうぶ、です」

 

 乗り物酔いはドライバーの腕なんて関係なく連続的な加速における連続的な振動に起因する。

 座っている限り逃れることはできない。

 頭にお花畑の広がるチビ殿下には一度、科学の初歩を覚えていただいた方が国のためかもしれない。


「いいですけどね」

「……?」


 今は言わない。

 それくらいには奥ゆかしいつもりだ。



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