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三九話


 窓の外は白々と明け始めている。

 穏やかな一日の始まりに鷹司霧姫は眉根を寄せていた。

「どこだ、どこに消えた」

 近衛内を電撃のように駆け抜けた一般人、榊平蔵の目覚めから数か月。

 これまで追っていた刀と周囲に見え隠れした大陸の影がぱったりと姿を消していた。


 目撃証言、榊の映っていた防犯カメラと現場の遺留品。

 当初は一気に捜査が進むと思っていたが、相手は気配を絶ち、隠れてしまった。


「ふぅ」

 

 鷹司は資料を置き、目頭を押さえる。

 近衛では超人扱いされがちな鷹司ではあるが、実態は普通の人間とあまり変わらない。

 食べもすれば寝もする。

 風邪も引くし、つい数日前は不精をしてカップを洗わずにコーヒーを継ぎ足して飲んだら腹を壊したくらいだ。


「すでに出国したか? いや、入国管理局からはなにも……」


 神妙そうにしていても口の中には口内炎ができていて、市販の薬で誤魔化している。

 伊舞に言えば治してもらえるが、説教を食らうだろう。

 覚めると細菌や病原菌には強いが、それらが作り出す毒素には個人差もあるが比較的弱い。

 万能、とは決して言い難い存在。


「胸騒ぎがする。見落としている、部分が必ずあるはず……だ」


 今日は日桜殿下が地方への視察がある。

 第四大隊と立花がいれば万が一はないと思う、思うが鷹司の心配はつきない。


「……仕方ない。あいつも行かせるか」


 榊の顔が頭に浮かぶ。

 あの甘っちょろいエリート気取りに殿下の護衛を任せるのは心苦しい。

 が、背に腹は代えられない。


 考え事をしている間に、鷹司の瞼が落ち始める。

 ダメだと思いはしても時間の問題だろう。

 早いが構うものか、と電話を引き寄せると受話器を取り、内線の番号を押す。


 良かれと思ったこの行為が事態を大きく変化させていくとは、彼女自身考えもしなかった。

 


                     ◆



 営業だった頃は朝晩関係なく電話がきた。

 早朝、深夜、顧客の要望に応えるのは大変だ。

 でも慣れる。

 慣れはするが、生理現象はつきものだ。


「任務を与える」

「……何でしょうか?」


 眠い眼を瞬かせる。

 鷹司に呼び出されたのは朝靄がかかる午前四時。

 こんなに早く起きたのは久しぶりで、正直、まだ脳が起きていない。


「榊、聞いているのか?」

「はい。大丈夫です。少しばかり夜更かしをしまして。ですが、問題ありま……ふぉあ」

「貴様、私をバカにしているのか?」


 鷹司の額に青筋が浮かぶ。

 まさか、この女を怒らせて良かった試しがない。

 完全なる偶然だ。

 出物腫れ物は見逃してほしい。


「貴様を呼んだのは他でもない。殿下のお付きの件だ」

 椅子に座り、腕を組んだ鷹司の顔には濃い隈が浮かんでいる。

 この人も大概だ。また寝ていないのだろう。

「殿下は本日公務のため新潟に向かう。新しい港の開港を祝うもので、県の要人と政治家も出席する」

「知ってます。昨日、殿下に演説の練習に付き合わされ……、いえ、お手伝いをいたしましたので」

 

 鷹司が刀に手を伸ばそうとしたので言い直す。

 恐ろしい。


「ならば話しは早い。貴様も公務に同行しろ」

「……はい」

「護衛には第四大隊が就き、この帝都本部からも立花宗忠を派遣する。貴様は見学と研修を兼ねての同行とする」

「立花を、ですか?」

「本来ならば第五大隊そのものを就けたいが、今は緊急事態だ」


 なるほど、事情があって立花だけでも、と手を回したのか。

 あとで報告書を確認しておこう。

 となると、


「……私は囮ですか?」

「なんだ、察しがいいな」

「これだけのヒントを出していただけたら、バカ以外は分かります」

「良かったな、バカではなくて」

 

 薄ら笑いを浮かべる。

 綺麗なのは顔だけで腹の中はサヨリのごとく真っ黒に違いない。


「何もないとは思う。だが、万が一何かあれば、騒げ。気を引け。驚き、慌ててみっともなく解説をしろ」

「努力します。精一杯」

「それから、どうだ? 外出をして少しは見えるものがあったか?」

 

 鷹司が瞳を覗き込んでくる。

 どうやら外出の件を知っているらしい。


「別に、どうということはありません」

「楽しみにしていた割に、口座からあまり減っていないぞ?」

「もう少し貯めようと思いまして。大きな買い物には大きなお金が必要ですから。その時まで待ちます」


「何に使うか教えてくれ。私も参考にしよう」

「副長ならばさぞ貯め込んでいらっしゃることでしょう。いっそのこと、国債でも買われてみては如何ですか?」

「なに、ほんの二〇〇億程度だ。私一人では国を支えきれん」

 

 ウォール街かクレムリン並の金持ちがゴロゴロしている。

 大卒サラリーマンの生涯賃金が二億から二億五〇〇〇万、企業の社長、政治家になっても一〇億に届かない。

 それなのに近衛という地位は遥かに上をいく。

 が、今はあまり悔しくもない。

 なにせ、有っても使っても虚しいと知ってしまったからだ。

 大金持ちほど慈善事業に走りたくなる理由が分かる。


「悪くない顔だ。来年にはもう少し良い顔になるだろう」

「……ご冗談を」

 

 無理矢理笑う。

 精一杯の強がりだ。


「話しは以上だ。さがっていいぞ」

「失礼します」

 

 敬礼をして執務室をでた。

 笑顔なんて、もうなかった。




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