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三六話



「……どうしたのですか?」

「いえ、お気になさらず」

「……きに、なります」

 

 毎朝の通り、御所へ出向いた俺の顔を殿下がのぞき込む。

 昨日寮へ戻ってから一睡もできずに今に至る。

 シャワーは浴びたものの、眼の下にはきっちり隈ができている。

 まぁ、普通なら気になるだろう。


「殿下、私のことなど些事です。御身と国のことをお考えください」

「……さかきも、こくみんのひとり、です」

 小癪な返しをする。

「私はすでに枠から抜け出た存在です。正式所属にもなりましたし、晴れて人間卒業ですよ。これで前線にもでれますし、国の為に粉骨砕身の覚悟です」


「……では、さくみにかったのですね?」

「そうです。ご報告がおくれましたが」

「……よかった、ですね」


 自分のことのように微笑む姿に心が痛む。


「……のぞむものは、てにはいりましたか?」

「ええ、まぁ」

 誤魔化した。


 一晩考えた結論は、このまま近衛でいるしかないということ。

 例え嫌で脱走したとしても、いずれは見つかる。

 抵抗も無駄だろう。

 あとは処刑か監獄か、どちらにせよ楽しいことはない。


「それよりも正式所属になりましたので殿下もなんなりと仰せください。頑張りますから」

 

 顔は笑う。

 鍛えた営業スマイルが恨めしい。

 亡命も考えたが、結果は同じだろう。戦うハメになるか、人体実験で脳味噌までいじくり回されるのは御免被りたい。


「さぁ、本日も頑張りましょう。及ばずながらお手伝いします」

 

 金を稼げても、意味はない。

 死と隣り合わせでは貯めたところでどうにもならない。

 虚しいだけだ。


「……さかき」


 絞り出すような声。

 自分でも思う。今のは不自然だった。


「だ、大丈夫です」

「……うそです」

 

 悲しげな瞳。

 止めろ、そんな眼で俺を見るな。

 わかったような、知ったような顔をするな。


「……なにがあったのですか?」

「止めてください」

「……どうしたのですか?」

「止めろ!」

 

 気付けば、怒鳴ってしまっていた。

 ここが殿下の私室でよかった。

 そうでなければ、俺は今頃切り刻まれていたに違いない。


「……かなしいことが、あったのですね」

「ありません」 


 小さな手が伸ばされ、思わず身を引いた。

 何も知らない子供に、触れてほしくはなかったからだ。


「……わたしにも、さかきのくるしみを、ください」

「ご冗談を、御身が汚れます」

「……かまいません。けがれることに、おそれなどありません」

 

 伸ばされた手を叩く。

 止まれ。


「分かったような口を、聞かないで頂きたいものです」

「……わかりません。だから……」

「全てを知ろうというのは傲慢ですよ、殿下。知らぬが仏とも申します」

 

 叩く。

 止まれ、止まってくれ。


「……わたしはしることしか、できません。だから、さかきのことも、もっとしりたいのです」

「私の何をご存じだというのです?」

「……さかきのことなら、しっています」

「どう知っているのですか? できることならお伺いしたいものです」

 

 このガキが、俺のなにを知っているというのか。

 ちゃんちゃら可笑しくてヘソでコーヒーが沸きそうだ。


「……わかりました」

 

 止まる。

 が、殿下は赤くなった手のまま戸棚から一枚のディスクを取り出す。

 それをテレビにつながるドライブへ差し込み、再生が始まった。

 写し出されていたのは俺。


「な、なんだ、これ?」

 

 タイトルはご丁寧にも榊平蔵資料集。

 サムネイルには平時から喜怒哀楽までが複数個ずつ並んでいる。

 映像のほぼすべてがそこらへんにある監視カメラで撮影されたもの。

 街中の防犯用や、商業施設、果ては銀行のATMまである。


「がっ、これは、くそっ!」

 

 完全にやられた。

 近衛を、皇族の直轄組織を甘く見ていた。

 こんなにも念入りに調べられているとは思いもしなかった。


「……おこりましたか?」

「いえ、逆に清々しい気分ですよ。なんの下調べもなく側役になったと思うより、よほど納得ができます」

「……ごめんなさい。きりひめからは、はなすな、と」

 

 殿下が眼を伏せる。

 こんなに善良で愚かしいまでに優しい少女が黙っていられるハズがない。

 鷹司の誤算は殿下の愚直なところまで推し量れなかったことだ。


「それで、殿下は失望されましたか? こんな俺を見て」

 

 再生ボタンを押せば、タブレットでオンライントレードに興じる俺がいた。

 まぁ、なんだ、傍から見ていてなんだが、こんなにイヤらしい顔をしているとは思わなかった。完全に 不審者、今度からは気を付けたい。


「……たのしかった、です」

「それは、そうでしょうね」

 

 こんな面白動画、本人でなければネットに上げている。

 恥ずかしいことこの上ない。

 数分前の憤りを忘れてしまいそうなほどだ。


「……いえ、そういういみではありません」

「では、どういうことです? いまさらこれを、どう誉めろと?」

「……これまで、こうしたしりょうは、つくられたことがありません」

 

 殿下が訥々と語る。

 それはそうだろう。

 なにせ、一般人から近衛がでることじたいが異常事態らしいのだから、調査は念入りにしたはず、いやされていたわけだが。

 くそ、この映像もそうだが、どれを見ても恥ずかしくて死にそうだ。


「……あなたをとおして、ひびをかいまみたきがします。あなたいがいも」 


 今度は、俺が黙らなければいけない。

 皇族、とかく上に立つものは孤独。

 それも厳重に警護されているとなれば尚更か。

 自分が、天下万民のためと祈りながら、その実態すら知らないというのは間が抜けている。

 俺を通して、それを見たということなのだろう。


「……わたくしは、このさかきがすきです」

「あまり恥ずかしいのは勘弁です」

「……これ、です」

 

 殿下が指差すサムネイルを再生する。

 写し出されたのはどこにでもある居酒屋。

 俺はというと、上司相手にゴマスリの真っ最中。

 ここまで露骨だと逆に笑える。


「……えがおは、むずかしいです。でも、あなたとはなすと、だれでもえがおになる」

「金のためです」

「……おかねでえがおはかえません」

 

 ガキの癖になかなか鋭い指摘をする。

 笑顔が難しいというのはあながちハズレ、ではない。

 少なくとも、今の俺にとっては。


「……あなたで、えがおがかえるのなら、やすいものです」

「それで、私めにこれをみせて、殿下はどうなさりたいので?」

「……いっしょに、えがおをつくってください」

「私は汚い人間です。金の為に動く人間です。それでも、ですか?」

「……ならばそのおかね、わたくしがはらいます。あなたは、わたしがかいます」

 

 そこにあったのは、強い意思の輝き。

 ガキンチョとは思えない、いや、ガキにしてはマセすぎた顔。

 洗脳でもされたような思考は気に食わない。


「……ふれても、いいですか?」

「どうぞ」

 

 諦めて諸手を上げる。

 触れられた部分が熱を持つ。


「……さかきのくるしみを、わたしにもください。それしか、できませんから」

「そうやって、国民全員の悩みを聞いて回るのですか? ストレスでハゲますよ?」

「……かまいません。それがわたしの、こうぞくのせきむです」

 

 一本取られた気分だ。

 でも、悪くはない。

 とりあえずの支えを得たことだけを良しとしよう。


「わかりました。買われましょう。私は具体的になにをすればよろしいのですか?」

「……いっしょにいてください。わたくしがこまったとき、どうすればいいのか、おしえてください」

「高いですよ?」

「……かまいません。よくできたら、ごほうびもあります」 

「臨時ボーナスですか?」


 手招きをされ、


「……ごほうび、です」

 

 ぺしぺしと自分の太ももを叩く。


「なんです? これ?」

「……ははうえが、よくやっています。とのがたをいやすには、いちばんだと」

「ずいぶん、偏った知識ですね」


 母上、ということは陛下が……。

 いや、余計なことは考えないでおこう。

 命は惜しい。


「……どうぞ」

「遠慮します」

「……けいやく、ぼーなすです!」


 妙に食い下がる。

 まぁ、いいか。


 諦めて殿下の膝枕にあやかる。

 見上げれば天使の微笑み。

 恥の買い取り額だとしたら悪くないのかもしれない。

 


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