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三五話



 瞼の裏側にチラツくのは、鋭いまでの剣線。

 苛烈なまでの意志の塊。

 必殺の威力、必死の斬撃、呼吸の合間に身を捩り、瞬く前に心が逃げる。


「くそっ」

 吐き捨てて片手に持ったビンを口に付け、中身を呷る。

 無色透明、どこのコンビニでも買える安物のウォッカが口の中、食道を抜けて胃で燃え上がる。

 

 四〇度を越える原液を一口飲めばいい気分になり、二口飲めば酔いが回る。

 普段ならそこで終わり。

 なのに、今日ときたら酔うどころか冴える一方。まるで悪夢をみているようだ。


「最悪だな」


 酔えもしない酒に何の価値が有ろうか。

 ふらふらと歩いているうちに銀座から近衛本部のある九段まで来てしまっていた。

 夜も一〇時を過ぎたというのに本部には未だ煌々と明かりが灯っている。


「ヘイゾー!」

 近くまで来ると裂海と出くわす。

 任務帰りなのかアイロンが利いているはずの制服は少しくたびれ、わずかに潮の香りが漂う。

「あー、スーツ着てるぅー! カッコいいね!」

「……そうかい」

 

 コイツのテンションの高さは朝晩変わらない。

 時には鬱陶しく、時には救いになる。

 俺をこんなにした当事者なのに、いい気なものだ。


「それにお酒も。いいねー、満喫してるね!」

「そんなんじゃない」

「一口頂戴!」

「お、おい」

 小さな手がビンを奪い取り、ラッパ飲みを始める。


「ぷはー! 美味しくないね!」

「未成年だろ、お前。いいのか?」

 周囲には他の近衛もいるが、誰も裂海を咎めないどころか、俺のことなんてまるで眼中にないかのように慌ただしく動き回っている。


「こんなので効くわけないじゃない! ヘイゾーは酔うの?」

「いや、俺もさっぱりだ」

 

 だから困っている。

 このやり場のない感情を、どこに発散していいのかわからない。

 酔って忘れられるかとも思ったが、できなかった。


「そうね、酔うってことの代わりが欲しいなら三代欲求を満たせば? どれかで楽しみを見つけるといいと思うの。近衛でも食べる人もいれば眠る人もいるし、性的な欲求満たしたいならパートナー見つけるとか」

「性的って、お前」

「なに? セックスって言った方が良かった?」

「……止めてくれ、頼むから」

 

 天真爛漫な裂海から生々しい言葉なんて聞きたくない。

 ただでさえこちらは現実に打ちのめされているのだから。


「ねぇねぇ、ヘイゾー! そんなことより外は楽しかった? なにかいいもの見つけた?」

「お前はまた、核心をつくな。なにもなかったよ。なにも、な」

「なーんだ。つまんないの!」

 

 裂海が頬を膨らませる。 

 つまらない。

 つまらないか。

 ふと気になる。


「なぁ、お前って覚めたのいつからだ?」

「えーっと、三歳よ」

「三歳? つまり、稽古し始めた時はもう覚めてたのか?」

「えへへー、これでも最年少記録持ちなんだから!」

 

 どう、すごい? と薄い胸を張り、褒められてると思ったのか後ろ頭を掻く。

 バカも極まればいっそ清々しい。


「感心しただけだ。凄いよ、ったく」

「もう、褒めないでよ!」


 ぺしぺし叩かれる。

 痛いから止めてくれ。


「ねぇねぇ、立ち話もなんだから、食堂行かない? お腹空いちゃった」

「分かった。俺も口直しがしたい」

「決まりね! じゃあ行きましょう!」

 

 殿下とは違う小さな手が俺を引っ張る。

 この手が、彼女の腰に有る刀が、瞼に甦ってならない。

 ならば、遠ざけるのではなく、少しでも慣れた方がいいのか。

 あるいは――――。


「夜のご飯はなーにっかな!」

「おい、あんまり引っ張るなよ。千切れるだろ」

 

 手を引かれ、本部の敷地内へと入る。

 もはやどちらが夢なのかわかりはしない。




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