三二話
「不本意だ」
「はぁ、そうですか」
「非常に不本意だ」
二回もいわれた。
まぁ、結果だけ見ればそうだろう。
俺だってマグレだと思う。
「まさか、貴様がこんなにも早く裂海に勝つとは、明日は日経がだだ下がりするかもしれん」
「勝て、っていったのは副長じゃないですか?」
「さすがに早すぎる。半年から一年を想定していたのだがな……」
鷹司が目頭を押さえる。
裂海との勝負に勝った翌日、鷹司の執務室に呼び出されてみたらコレだ。
両肘を机の上に置き、悩ましげに眉根を寄せている。
顔だけなら美人が台無しだと思うだろうが、性格まで考慮したら絶対に相手にしたくない。
「伊舞さんから報告は聞いた。貴様らしい戦い方ではあるが、もっとこう、個人的には別の方向での努力が見たかった」
そんなことは知ったこっちゃない。
長話、さっさと終わらないかな。
「しかし、だ。約束は約束、これで貴様も近衛の正式な所属となる。任官だ。おめでとう」
そらどうも。
「正式所属になると部隊への配属が決まる。だが、前にも話した通り、現在は全隊が第三次警戒態勢にあり、鹿山翁も隊長も不在。貴様も相応の実力を身につけるまでは零番隊の預かりとして引き続き殿下の護衛と研修をしてもらう」
零番隊?
そんなのあったか?
「零は私だけが所属する隊。つまり、貴様は直属の部下となるわけだ」
うへぇ、サイテー。
「さし当たっては、今までと変わらん。精進せよ」
ようやく終わった。
「最後に、」
鷹司が真剣な眼をする。
「な、なんですか? 改まって」
「大事なことだ。これからいうことを心に刻め」
「はぁ……」
これは少し真剣な顔をした方がよさそうだ。
サラリーマン時代を思い出して表情を引き締める。
「榊、近衛にはどんな公権力に従わない自由がある」
「従わない自由、ですか?」
公権力。
つまり、国や地方自治体が命令、強制するもの。
これに従わないとは珍しい権利もあったものだ。
「理由は二つ。一つ目は公権力では我らを御せない。強制力を排除できるだけの物理的な力があるのだから、これは仕方がないと言える」
「まぁ、この力があれば大概のものは排除できそうですけど。銃なんて痛いだけですし」
「ああ、付け加えるならば反社会的な行いをした場合は組織内で制裁を下すからな」
「き、肝に命じます」
覚めた人間同士で制裁とか恐ろしすぎる。
私刑じゃん。
「二つ目だが、これは良識の問題だ。我らはその気になれば英雄にも独裁者にもなれる。そんな連中がなぜ、皇族に忠誠を誓い、国家に尽くすか、わかるか?」
「……自衛、の為でしょうか。強力な個でも国や大集団には勝てませんから」
特異な存在がいたら、全力で排除されるだろう。
SFなんかでもありがちだ。
「半分正解、といっておこう」
「もう半分とは?」
「コレだ」
鷹司が刀に手を置く。
「刀が人を覚めたものへと導くとされているからだな」
鷹司が曖昧に笑う。
「導くってことは、刀が選ぶ? だとしたら、俺、いえ私は刀に選ばれたんですか?」
待ってほしい。
つまり、あの時でさえ俺が刀を持ったから覚めたわけではなく、刀によって覚めさせられたことになってしまう。
「そうとも言える。だから従来では武家や士族にしか現れないとされた。刀と常に共にある。その中から選ばれるのだと思われていたのだ」
話しがだんだん見えてきた。
市井からの出身、武家や士族以外、二重の意味で俺は例外だったのだろう。
それは色々調べられるか。
「そして古来より刀に選ばれ、覚めたものは忠義に厚く、心清らかであった」
「つまり、そうでなければ覚めない。刀が選ぶはずがない、ということですか?」
んな曖昧な。
だとしたら近衛も、皇族すらも刀に踊らされていることになる。
「それがどう権力に従わないにつながるんですか?」
「覚めたものが悪いことなんて、できるはずがない」
「だから、従わないと決めたときはそれが正しいから、ってことですか?」
無茶苦茶だ。
曖昧どころか理論破綻に等しい。
「刀は日本人の意志の象徴。覚めたものは意志、良心の体現者。力を振るうのはそれすなわち国のために等しい」
「はぁ……」
言葉も出ない。
そんなんでいいのだろうか。
「大げさな言い方ではあるが、私は間違ってはいないと思う。貴様にも実感できるときがくるだろう」
「そう、ですかね」
来るのだろうか。
大体、俺なんて国を想ったことすらない。
殿下ですら、国とは欲望の集合体なのだと断じたくらいなのに。
「話しは以上だ。では、約束のものを進呈しよう」
「っ! 待ってました!」
「はしゃぐな馬鹿者。ほら」
とりあえず悩むのは後。
待ちに待ったものを鷹司が机の上に黒いものを置く。
が、なにかがおかしい。
「ふ、副長、これは?」
「ご所望の携帯電話だ」
鷹司がふんぞり返る。
手に取れば、ごつい、手に持ったときの重厚感ときたら。
「ガラケーじゃないっすか! それも最初期の!」
「携帯電話だろう。私も使っている」
鷹司が取り出したのも同じ。
液晶の画面などなく、ボタンだけ。
「俺が欲しかったのは、最新のスマートフォンなんですよ!」
「そんなものは知らん。多機能はハッキングや盗聴の危険性が高い。安全にはこれが一番だ」
「そ、そうかもしれませんけどね!」
これではレーダーチャートを見ることはおろか、メールすらできない。
泣きたくなってきた。
いや、まだだ、もう一つ望みがある。
「一億、一億はもらえるんですよね?」
「勿論だ。通帳に振り込んである。確かめろ」
「ど、どうも」
手渡された通用を開けば、そこには九桁の数字。
「……っ」
思わずでかかった歓喜の叫びを押しこめる。
まだだ、まだ喜ぶな。使ってからだと言い聞かせ、
「そ、それで、副長、外出許可は?」
「それも約束だ。正式所属となったからには有給休暇がある」
いやっほう!
それだ、希望はそれしかない。
「が、制限が付く」
「はぁ? 制限なんて聞いてませんよ?」
「いってないからな。貴様は死人だ。死人が契約や取引はできない。戸籍も身分証明もないからな」
「ま、まさか……」
「お望みの株や金融取引は諦めろ」
「ぐふっ……」
吐血するかと思った。
それじゃあ、なんの為に頑張ったんだ。
「ああ、買い物は普通にしていい。良かったな」
「くっ!」
「なんだ、その眼は?」
鷹司が刀に手を置く。
それだけで体中が緊張した。
危ない。この人を挑発したら首が飛ぶんだった。
「あ、あきらめ、ます……!」
「うむ、そうするがいい」
ハメられた。
今になって気付いても遅かった。