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三〇話




 殿下との一件があってから数日、準備が整ったので裂海に再戦を挑む。


「なにそのジャージ、目が痛いんだけど」


 裂海があからさまに眼を背ける。

 それもそのはず、今着ているのは練習用の筒袖と袴ではなく買ってきてもらった真っ赤なジャージの上下。

 分でもチカチカするくらいの蛍光色で、街でその手の連中が着ているアレだ。


「服装の規定はなかったはずだ」

「ないけど、私もどうかと思うわ」


 審判役にと来た伊舞に確認をとっても問題なし。

 どうとかいわれても戦略なのだから仕方がない。


「じゃあ良いだろ?」

「別に良いけど、余計目立って当たりやすくなるだけよ?」

「勝算なくすると思うか?」

「ふーん、自信、あるんだ」

 

 裂海の眼が細くなる。

 コイツは警戒心が高くなると普段の天真爛漫さが影を潜めて本性が見えてくる。

 鋭い目つきは観察力、少なくなる口数は思考力に回しているからだ。

 サラリーマンをしていたときも同じ、とはいかないまでも似たようなタイプと接したことがある。

 

 予想通り、裂海は俺を凝視する。

 眼には痛いと分かってはいても高すぎる警戒心が勝ってわずかな変化も見逃さないようにしているはずだ。

 作戦の第一段階は成功といえるだろう。


「まぁいいわ。じゃあ二人とも準備はいいの?」

 伊舞が目配せをしてくる。

「一つだけ、いいですか?」

「なによ」

 伊舞の怪訝な視線を横目に、裂海を睨む。


「お前の理念に、俺はまだ届かない」

「……別に届く必要はないわ。いったでしょ、あれは私のもので、ヘイゾーに強制する訳じゃない」

「でも、口にしたってことは思うところがあったからだろ? 欲だけじゃあお前には届かない。そう教えるためだ」


「……それで?」

「理念、理想を含めば及ばないのはわかった。だから見方を変えさせてもらう。お前はお前の理念を、欲を貫けばいい。俺は俺の欲を貫く」


 崇高さに抗えば矮小な自分をみるだけだ。

 そのために仮初めの理想を用意してもいずれは崩れる。

 だったら、殿下の言葉通り、個人的な二つの欲として見るほか無い。


「へぇ、面白い考え方するんだね」

「それもお前の心理戦、だろ? バカの振りして観察するのは見下してるみたいで気持ちよさそうだな」

「結果的にはそうかもね」

 

 裂海は否定しない。

 鋭く、薄く、冷たい雰囲気を纏う。


「どこかの誰かさんには劣るけど、俺だってそれなりに努力もしてきたし、辛酸も舐めた結果として今の欲に行き着いてる。安易に眼を背けることなんてできない」

 

 欲は欲として誇るしかない。

 どんなに矮小であろうと卑賤であろうと、帰結した望みだ。

 叶えなければこれまでを否定することになる。


「いいわ! その欲、その望み、私が受けてあげる!」

「そらどーも」

 裂海の顔に笑みが浮かぶ。


「青臭い問答はいいんだけど私も時間ないんだから、ちゃっちゃと始めてよね」

「いくぞ!」




                    ◆



 口火を切るのはいつも裂海。

 彼女の周りを風が集まり、密度を増していく。

 巻き起こる乱気流が道場を暴風域へと変えてしまう。


「うっぷす」

 正面から叩きつけられる風によって呼吸が難しい。

 刀を正面に構え、波を切る船の舳先のように風を裂いてなんとかやり過ごそうとする。

「んん?」

 なのに、一向に息が楽にならない。

 それどころか勢いは次第に増してくる。


「手加減してあげないんだからっ!」

 裂帛の気合いに風速があがり、

「っ!」

 顔に暴風が叩きつけられ、視界をそらしてしまった。

 次の瞬間、目の前には切っ先が迫る。


「くそがっ!」

 上体を反らすと肉薄する切っ先が鼻を掠める。あぶねぇ、もう少しで穴が増えるところだった。

 海老反りのまま勢いと足の力で後方回転、どうにかして一旦距離を置きたい。


「逃げるな、ヘイゾー!」

「そんな物騒なもんとばか正直に正々堂々なんてするかよ!」

 作戦の第一段階としてコイツにはこの赤いジャージを目に焼き付けてもらう必要がある。

 できれば三分、いや五分は欲しい。


「やああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 跳び退く俺に、雨乞いの太刀が水平に伸びる。

 せっかく開いた間が一瞬にして潰されてしまうのは如何ともし難い。

 このままだと一発もらって早々に勝負が決してしまう。


「ビジネスの基本は相手の意表を突くべしってね!」

 

 後方回転の着地から両足を左右に大きく広げる股割で上体を大きく沈める。

 長大刀の一閃は頭頂の髪の毛を散らすだけにとどまる。


「あっ、避けた!」


 裂海の声が近い。

 危ない、これはマジで危なかった。


「ちょ、おま、最初から飛ばしすぎだろ?」

「うるさいわね! 次!」


 横薙へと変化を身を倒して避ける。

 頭頂部に感触、髪の毛が散るが、気にしてなんていられない。

 屈めた膝をバネにして後ろへ跳ぶが、裂海の追撃は止まらない。


「よそ見しないの!」

 

 声と共に左肩に激痛、延びた裂海の左手がジャージを貫通して爪が皮膚に食い込み、引きずられる。


「攻撃が刀ばっかりだと思わないでよね!」

「痛ってぇな! 畜生が!」

 

 右の肘で裂海の腕を強引に押し上げ、鷹爪から逃れる。

 血管と筋肉、鎖骨を削られた痛みが押し寄せ、脳がイカレそうになる。

 このまま一方的に喰らい続けたら作戦もクソもない。


「少しは手加減しろよ!」

「しないのが武士の礼儀でしょ?」

「知るかよ!」


 畳を蹴り上げ視界を奪い、一時的にでも距離を置こうとする。

 なのに、


「はっ!」


 雨乞いの太刀の一閃で畳は両断、刹那の間すら許してくれない。


「嫌になるな、コイツは」


 落ち着け、考えろ。

 刀は斬撃と突きの連携、点と線の動きだ。

 手の攻撃は厄介でもその間は刀の攻撃はない。だが、痛みは比べものにならない。

 綺麗に切られるのと無造作に引きちぎられるのでは切られた方がマシだ。

 それに、始まってまだ一分も経過してない。

 これじゃああと五分なんて到底持ちこたえることはできない。


「ビジネスの基本その二、時間を稼ぐなら相手の手の内!」

 

 意を決して飛び込む。

 点と線、雨乞いの太刀は長大刀にして超重量でもある。

 いくら速くても打ち下ろすか横薙か、選択肢は少ないはずだ。


「やっと真面目に勝負するのね!」

「逃げても追ってくるんだろ? だったら間近で見せてやるよ!」

「ヘボい剣のなにをみるのよ!」

「ウルセー、脳筋正義バカ女が」

 

 唐竹割りを寸前で身を引いて避ける、が、速さには対応しきれず浅く足を切られてしまう。

 痛いがさっきよりはマシだ。


「動きが鈍くなってきたんじゃない? もう疲れたの?」

「疲れた! 動きたくねぇ!」

 

 打ち下ろしを避けられた裂海の攻撃は終わらない。

 一歩踏み込み、腕を畳んで体に刀を引きつけると突きを放ってくる。


「じゃあヤられちゃえばいいのに!」

「冗談! 外に出られなくなるだろ?」

 

 今度の攻撃は点。

 でも体の軸線を狙った最速の一突きを避けられるほどの体術がない。

 仕方なく刀の腹に左掌を押し当て、カチ上げることで軌道をズラそうとする。


「どうだ?」


 ガチリ

 重たい音が鳴ったのは一瞬。


「甘い!」

 

 肩を切り裂きながらも長大刀は一瞬で裂海の手元へ戻り、すぐさま次弾となる。

 まるで切っ先の弾丸、いや、弾幕。点での攻撃が面への制圧にすり替わってしまった。


「ふざけんな!」

 槍衾を左腕で受けるが膾にされてしまう。

 ぶら下げるだけになった左腕を庇い、右半身で殺到する切っ先の弾幕に目を凝らす。


「少しは加減しろ!」

 こちらも突きで雨乞いの太刀を迎撃。

 長大刀の広い鎬を削る様に食い込ませ、力が拮抗してようやく動きが止まる。


「ああ、痛ってぇ!」

 

 肩で荒い息をする間に膾になった腕が治癒。

 血が溢れ、大量の瘡蓋となって張り付き、やがて剥がれる。

 痛みと出血で頭がどうにかなりなのに、アドレナリンでも出ているのか妙にハイになっている自分に驚く。


「さっきから攻撃してこないけど、まだやるの?」

「当たり前だろ? 何のために痛い想いしてんだよ」

「これだけ一方的なのに?」

「これからなんだよ」

「そうなんだ。でもメンドクサいから、もう終わらせてあげるね!」


 裂海の眼に殺気が灯り、振り解かれた雨乞いの太刀は上下左右に軌道を変え、もはや点と線どころではない。

 当然受けきれず、腕や足に致命傷とはほど遠いまでも切り傷が増える。


「や、ヤバいか?」

 

 剣術とは、一撃必殺ではない。

 むしろ末端を切ることで集中力を奪い、必倒への布石とする。

 現存する古流剣術は腕や足を狙う技が多いのはこのためだ。


「……ダメか、限界だな」





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