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二五話



 夕日がまぶしい。

 外の訓練場は周りは夕日で朱色に染まっている。

 サラリーマンだった頃はこのくらいの時間だとデスクでパソコンと格闘していた頃だろうか。

 会社のビル、窓際からみた夕日を思い出す。


「よっと!」

 

 感慨深くなってしまった光景の中で、立花が上半身裸で柔軟をしているのは凄まじいといえば凄まじい。

 なにせ一九〇センチの長身に筋肉が搭載されているのだから、その迫力は想像を絶する。


「食事前で良かった」

「どうした? 運動前の柔軟は大事だぞ!」

「……そうだな」

 

 凝視しないようにしてアキレス腱や肩などを伸ばす。


「なぁ、裂海に弱点とかあるのか?」

「ない」


 ないんかい。

 まぁ、期待してなかったけど。


「優呼は裂海流宗家の娘だぞ? そうそう弱点なんてないさ。だいたい同じ近衛だとしてもみせないだろ?」

「それもそうだ。じゃあ癖とか、普段の戦い方とかは?」

「癖かぁ、今は本来の戦い方してないしなぁ」

「……そっか、あのバカでかい刀は違うんだったな」


「そうそう。雨乞いの太刀は空切りの為の一振りで、優呼の爺さんが使ってたヤツだ。裂海の家では前にも近衛を輩出していて、あいつにとっては思うところがある一振りってとこか」

「思うところ?」

 

 どうやら刀と裂海の爺さんにありそうだ。


「俺も聞きかじりなんだが、今から五〇年くらい前、裂海の爺さん、つまり裂海迅彦が現役だった頃に事件があってな」

「事件?」


 立花が股割りをしながら人差し指を立てる。


「音速要撃機、つまりは戦闘機の登場。それまでとは比較にならないほどの運動性と速度の機体に帝国軍はもちろん、近衛だって大騒ぎになった。それを東側、当時成立したばかりの共和国や連邦が使い始めたものだから、日本の制空権は怪しくなったんだよ」

「制空権か」


 それは危ない。

 近代における欧州や大陸での戦争は制空権がものをいう。

 下手をすれば一方的に爆撃され、それだけで大勢が決してしまう危険性がある。


「音速機自体は米国が最初に開発したみたいだが、それが東側へ流れて似たものが即座に作られた。帝国空軍では米国からの技術供与はあったにしろ、まだ開発中。それなのに敵はバンバン飛ばしてくる。危機感を募らせた軍司令部と政治家は近衛に依頼してきたんだよ」


「大方の予想は付くけど、近衛で迎撃しろってこと?」

「無茶だろ? いくら近衛でも相手が悪い。なんたって相手は音速だぜ?」

 

 気持ちは分からなくもないが無茶苦茶だ。


「そこでさっきの話につながる。裂海流は速さが信条ってことで迅彦氏に白羽の矢が立ったて訳だ」

「もうなにからツッコんでいいのやら」


 俺なら断ってる。

 でも、できないんだろうな、とも思う。

 放っておいたら日本の空が危うくなる。

 近衛としてもそうだろうが、軍や国政を預かる身としては看過できないだろう。


「まぁ、ここから迅彦氏の試行錯誤が始まるわけだが、結果として対策は完成する。それが『空切り』。以来、『空切り』は近衛に受け継がれてる。青山隊長の部隊なんて半分が『空切り』なんだぜ」

「はぁ、それで裂海も『空切り』を修得しようとしてるわけだ」

「でもこれがまた問題で、『空切り』は人を選ぶんだよ。ちなみに俺はできない」


「立花も?」

「ああ、鹿山翁や鷹司副長もできないはずだ。実力の問題じゃなくて刀や性格、相性が重要なんだよ」

 

 でも裂海は裂海で引けない理由がある。

 せめぎ合いというわけだ。


「優呼は爺さんのことを尊敬してたからな。無理もないけど」

「裂海には悪いけど、これもチャンスと見るべきかな」

「副長がやらせようっていうんだ。好機だろうさ。でもまぁ、それを生かすも殺すもお前次第だな」

 

 柔軟を終えた立花が腰の刀を抜く。

「まぁ、榊の場合は色々と足りないから、まずは経験を積まないとな。レベル一桁で四天王に挑むようなもんだぞ」

「裂海が四天王ねぇ、じゃあ練習相手を買って出てくれたお前はどれくらいよ?」

「そうだな、精々七人衆ってとこか?」

「なんだよ、それ……」

 

 ピンキリすぎて強いんだか弱いんだかわからん。

 まぁ、いいや。


「服は着なくていいのか?」

「お前相手だったら要らないさ」

「いってくれるな」

 

 こっちは素人に毛が生えた程度、それでも真剣を握っている。

 なのに、立花に警戒の色は微塵もない。


「まずは小手調べだ。手加減してやるから逃げるなよ」

「……お手柔らかに」

 

 巨体が芝生を散らしながら迫り、袈裟懸けの一振りを後ろに跳んで避ける。

 やはり、というか抜いた後、刀を持ったまま動くのはかなり制限がかかる。

 腕を正面に固定しているので大きな動作ができない。

 せいぜいが今のように後ろに跳ぶくらいだ。


「三〇点」


「くっ!」


 立花の袈裟懸けが途中で胴の高さで静止、そこから突きに変化する。

 跳んだ俺は避けられず、刀で受ける。

 切っ先を逸らそうとするのに、抵抗空しく直進を阻めない。

 だったら、と動かない立花の刀を利用して自分の位置をずらす、いやこの場合はずらされたというべきなのか。重く、太い丸太があるかのようだ。


「甘い甘い」

 

 立花の言葉で刀が再び停止、今度は横薙ぎへと変化する。

 気が付けばわき腹に胴田貫が触れていた。


「な、なんだよ、それ」

「ん~、反応は悪くないんだけど、力がイマイチだな」

「いや、そういう問題じゃないだろ」

 

 反則だ、あんな動きは。


「そういうなよ。これでも手加減してるんだぜ。だから動かせたともいうけどな」

「どういうことだ?」

「つまり、全部の動きを途中で止めるつもりでいたんだよ。だから力は半分も入ってない」

「あの重さで?」

「それが俺のウリでもあるからな。まぁいいや、もう一回だ」


 立花がさっきと同じように刀を担ぐ。


「今度は何手持つかな?」

 同じ手を使うと宣言しているようなものだ。

「なめんなよ!」

 

 同じ手なら考えがある。

 正眼をやめて刀は片手に、とことん避けてから反撃だ。


「まぁ、そうなるよな。二〇点。素人が安易な考えに逃げてはいかんよ」

「いってろ!」

 

 立花が地面を蹴る。

 結局、一〇手と持たない。

 ボコボコにされたのはいうまでもなかった。




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