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二三話



「刀、刀ねぇ」

 

 手の中にある”防人”安吉を弄ぶ。

 刀身は二尺八寸、だいたい八五センチある。

 刀としては長く、一般的には太刀と呼ばれる部類、らしい。

 裂海から聞きかじり、こうして持つようになってからというもの、今でも興味は尽きない。

 なにせ、モノは違えど俺をこんな世界へと引きずり込んだ張本人と言ってもいい。

 不思議であり、興味深くもある。


「今日はえらく哲学的だな、榊」

「当たり前だろ? だって、持って一週間も経つのに神風が吹かないんだから、哲学的にもなるだろうよ」

 

 道場の縁側に座る俺と、上半身裸で素振りをする立花。

 ちなみに縁側に座るのは男の裸を直視したくないからだ。

 このあとは夕食がまっている。飯は美味しく食べたい。


「なぁ、立花の刀はなんて言ったっけ?」

「胴田貫だ。胴田貫正國」

「変な名前だな。由来を聞いてもいいのか?」

とりあえず世間話っぽく立花に刀のことを聞いておきたい。

「胴田貫ってのは地名だ。九州は肥後の国、菊池胴田貫を本拠地として作刀されたから胴田貫。正國は打った人だな」


「へぇ、面白いな。勉強不足を晒すようで恥ずかしいけど、有名なのか? 胴田貫って?」

「榊は知らなくても大丈夫だろ。まだ来たばっかりだし。……そうだな、胴田貫は有名だと思うぞ。天覧もしてるし」

「てんらんってのは?」

「皇族の前で試技やお披露目だよ。胴田貫の伝説で一番有名なのが天覧兜割で、能力もそこから来ている」


 おうおう、素直におしゃべりしてくれるのは有り難い。

 人間素直が一番だ。


「ちょうど一〇〇年くらい前になるんだが、当時の皇族がみる中で厚さ三分もある鋳鉄製の兜を刀で割ったらしい。それも刃こぼれせずに、だ」

「三分? 一分が約三.三ミリだから、約一センチか。そう考えると結構あるな。ちょっとした装甲並だな」

「装甲にも匹敵する厚さを天辺から二寸、二寸だぜ?」

 この前読んだ教本だと、最近の複合装甲や積層装甲の厚みは一センチが主流になっている。


「二寸は六センチちょっとか。つまり、鉄を切るとか?」

「少し違うな。天辺からザクロのように割けた兜、なのに刃には損傷なし。胴田貫は剛刀なりってね。その強度を評価されて今に至るわけだ」


 したり顔で頷く。

 よほど胴田貫に思い入れがあるらしい。


「なるほど強度か。じゃあ、立花がその刀持つと硬くなるとか?」

「まぁ、そこまで単純なものじゃないけど、そう捉えてくれてかまわないさ。実際、硬化するし」

「切られても突かれても打たれても大丈夫ってこと?」

「半分正解、もう半分は秘密だ。奥の手でもあるしな。あとは、そうだな。作者の気持ちになって考えてみるといいかもしれないな」


「気持ち?」

「刀匠がなにを願ったのか。なにを祈ったのか。胴田貫一派は正國をはじめとして一切の飾りや遊びがない。質実剛健さで現代まで残った。それを引き出すのが現代に生きる俺たちの役目なわけだな。それを安吉にも当てはめてみろよ」

「安吉の願い、か」

 

 大昔の爺だかオッサンだかの気持ちなんぞ想像もつかない。

 名前の通りなら防人、古代の九州を守った兵士のための刀。

 想像してみる。

 

 当時攻めてきたのは海を埋め尽くさんばかりの元軍の船。

 未知の敵、未知の恐怖、大挙する殺意の群を前に戦う兵士ならばなにを求めるのか、そしてなにを与えるのか。

 いくつか候補はあがる。

 武功か、護身か、あるいは護国か。


「う~ん、わからん」

「ははは、まぁ気軽にいこうぜ? 近衛にきて間もないのに解放できたら先輩たちが驚くぞ」

「その調子だと苦労してそうだな」

「当たり前だろ? 刀の本質に触れるってのは結構難しいもんだ。素人、それも民間出の榊にやられたら発狂するよ」


「……ハードル高いんだな。こんなんで裂海に勝てるのか不安になってきた」

「えっ、なに? 本気で勝つ気でいんの?」

 

 立花が身を乗り出す。

 本気で、って失礼な。

 俺は本気だ。

 買い物したいし、金使いたい。

 金持ちって実感したい。


「当たり前だろ? 負けるためにやるバカがどこにいんだよ」

「あー、いや、まぁ、それは自由だけどな」

「強いのか?」

「んん、まぁ、今持っているのは雨乞いの太刀なんだろ? だったら、まぁ、わからんからなぁ」

立花が腕を組んで考え込む。


「そうじゃなければ無理っていいたそうだな」

「実際難しいと思うぞ? 前に持ってたのは物干し竿って野太刀サイズの刀だったけど、俺だと分が悪い。それどころか大隊長クラスでも下手をすると食われる」

「一七歳に負けんの? マジで?」

 壮年の武士が女の子に負けるとしたら格好が付かない。

「それだけの才能ってことだ。雨乞いの太刀なら半減ってところか、雪下ろしがないから、まぁ、なんとか……」

 

 耳慣れない単語を羅列しながら立花が腕を組んで考え込む。

 どうやら頭の中で自分が戦うイメージをしているらしい。

 言い換えるならばそれくらいの相手と言うことになる。


「鷹……副長は俺を一生見習いにしておきたいのか?」

「あー、いやそういうことじゃないと思うけどな。まぁ、なんだ、戦うの俺じゃないし、頑張れ!」


 爽やかな笑顔を見せる。

 考えるのを諦めたな。


「まぁいいや、とりあえず訓練あるのみだ。戦うのに慣れないとどうしようもないし」

「おう、その意気だ! 真剣怖がるのを治さないとな!」

 

 立ち上がった立花が腰の刀、胴田貫を抜く。

 長大な刀身に真っ直ぐな刃紋。

 先端の丸みがなければ包丁の様ですらある。

 ただし、人切り包丁、鬼婆真っ青の。


「……毎日のように切られればトラウマになるのは当たり前だろ?」

「慣れれば大丈夫だって!」

「あのなぁ、慣れないから怖いんであって、無理にやるとPTSDとかになるんだぞ?」

「でも克服しないと優呼には勝てないんだぜ?」

 

 ――――うっ

 上半身半裸、真剣を持った筋肉質の大男にウインクをされるのはなかなかトラウマものだ。


「わかったよ。とりあえずお前をぶちのめしてから考えることにする!」

「できるものならやってみな!」

 こちらも”防人”安吉を抜き放って構える。

「行くぞ!」

「おおさ!」


 白刃が激突して火花が散る。

 ボコボコにされたのは言うまでもない。




活動報告に記載しましたが、更新頻度が一日三回から一回になります。

引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。

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