二〇話
裂海と刀を選ぶことになり、道場に用意されたのはこの五振り。
一番右から、
直線で構成された、やや短く煤けている刀。
大振りで、反りが強く全体に厚みがある刀。
反りはあるものの、短く細身で優美な印象の刀。
反りは薄く、全体に均整のとれた刀。
やや大振りで厚み、反りなどが平均的な刀。
「まず、この刀は年代別に並んでいるの。右から奈良時代以前、鎌倉、応仁の乱、江戸時代初期、幕末」
「結構年代離れるんだな。その割に目立った変化はしてないか」
奈良といえば平城京で西暦でいえば七〇〇年代、鎌倉は一一八五年から、応仁の乱は一四九三年、江戸時代一六〇三年から一八六八年まで。
こうして並ぶと形状としては鎌倉あたりで完成している感じさえある。
「そんなことないの! でも、ヘイゾーに分かり易いように選んだからこうなっているの! 刀は時代に応じて変化しているのよ!」
「わかった。わかったから」
宥め賺す。
面倒だから下手なツッコミもやめよう。
「いい? ちゃんと聞かなきゃダメなんだからね?」
「そ、そうだな。俺が悪かったからすすめてくれ」
「刀は時代に応じて役割があったの。古くは鉄が貴重だったから権力の象徴としての面が強かったけれど、次第に実用的な武器に変化していくわ。それが二振り目、鎌倉時代までに造られたもの。さて、ヘイゾー君。鎌倉時代には大きな事件が二つありました。それはなんでしょう!」
「……古い方の歴史は苦手なんだがなぁ」
裂海に聞こえないように呟く。
「ぶぶー! 時間切れ! 正解は元寇。文永の役、弘安の役のことね。源平の争いから壇ノ浦、そして元寇を経て、日本刀はその大きさを最大級まで進化させるの! 殺傷力を極限まで追求したのが二振り目、太刀、あるいは野太刀と呼ばれた時代!」
「それでそこまで大きくなったのか」
「うん! 鎌倉時代までは職業としての武士全盛の時代だから、少数精鋭での戦いが多くて、個人が持つ能力を最大にする必要があったのね」
裂海の眼が爛々としている。
コイツは生まれる時代を間違っている気がする。
「この頃の武士たちは死を恐れない集団で、戦った大元ウルス帝国はかなりの恐怖心を抱いているわ。皇帝クビライも刀の殺傷能力や武士を警戒しているし、まさに武士が武士らしくあった時代ね!」
「よ、よかったな」
「でも……」
一転して急にショボくれる。
「なんだよ?」
「応仁の乱を経て戦国時代は合戦の時代に移行するわ。少数精鋭から大きな兵力を用いて地方を統べる国同士の合戦では槍が台頭していくの。だから三振り目からは腰にあっても邪魔にならないよう、でも殺傷能力は残すようになるわ」
「なんで残すんだ? 槍があれば刀なんていらないだろ? リーチが違いすぎるし」
「槍がなくなったときの補助ね。あとは首を切るときとかにも使ったみたい。乱戦になれば力を発揮したけど、集団戦術が確立すると歩兵は刀を持たなくなるの」
「時代の流れだな。効率を考えればそうなるか」
刀よりも槍を量産した方が兵力としては整うだろう。
「三振り目から四振り目まで時代が飛ぶのは、槍や弓矢、鉄砲みたいに、よりリーチの長いものが戦場の主役になっていったからよ。諸国大名も武芸より武器や兵站の確保に躍起になって、新しい武器や戦術がものをいう時代になる。ここまでくると武士というより現代的な軍人よね」
「刀から見る時代背景ってヤツだな。まぁ、聞いてる分には面白いか」
興味深くはある。興味の範囲ではあるが。
「三振り目までは古刀に分類されて、四振り目からは新刀ね。江戸時代初期になると平和になって教養としての武術、武芸が発達して扱いやすい刀になる。ここからもたくさんの名刀が生まれて、いろいろな発達を遂げるんだけど……」
チラリ、とこっちを見るので両手を広げる。
俺はすでに飽きた。
「仕方ないわね。最後の幕末刀は混乱期だけあって殺傷能力を昔に近づけてある。でも操る流派は江戸時代のもの。だからいいとこ取りみたいな印象もあるわね。本当にざっくりだけど、刀の変遷はこんな感じよ」
「タイヘンベンキョウニナリマシタ」
「……もういいわ。次ね」
理解が早くて助かる。
「次に覚えてもらうのは異名持ちよ」
「異名?」
聞き慣れない言葉だ。
「異名というのは刀が持つ伝説や逸話のことね。覚めたもの、近衛が持つ刀はすべて異名持ち」
「具体的には?」
「分かり易いのだと、伊舞さんの疫病切国行かな。ヘイゾーも使ったんでしょ?」
「疫病切……ああ、あれか」
妙な雰囲気の刀だったことは覚えてるが、名前から察するに病気でも切ったのだろうか。
病原菌とか、ウイルスとか。
「疫病切は当時の流行病だったコレラ患者を、病がそれ以上広がらないように斬り殺したの。以来、斬り殺した人たちの怨念を宿して、使う人の寿命を喰うって云われてるわ。生き物相手には最も効果のある一振りじゃないかしら」
「うっ!?」
なんてものを持たせるんだ。
それじゃあ、俺の寿命も食われたのだろうか。冗談じゃない。
「そんな顔しなくても大丈夫。異名持ちは所持者と認めた人間にしか効果を表さないから。ヘイゾーの寿命は食べられてないと思うな」
「……そらどーも」
気休めもいいところだ。
「で、これらを踏まえて刀を探します。ヘイゾーの適性は太刀、相性的には筑前だから、行弘、国行、安吉になるのかな?」
「相性? そんなの調べてないぞ?」
「ヘイゾーが覚めたとき持ったのは信国派、それも筑前信国派のものよ。でも、信国派で異名持ちはあまりないから、近しいところで探すことになるわ」
「いや、もうよく分からないのでお任せします」
「うん! それは分かってる。だからちょっと待ってて!」
裂海は道場から少し離れた倉庫へ行くと、しばらくしてから一振りを携えて戻ってくる。
「一番近い安吉があったから、とりあえず使ってみて」
「は、はぁ」
黒い柄にくすんだ金色の鍔、鞘は朱と黒が入り交い、何となく禍々しい。
「”防人”安吉よ」
「さきもり?」
「そう。安吉が造られたのは西暦だと一三八〇年代。現存する刀としては古い方になるわ」
歴史的には南北朝時代から室町時代の初期、だいたい六〇〇年くらい前のものということになる。
「この刀が造られる少し前、さっきも説明した元冦があったわ。度重なる脅威に際して、九州の刀工たちはより完成度の高いものを求められた。その結果として生み出された一振りよ」
受け取るとずっしりと重い。
少し大袈裟にいえば歴史に、時代に触れている気さえする。
「それまでの刀より肉厚で少し重いの。安吉やその一派はこの技術を基に後々は太閤秀吉に献上されるくらいの凄い差しを造るようになるのよ!」
「そんなの使っていいのか?」
「うん! 倉庫にあるってことは誰が使ってもいいの。むしろ使ってあげなきゃ!」
「まぁ、そういうことなら……」
「この”防人”安吉は三度来るかもしれない異敵に備えて造られた。でも知ってると思うけれど実際には元冦はなく日本は内乱の時代へと入る。国難の為にと打たれ、結果として同胞の血を吸うことになった。でも、その気高い理想は本身に宿し続ける」
裂海が愛おしげな眼をする。
理想を願いながら殉ずることのできなかった悲運といえばいいのだろうか。
「防人というと、なにか防御的なもの?」
「”防人”安吉に宿る力は『払う』こと」
抜いてみて、と促され鯉口に指をかけ、力を入れた。
数百年の歳月を経ても引っかかることもなくするりと抜ける。
錆はもちろん、曇りの一つもない。
切りやすいように棟は高く、鎬も広い。刃文も遊び心など微塵も感じさせない細直刃。
長い包丁のような実用性を感じる。
「元冦を退けた神風を模して風を纏っているはず、なんだけど……」
裂海がのぞき込むが、言われるような風は感じない。
「まぁ、いいわ。使っていけば大丈夫でしょ! これは詳細書きだから、あとで確認してみてね」
「はぁ」
我ながら生返事だ。
なんというか、実感がわかない。
「暫定だけど、ヘイゾーの刀よ。大事にしてね!」
「俺の刀、か」
まぁ、男なら誰だって一度は刀に憧れる。
俺だって御多分に漏れない。
ゲームやアニメ、マンガでも頻繁に目にした。
京都へ修学旅行へ行けば模造刀や木刀を買うヤツが絶対に一人はいて、冷やかしつつも憧れた時期だってある。
本物が手の中にある。
これで人を切る、殺し合いの道具であるにも関わらず見入ってしまった。
「やっぱり男の子だね」
裂海が片目を瞑る。
「……なんだよ」
「怒った?」
「別に……」
誤魔化した。
「ごめんね。年上だって分かってるのに、刀持ったときの顔は男の人なら誰でも子供に戻るんだもん。宗忠も同じ顔してたし」
「うるせー」
少し恥ずかしくなったので鞘に戻す。
「あっ、しまっちゃダメ!」
「なんで?」
「せっかく合いそうなヤツ見つけたんだから、練習よ練習!」
「こ、これから?」
だいぶ日が傾きかけている。
何時間喋ったんだこの小娘は。
「当たり前じゃない! なに見つけたくらいで満足してるの? 使えなきゃ意味ないんだからね!」
「うっ……」
核心を突かれる。
それはそうだが、今日のところは見つけた達成感で終わらせたい。
「早速練習よ! 異名持ち使うと体力持って行かれるんだから、慣れなきゃね!」
「わかった、わかったよ」
ふと、嬉しさの中に一抹の不安が過ぎる。
自分が直面していくであろう戦いに近づいた気がしたからだ。