一九話
「今日は刀を選びます!」
「は、はぁ」
裂海の宣言にどう反応してみようもない。
ただ頷くだけだ。
最近では道場にくるのが嫌になり始めている。
「刀は覚めたものにとって最重要! これがなければ近衛もただの人なんだから!」
「左様で」
の○太におけるドラ○もん、あるいは国民的海賊に悪魔の実といったところか。
「前々から気になってたんだが、覚めると具体的にどうなるんだ? たかつか……副長からも聞かされてないし、今まで見てる限りだと傷の治りが早いとか、そのくらいなんだが」
「今はゴタゴタしてるから仕方ないわね。じゃあ、私からします!」
裂海は嬉々としてない胸を張る。
「覚めると主に二つの恩恵があるの。一つはヘイゾーのいった通り体の治癒力が劇的に向上、もう一つは身体能力の向上ね」
「ああ、身体能力もあるか」
そういえば、コンビニの監視カメラに写っていた俺も刀一本で建物を壊してた。
「身体能力は劇的に上がらないのか?」
「そっちについては結構個人差があるの。比率も一定じゃないし、腕とか足とかって特定の部分だけ向上する場合もあるし、覚めてみないと分からないわ」
「個体差だな」
生命は多様性を有する、ってか。byエドワード・オズボーン・ウィルソン。
「ヘイゾーって頭いいのね!」
「まぁな」
ナメんな。
「でも、体はヘナチョコよね! 腹筋プヨプヨだし」
「うるせー」
小娘が。
一言余計だ。
「続きね。治癒力については外傷ならほとんどが数秒で治るわ。内出血になるともう何分かかかるみたい。実際の統計とかないけど、二時間もあれば治るんじゃないかしら」
「驚異的だな。傷は分かったけど、病気とかは? 風邪とか引くのか?」
「病気は普通にかかるわよ。治りは普通の人より早いけど、致命的なもの、例えば白血病とかガンとかだと望み薄ではあるかしら」
「万能って訳ではないのか」
不死にでもならない限り無理か。
「でも、治癒も身体能力も刀がないと発揮しないから、肌身離さずいること! ヘイゾーはまだ見習い期間だけど、任官して前線に出ることになれば護り刀も支給されるから常に持ってるのよ!」
「逆を返せば、持たなければただの人なのか」
自分が不死身になったみたいな感覚だったが、そこだけは安心した。
まだ人である証しのようでさえある。
「あとは、人によってその人固有の能力みたいなのが発現する場合もあるけど、今はまだ気にしなくていいわ」
「どうしてだ? あったら便利だろ?」
「そもそも、発現する人が少ないの。訓練や実戦を重ねることでようやく会得できるものでもあるし。もし発現できたら大隊長への出世コースね」
「いいじゃん、それ」
「ダーメ! 最初から分かると基礎が疎かになるじゃない! 固有能力に頼るだけだと却って危険なのよ。封じられたらなにもできないし! ヘイゾーの場合は尚更!」
ぐっ、真っ当なことを。
しかし、一理あるか。
俺にもあったら便利だな、くらいには思ったけど頼りすぎるのは確かに危険だ。
まぁ、今のところそんな能力の欠片もないのだが。
「納得してくれたところで本題に戻るわね!」
そうだった。
刀を選ぶんだった。
「それで、なにをどうやって選ぶんだ?」
「大丈夫! 鹿山のおじいちゃんから適性聞いてるから!」
「ああ、あれか」
つい先日、鉄の棒を切らされた一件があった。
確か太刀がどうのこうのと言われた気がする。
「ただし! その前に!」
「なんだよ?」
「ヘイゾーは一般人、いえ元一般人だから、これから刀について少しレクチャーします」
「……なんで?」
魅力的ではあるものの、正直メンドくさい。
ハイってもらえればそれが一番楽なんだが、目の前にいる小娘は簡単に終わらせてはくれなさそうだ。
「刀はとっても歴史があって、素晴らしいものなの! ヘイゾーだってきっと好きになるわ!」
「歴史、歴史ねぇ。俺はどっちかっていうと銃の方が好きな……」
「ダメ!」
「うぉ?」
大声で遮られる。
スーパーうるさい。
「武士の歴史は刀の歴史! 近衛は武士なんだから!」
「わかった! わかったから顔を近づけるな!」
真顔で迫られては降参するしかない。
それに、これ以上ゴネたら訓練でぼこぼこにされてしまいそうだ。
「で、刀とは?」
「素直でよろしい! じゃーん! 今日は基本を学ぶためにこれを用意したの」
道場の奥には用意された刀が五本、いや五振りがある。
一番右から、
直線で構成された、やや短く煤けている刀。
大振りで、反りが強く全体に厚みがある刀。
反りはあるものの、短く細身で優美な印象の刀。
反りは薄く、全体に均整のとれた刀。
やや大振りで厚み、反りなどが平均的な刀。
「この五振りは各時代を代表するものなの。右から上古刀、古刀、新刀、新々刀に分けられるわ」
「……刀のくせに面倒くさそうだな」
「クセにってなによ! 刀の歴史は国の歴史なの! 疎かにしちゃダメなの!」
「わかったから怒鳴るなって」
裂海は刀のことになるとうるさいらしい。
気を付けよう。
「じゃあ始めるねっ!」
裂海は嬉々として刀を手に取る。
とんでもない教師を引き当ててしまったのかも知れない。