一八話
「優呼はどうだ?」
「……それなりです」
敷地内を歩きながら鹿山と立花直虎が言葉を交わす。
「それなり、か。あんなものに固執せんと物干竿か千人切りを持てばいいものを。迅彦め、余計なものまで遺しおってからに」
腕組みをして渋面する鹿山。
立花直虎は相変わらず無表情だ。
「僭越ながら私もそう思います。彼女の腕ならばもっと持つべき刀がありましょう。しかしながら、無理からぬこととも存じます。英傑の孫ならば尚更に想い、病むものです」
「ふむ、実感がこもるな。直虎……お前の見立てはどうだ?」
「このまま訓練を重ねれば空切りとしては一角になるでしょう。しかし、そこで終わりです」
「ふむ。ワシと同じだな」
「はい。才能がある分、枠も大きい。ですが……」
「活かしきれないというところか」
「ですが、私はこのままでも構いません」
「ほう?」
立花直虎の目に剣呑な光が宿る。
「物干竿や千人切りなど持たれたら対策を根本から見直さなければなりません。今のままでもこの様です」
すでに乾いた頬の血を擦り、立花直虎は初めて笑みを浮かべた。
夜叉が獲物を見つけたような、狂喜の顔。
「武士だな」
「国に仕え、尽くしてはおりますが私の本質はやはりこちらなのだと思います」
「ふふ、否定はせんよ」
鹿山も笑う。
門の近くまでくると黒塗りの国産車が二人の到着を待っていた。
「次はゆっくり食事でもしよう。諸々を片づけて、な」
「光栄に存じます。雷帝の件、くれぐれもお気を付けください。翁ならば万が一ということもありませんでしょうが……」
「互いに手の内は知っておるし、ヤツ相手でもそうそう不覚はとらん。が、まだ若く底の知れん男だからな。油断はできんか」
「翁をしてそこまで言わせますか?」
「あれだけの胆力を持つ男はそうそう居るまいよ。アレがあと二〇年は現役でいることを考えると皆が心配になるな」
「ならば、私も修行をした後、必ずやこの千鳥にて雷帝を飲んでご覧にいれましょう」
立花直虎は腰の刀に手を置く。
「修行も良いが、お前はまず男だ。立花の血を、なによりその才能を後世に残さんでどうする?」
「うっ」
不意打ちに乙女の顔は朱に染まる。
「いくら跡継ぎに義弟を迎えたといっても、お前はお前でどうにかせい」
「お、翁、そ、その件はいずれ……」
「いずれもなにも、武家の娘として二五歳は立派な行き遅れだ。特定の相手がいないのならば見合いでもするか?」
「む、急用を思い出しましたのでこれにて失礼します。翁も息災であられますよう」
顔を真っ赤にした立花直虎はそそくさと行ってしまう。
夜叉は一瞬にして子猫に成り下がってしまった。
「うむ、良き哉良き哉」
満足そうに頷き、鹿山もまた車に向かうのだった。