二二話
三人寄れば姦しく、六人寄ればもはや収拾がつかない。
男所帯であるはずの近衛において、どういうわけか女性ばかりが集まる。
「ここは誰の部屋なんだ?」
お茶を入れながら気が遠くなってくる。
リビングには鷹司と直虎さん、それにノーラがいて、寝室では日桜殿下と千景、裂海が家探しをしていた。
「落ち着かないな……」
自室だというのに居場所がない。
お盆にカップをのせ、先ずは上司二人とノーラに持っていく。
「お茶です」
「ああ、そこに置け」
「ありがとうございます、平蔵殿」
「ヘイゾウさん、すみません」
三者三様の返事に頷きつつ、今度は寝室へと向かう。
部屋に入るとクローゼットの中で三人が衣類の中を漁っていた。理由は聞きたくないが、聞くのが礼儀かもしれない。
お茶を置き、眉間を揉んでから意を決して聞いてみる。
「つかぬことを伺いますが……なにをしていらっしゃるのですか?」
「ヘイゾーが隠してるえっちな本を探しているの!」
アホは元気いっぱいだ。
「千景様は、どうしてこのようなことを?」
「し、臣下の好みを知っておくのは当然のことよ」
「まだ早いです。自重してください。殿下は……」
「……たのしそうだから、さんかしました」
「結構です」
相変わらずよくわかっていない殿下に安堵してしまった。
アホは放っておいて、ちび二人にはご退場いただく。
小脇に抱えれば暴れるどころか大人しくなった。
「ちょっと平蔵、なにするのよ」
「……ちかげちゃんと、おそろい、です」
「お二人とも見習うべき相手を間違っていますよ。できれば副長か、直虎さんを見習ってください」
リビングまで連れ戻し、ソファーに座っていただく。
何もしてないのに疲れてしまった。
「榊、貴様は普段から殿下に敬意をもって接しろと……」
「時と場合によります。が、副長が家探しを推奨されるというのなら考えます」
「平蔵殿、殿下と千景様には私からよく言い含めておきますのでご容赦ください。お二人とも、こちらへどうぞ」
「私もいいですか?」
「ええ、エレオノーレも座ってください」
さすがは直虎さん、心得たものだ。
殿下を膝の上に乗せ、千景とノーラを隣に座らせる。
「よいですか、殿方は本能的に女性を求めるのです。本であれ、現実であれ、それは変わりません。仕方のないことなのです。不本意ではありますが、ここで潔癖を求めすぎると逃げられてしまいます」
前言撤回だ。あの父親を見て育てばこうもなるのだろうか。
ちび三人はふんふんと神妙な顔で頷いている。
「副長、なんとかなりませんか?」
「わ、私に聞くな! 私もその手の会話にはうと……」
急にごにょごにょと顔を赤くした鷹司に苦笑いを浮かべていると、懐のスマートフォンが震える。表示には立花宗忠の文字、俺の救世主は彼なのかもしれない。
「副長、失礼します」
「あっ、こら榊!」
よくわからない告白を振り切って部屋の外へ出る。
そのまま非常階段を駆け上がり、屋上に出たところで通話ボタンを押した。
『よー、榊、元気してるか?』
「今日ほどお前の存在をありがたく思ったことはない。感謝してる。ありがとう」
『き、気味悪いな。榊がそんなことを言うなんて……何かあったのか?』
「俺の部屋に、殿下と千景とノーラと副長と直虎さんと優呼がいる」
『……それは、なんというかご愁傷さまだな』
「助けてくれ。胃にヒビが入りそうだよ」
『モテる男の特権だろ。楽しめばいい。全世界の彼女がいない男の呪いを受けて苦しめ。俺も呪ってやる』
「勘弁してくれ……」
見上げる空が遠い。
涙が出てきそうだ。
「それで、例のヤツはどうなった?」
『そのことなんだが……』
歯切れが悪い。
結果を聞く前からため息が出そうだ。
『すまん、しくじった。最初は軽い感じで伝えたんだが、意識が低いって言われたんで、榊のこと話しちまった』
最悪だ、こんなに交渉事が下手だとは思わない。
俺が呪ってやりたい気分だ。
「お前、失敗したくせによくも俺に軽口が叩けるな」
『それはそれ、これはこれだ』
「……調子のいい奴。それで、どこまで話したんだ?」
『全部……』
「焼酎の瓶は割って、明太子は食べておく。心配するな」
『待ってくれ! こっちには切り札がある』
通話を切ろうとすると命乞いが聞こえる。
「切り札?」
『義姉上は榊を信頼している』
「だから?」
『立花の家を見ただろう? 義姉上は典型的な九州女だ。身内や年上の考え方には従う。俺の口からじゃなくて榊の口から真意を聞けば、聞き入れてくれるかもしれない』
「俺は身内でも年上でもないぞ?」
『そこで信頼だ。榊くらいの信頼度があればイケる。ヤレる!』
立花は画面の向こうで泣いていることだろう。
自業自得もいいところだ。
「直虎さんから副長に話が行っていたらアウトだ」
『そこは大丈夫だと思う。義姉上は性格的に告げ口はしない』
「分が悪い賭けだな……」
『悪運強い榊なら行けるって!』
「何の保証にもならないな。まぁ、ダメなら諦めろよ」
『よろしく頼……』
途中で切ってやった。
こうした開き直りだけはあの豪放磊落な立花勝頼が浮かぶ。分家とはいえ血は争えないらしい。
「勘弁してくれよ、アドリブは得意じゃないんだ……」
どう説得したものか悩みながら戻れば、案の定、部屋の中は混沌としている。
直虎さんの話を熱心に聞く千景とノーラにはお手上げだ。今は、将来がゆがまないことを祈るしかない。
ちび殿下は俺に手招きをしているが、今は混ざりたくない。
とりあえずソファーに座り、頭痛がしてきたのでこめかみを揉んだ。こちらをチラチラ見ている鷹司はとりあえず無視した。
「どう切り出したものか……」
部屋に戻って考えること数分、壁に掛けてあった時計が電子音を鳴らす。
目をやれば時刻は二〇時、お子様方の時間は終わりだ。
「そろそろね」
千景が立ち上がり、方々に挨拶をする。
彼女は寮暮らし、自由な校風とはいえあまり度が過ぎれば自らの首を絞める。そそくさと準備をして部屋を出ようというところで寝室から裂海が顔を出した。
「帰るなら送っていくわ」
「よろしいのですか?」
「帰りにコンビニ行きたいの。ヘイゾーの部屋にはエッチな本ないみたいだから」
「ゆ、優呼さん?」
さすがの千景も追及するべきか迷っている。
裂海のセリフからすればコンビニで何を買おうとしているのか明らかだ。
「私も興味あります!」
「……こんびに、いきますか?」
残る二人も色めき立つ。
片方があまり意味を理解していないのが救いだ。
しかし、
「……」
殿下がこちらを見ている。
鋭いところもある御方だ、なにか察したのかと、とっさに目を逸らしてしまう。
「じゃあ、みんなで勉強しに行きましょう!」
「殿下、参りましょう」
「……はい」
アホを先頭、に止める間もなく行ってしまう。
最後まで殿下はこちらを見ていたような気がした。
「直虎……」
「はい、優呼にはよく言い聞かせておきます」
「興味を持つことは仕方ない。が、早まってはいかん」
そんなちび三人と思春期の裂海を大人二人は心配している。
こちらとしては奇しくも好機がめぐってきたことを感謝せずにはいられない。アホ一号への説教は軽めにしておいてやろう。
「榊、貴様も妙な想像はせず、一段と留意する……」
「副長、折り入ってお話があります」
「な、なんだいきなり?」
鷹司が身構える。
顔が少し赤いのは本人が妙な想像をしているからではないのか、とも思ったが火に油は注がない。
「実は、宗忠の交代要員として奥尻に行きたいのです」
「奥尻に?」
「はい」
立花の交代要員を申し出る。
隣に控える直虎さんが不満そうにしていることから話は伝わっているのだろう。
「聞けば、宗忠は交代要員もおらず、ずっと緊張状態にあると聞きます。このままでは神経をすり減らし、ストレスを抱え込んで満足な仕事ができなくなるでしょう。それでは本末転倒です」
「……」
「……」
女傑二人は無言。
鷹司は鋭い眼差しで射貫くように、直虎さんは真剣で対峙するかのような目で睨んでくる。
「今は情勢も安定し、本部の仕事は忙しくありません。私も三日でしたら予定が空けられます。宗忠には何かと世話になっていますから、恩返しができればと思いまして……」
「直虎、宗忠から上申はあったのか?」
「来ておりましたが、却下いたしました。義弟は常在戦場の心得が足りません。ひとたび戦場となれば三週間どころか半年や一年同じ状況が続くことも考えられます。今のうちに忍耐を養わせておくことも肝要かと存じます」
「うむ、そういうことだ。榊、貴様の申し出も却下する」
なんという連携プレイだろうか。眩暈がしてくる。
立花の言葉通り直虎さんは知っている。しかし、性格上、俺の真意まで伝えていないはず。そう信じて言葉を探す。
二対一、数の上で負けるのならばひっくり返してやればいい。
顔を鷹司から直虎さんに向け、背筋を伸ばし、真摯な眼差しを作る。
「今は重要な局面にあります。誰もが予見できない夜が迫る中、我らの仕事は暗闇から迫る恐怖を相手取るだけではないはずです。私心から申し上げているわけではありません」
「榊、貴様はなにを……」
眉根を寄せる鷹司だが、面と向かった直虎さんの目が鋭くなる。
「しからば、行ってなんとしましょうや。貴殿は一人の近衛、いかに数多の伝手を持とうと、損得と貸し借りで国は動きません。安易に関わるべきではないのです」
「関わらず、不干渉を貫く、今はそれでも良いのかもしれません。ですが、一〇年、二〇年先ではいかがでしょうか。ますます世界の結びつきは強くなり、金が神秘や権威を脅かす世の中になるでしょう。我らはいい、たかが一〇〇人やそこいらの命、国の行く末を考えれば些末なもの。しかし、殿下は、いえ、これから未来を担うべき子供たちはどうなりますか。依るべきものの無い世は欲望の坩堝となる。搾取する側と、される側に分かれることになれば、最も被害を受けるのは立場の弱い者たちになる。共和国、そしてロマノフがたどった道が、そのまま日本に流れ込んでくることを憂うものです」
「……」
「残念ながら国難は続くでしょう。国と国民が一体となるには楔が必要です。その楔こそが殿下であり皇族方々であられる。私はそう考えます」
「貴殿がその先鋒となると? 志もお覚悟も立派ではございますが、それだけで世は立ちゆきません。阻むものもございましょう」
「大事となれば霞が関も永田町も、立ちはだかるものは全て始末をつける覚悟です」
「……お覚悟、ご立派ではございます。ですが、正しさばかりが世を動かすわけではありません。清濁併せ呑む前に、濁流に身を流された人間はたくさんおります」
「その時は切ってください」
本音をさらしたやり取りに背筋が伸びる。
通じただろうか、と身を固くしていると拍手が聞こえた。
「二人とも、ずいぶんと楽しそうだな」
「ふ、副長」
水を差したのは一人置かれた鷹司。
「推察するに、宗忠からの申し出は嘘ではなさそうだ。ただし、裏がある。榊は……青山に接触したいのだろう。違うか、直虎」
「……霧姫様」
「榊の言い分も理解しよう、その真意もな。しかし、二人だけが通ずるのは面白くない。直虎、何がどうなっているのかじっくり聞きだしてやる」
「うっ……」
「榊、貴様の覚悟は褒めてやる。決意も認める。だが、それを内に秘めてなんとする。こうした場所だけで発露して仕方あるまい。なぜ普段から口にしない」
「それは……」
「一人考えると先鋭化するだけだ。普段から話せ、そして協力者を集めろ。私はそれほどまでに頼りないか?」
「い、いえ、そういうわけではありません。副長は常日頃からお忙しいので、これ以上の負担をかけないようにと思いまして……」
「見当違いな気遣いは無用だ。スタンドプレーばかりでは敵を作る。確かに今の近衛には志が足りない。忙しいばかりの現状に甘んじているといってもいい。しかし、誰しもがこのままでいいと思っているとは考えるな。それが貴様の驕りでもある」
「……申し訳ありません」
「事情は追って聞くが、まずは直虎だ。何を隠しているのかは知らんが、罪深いことと思え」
「き、霧姫様。お目が怖いのですが……」
逃げようとした直虎さんの腕を、鷹司の五指がつかんで離さない。
笑みから垣間見える犬歯が恐怖を引き立てる。
「堅いことをいうな、私とお前の仲ではないか。隠し事をされて、私は悲しいのだぞ?」
「愚弟からの申し出があったことは事実です。しかし、榊殿にこのようなお考えがあったとはつゆ知らず、お許しください!」
「だから、言い訳は後で聞くといっているだろう。まずは折檻だな」
単純な腕力で勝る鷹司が直虎さんを引き寄せる。
もう限界だった。
「副長、私、所用を思い出しました!」
自分でも滑稽なほどにワザとらしく、席を立つ。
「へ、平蔵殿!?」
「ちょうどいい、しばらく戻ってくるな」
上司二人から悲喜交々を背に、脱兎のごとく逃げた。
直虎さんがその後がどうなったのかは、あまり知りたくない。




