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一七話

 人は自らが思っているほど大人ではない。

 俺自身、サラリーマンを三年経験し、一通りのことはできるようになったつもりでいた。

 学生の頃もそれなりに経験は積んだ、人生経験もある。そう思った時期もあったが、今は過去を恥じるばかり。

 今の目標は騎士王こと聖ジョージ卿。実力はもとより、人柄にも秀でて見識もある。とりわけ、女性のことには及ばない。


「なに、これ?」

「お土産です。約束したでしょう」

 

 休日にやってきた千景と、タイミングの合わなかったノーラにロマノフ、欧州での土産を渡す。騎士王が選んでくれたのはハンドクリームやリップクリーム、爪や肌の手入れができる小物が入ったポーチ。


「女性は細部にこそ気を配る。それに気づくのが紳士の務めといえよう。時には理不尽に耐えることも必要となる。榊君も心がけることだ。」

 とは騎士王の弁、左右に女性を侍らせる未婚男性の言葉は貫禄が違う。見習いたくないが参考にはしたい。


「可愛い、ありがとうございます!」

「……わたしも、もらいました。おそろい、です」


 先に渡してあった殿下も持ってきている。

 ちなみに、ポーチの色は殿下が青紫、千景は赤、ノーラは薄緑にしてある。全く同じにしないのが紳士の嗜みらしい。


「……でも、これはちょっとむずかしい、です」

「私と一緒に練習しましょう。千景さんは大丈夫ですか……千景さん?」


 嬉しそうにする殿下とノーラとは対照的に、千景は眉間にしわを寄せている。

 鋭い眼差しはポーチと虚空とを行き来してから俺へと向く。


「平蔵、これは貴方が選んだの?」

「はい?」


 いきなり核心を突く質問をしてくる。

 少し驚いたが、そこは紳士よろしく恭しく頭を下げた。


「どうして、そのように思われるのですか?」

「貴方にしては気が利きすぎているからよ。私はてっきりすぐに消えてなくなるお菓子や消耗品の類だと思ったわ」


 鋭い。

 騎士王から助言を賜らなければ千景の言う通り、食べ物か消耗品で済ませていただろう。それが一番面倒がなく、後腐れもないからだ。


「千景様、それは穿ち過ぎです。私もそのくらいは……」

「合理主義で乙女心が分からない貴方が、揃いのポーチを、色違いで用意するなんてちょっと考えられないの。ノーラもそう思わない?」

「思います。ですが千景さん、それを言わないことも淑女の嗜みです」

「そうね、一理あるわ。でも、お土産はただ品物が嬉しいわけではないの。買ってきてくれた人が、考えてくれるから尊いのよ」

「あら、このお土産だって平蔵さんが考えに考えた結果だとは思いませんか?」

「そうね、平蔵、……どうなの?」


 千景の言葉にノーラが返しつつも笑みを浮かべている。

 これは連携プレイに他ならない。二人の将来が心配になる。

 どうしようか考えあぐねていると、ちび殿下が千景のもとへと駆け寄った。


「……ちかげちゃんは、うれしくないですか?」

「えっ!?」

「……わたしは、とてもうれしかった、です。ちかげちゃんは、ちがいますか?」

「いえ殿下、私も嬉しいのですが、ちょっと気になったので……」


 心配そうに眉根を寄せる殿下に、さすがの千景も旗色が悪い。

 しかし、こうも言われるとは俺自身にも過失があったのだろう。騎士王の真似事など早かったのか、人徳が足りなかったのかと反省しながら二人の間に割って入る。


「殿下、弁護ありがとうございます。千景様のご指摘通りです。最初は蜂蜜とチョコレートのはずでしたが、騎士王に助言をいただきまして、このようになりました」

「……さかき」

「わ、私だって責めたいわけではないわ。でも、貴方の心が……欲しかったの」


 場が気まずくなってしまう。

 どうしたものかと悩み、これしかないと頭を下げた。


「手を抜いたことは弁明のしようもありません。ですからもう一つ、なにかご要望があればお引き受けします」

「……さかき」

「そういう意味ではないわ。私は……」

「ヘイゾウさんならそうおっしゃっていただけると信じていました!」


 慌てる二人を尻目に、ノーラが俺の後ろに回り込み、首に手を回す。

 タイミングが絶妙だ。


「先日、殿下から興味深いお話を伺いました。移動中の車の中で、ヘイゾウさんが抱きしめてくれた、と……」

「なっ!?」

「……?」


 千景が目を見開き、相変わらずちび殿下は「それがなにか?」と言わんばかりに不思議顔をしている。

 事実は間違っていないだけに訂正したい。


「平蔵、どういうこと?」

「誤解です。移動中に殿下がシートベルトを外されたので、安全のため膝の上に座っていただきました。チャイルドシートのようなものですね」

「殿下からは優しく抱き締めてもらったと伺いましたよ?」

「……ちがうのですか?」


 両袖を引っ張られ、首にはノーラの腕がある。

 磔刑でもこれほどの苦しくはないだろう。


「ノーラ、狙ったね?」

「ただでさえお会いできていないのです。少しくらいは私や千景さんにチャンスがあっても良いと思います」

「そもそも、殿下とはなにもない。それは君が一番知っているはずだ」

「情は思い募るもの、そうやって二人だけの時間を共有しているのを見過ごすことはできません」


 凄まじいまでの目力で睨まれる。

 まぁ、こうなっては降参するしかない。


「ヘイゾウさんはおかけください。最初は千景さんにお譲りします」

「えっ!? そんな、いきなりなの? 最初はノーラでもいいじゃない!」

「よろしいのですか? では、失礼して……」

「……ちょっと待って、少しあざといんじゃない?」

「あら、千景さんが遠慮するからですよ」

「……?」


 急にわちゃわちゃし始じめる二人に、ちび殿下は首を傾げ、


「……じゃあ、さいしょはわたし、です」


 と俺の膝の上に座った。

 上目遣いにこちらを見上げ、微笑む姿は穢れを知らない。


「殿下!」

「次は私です!」

「……じゅんばん、です」


 萱の外になったので天井を見上げた。

 気苦労はしばらく終わりそうにない。



     ◆




 ロマノフのクーデターが明るみに出てから、世界は混乱の只中にある。

 ただ一国の政情不安でも、グローバルの名のもとにつながってしまった世界経済は一つの生き物のように悪い影響を受ける。日本も例外ではない。


「このところの円高はやりきれんな。また財界が騒ぎ始めるぞ」

「国内市場も冷え切っておりますゆえ致し方ありません。売れるときに、売れる場所へ売るのが商売の定法というものです」

「五菱の関連企業には米国や欧州の企業からから防弾、防爆繊維の売り込みがあったらしい。彼らは抜け目ない」

「戦争は商売そのもの、好機ととらえる人間は多いでしょう。使う必要があるならあらかじめ用意しておかねばなりません」

「ロマノフへ五菱や富士重工のカタログでも送ってやれ」

「副長、冗談が過ぎます」


 上司二人は軽口を叩きながらも仕事の手を緩めない。

 基本的なスペックの高さが可能にする芸当だ。


「ねーねーヘイゾー、私たちも頭のよさそうな話をしない?」

「例えば?」

「えーっと……世界経済のフチョーに対抗するためにはいんばうんどを拡充させる必要があって、羽田や成田をはぶ空港として物資と人材を集める必要がある?」

「一つの文章内で必要を二回使うな。あとは疑問形で返さない」

「ふぎゅう……」


 同じ室内、少し離れたところで交わされる会話は基礎的な知識があってのこと。

 隣で萎んだ同僚兼師匠には足りないものが多い。


「優呼の知識不足は実戦偏重主義の近衛に問題がある。これからは知識の部分を補っていけばいいさ」

「えー、まだ勉強するの?」

「むしろ歳を追うごとに覚えること、学ぶべきことは増えていく。それを支えるのが基礎学力だ。疎かにするとあとが辛い」

「高校分の課程は終わったわ。大学は……まだだから、高学歴で頭のいいヘイゾーが分かりやすく教えなさいよ」

「俺は高学歴のうちには入らない。まぁ、家庭教師のアルバイトはしたことがあるから劣等生に教えるのはできるぞ」

「……道場であったら覚えてなさい。メッタメタのけちょんけちょんにしてやるんだから!」

「残念ながらしばらく道場に用事はないな」


 決して頭のよさそうな会話ではないが、これはこれで気を使わなくていい。


「ねーねー、一昨年の冬にバイカル湖に近い金鉱山でストライキが起こってるんだけど、こういうのも含めていいの?」

「ストライキは波及しやすい。権利を求めるものならなおさらだ。そういった労働に関わるものは赤い付箋を貼っておいてくれ。軍事的なものには青、その他は黄色で頼む」

「オッケー!」


 裂海に頼んだのは過去一〇年間、ロマノフで起こった官民の衝突をさがし、付箋を貼ること。あとで色ごとに抽出して分析に使う。

 俺自身はロマノフの貿易、輸出入の動向、人口の移動や都市別の経済推移を洗い出している。


 なぜクーデターが起こったのか、原因は何か、切っ掛けや動機、今に至るまでの経過を知ることができれば今後に生かすことができる。

 同じ室内には鷹司と直虎さんがいて、共和国の資料を読み込んでいるが、目的は教えてくれない。おそらくは陸軍がらみなのだろうが、聞いても答えてはくれないだろう。


「あー、もう限界!」


 二時間が経過し、空が赤くなり始めたころ、裂海が根を上げる。


「糖分の補給が必要だわ!」

「食堂にケーキを頼んである」

「気が利くわね!」


 目の色を変えて走っていく。

 こうしたとところは犬そっくりだ。尻尾がついていたら千切れんばかりに振っていただろう。

 隣を見れば裂海が処理してくれた新聞や時事報、各分野の専門書が積み重なっている。彼女に自覚はないだろうが、一度集中すると持続時間は長い。付箋の数からも手を抜いた形跡はないので勉強が嫌いというわけではないだろう。



「ずいぶん熱心だな。何を探している?」


 声の主は鷹司、こちらに目を向けることもなく、世間話のように聞いてくる。


「ロマノフで見聞きしたことの裏付けをしているだけです」

「先日、白凱浬と会っていたと聞いたぞ。無関係ではあるまい」

「……ご存じでしたか」

「あれだけの規模で動かれれば、な。彼らとて無警戒ではいられない事情があるのだろう。それだけに目立つぞ」

「ご忠告申し上げておきます」


 当然といえば当然だが、鷹司は彼らに目を光らせている。

 彼らにも教えなければならない。


「それで、なにを話した?」

「共和国内で台頭する黒社会について伺いました。かの国の上層部の権力争いにも関与しているとの情報があります。今は外務大臣を通じて確認をしているところです」

「……なるほど。未確認ならば逐一報告しろ、とはいわない。貴様のことだ、確度の低い情報を精査してからのつもりだったのだろう」

「恐縮です」

「だが、今は直虎もいる。遠慮なく相談しろ」


 俺に首輪を付けておきたいらしい。

 まぁ、鷹司の気持ちもわかる。勝手に動かれては統制が取れないからだ。動き難くなったと白凱浬や城山には伝えなければならない。


「承知しました。直虎さん、ご面倒とは思いますがよろしくお願いします」

「はい、承知しました」


 眦を鋭く吊り上げる鷹司の横で柔らかく微笑んでくれる直虎さんだけが救いだ。


「それから貴様、政治家とは距離を置けと……」

「おっまたせー……ってどうしたの? なにかあった?」


 小言を続けようとした鷹司を裂海が遮る。

 こうした間の悪さ、いやタイミングの良さに拍手を送りたい。


「優呼、ありがとう」

「へへへー、褒めても何も出ないわよ!」


 世の中、単純なほうが楽しそうだ。


「榊、話はまだ済んでいないぞ」

「副長、本人もわかっておいでです。あまり問い詰めすぎても毒というものかと」

「そういう問題ではない。こいつは独断専行が過ぎる。せっかく殿下専属にしているというのに……」

「副長! ケーキ食べましょう! 美味しいですよ!」


 三人寄れば鷹司でも姦しい。

 穏やかな日々は駆け足のように過ぎていく。



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― 新着の感想 ―
[一言] 今章も良かったです(^_^) ありがとうございます(`・ω・´)
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