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一五話



「ヘイゾー、動かないでねっ!」

 一方的な宣言と一緒に刃が殺到する。

「くっ!」

 恐怖に思わず目を閉じる。

 なのに、


「ほら、目を開けないともう一回だよっ?」

「こ、こんな状況で開けていられるか!」


 鋭い痛みを胸や耳、頬に感じる。

 切られるとわかりながら目を開け続けるのは難しい。

 人間には条件反射がある。


「だめだめ、もう一回!」

 パチン、と刃が収まる音でようやく目が開けられる。

「誰だ、こんな嗜虐的な訓練考えたのは?」

「昔の人!」


 バカに聞いた俺が間違いだった。

 サボりたい。

 無論サボれは……しないのだが。


 近衛には伝統的な訓練がいくつかある。

 その一つが今受けている『切られる』訓練。

 やり方は至極簡単で、対象者を切るというシンプルなもの。

 もちろん、ザックリなんて切らない。表皮だけなのだが、一つだけ辛いのは目を閉じてはいけないということ。

 自らが切られる刃を直視しなければいけない。


「なぁ、裂海」

「なによ? 命乞いならきかないわ」

「いや、せめてその刀、普通のにできないか?」


 一度逃げてしまい、それからはこうして縛られている。

 道場の支柱に縛り付けられたまま上半身は半裸にされ、突きつけられるのは四メートルにも及ぶ雨乞いの太刀。

 その迫力、いや圧力は尋常ではない。

 致命的なクレームを目の当たりにしたときに似ている。


「そのくらいなら良いわよ! でも、後悔しない?」

「こ、後悔?」


 意味深な言葉に想像が駆け巡る。

 まるで大きい方がマシだと言わんばかり。

 藪蛇は避けたい。


「さぁ、どっちがいいの? 決まった?」

「待ってくれ。大きい方がいいのか?」

「そんなの知らないわ! 私は後悔しないか聞いただけよ?」

「姑息な手を……」


 どちらがどう、ではない。

 これは心理戦だ。

 できる限りの想像を膨らませ、


「変えてもらおうか」

「オッケー!」


 裂海が雨乞いの太刀を納め、代わりの刀を腰に差す。

 気のせいだろうか、幾分迫力は和らいだ、気がする。

 本当に気がするだけかも知れないが。


「じゃあ行くわよ! さっきも言ったけど、目を閉じているうちは終わらないからね! これは度胸と覚悟を身につけるものなんだから!」

「うるさい、さっさとやってくれ」


 腰溜めに構える裂海。

 体が沈んだと思った瞬間、銀色の稲妻が走る。

 剣線は全く見えない。

 見えないのに痛みが胸や顔、額に降り注ぐ。


「くっ!?」

「ダメ! 目を開けて!」


 これなら雨乞いの太刀の方がマシだった。が、後悔しても遅い。

 時間にすれば数秒なのに、永遠にも等しい悪夢が終わる。


「はい、お疲れさま」

「う、うう……」

「どっちがよかった?」


 いけしゃあしゃあと聞いてくる。

 分かっているだろうに。


「大きい方だ」

「やっぱり! だから聞いたのに!」

「うるさいぞ」


 叫ぶ気力がない。


「刀でこれだと、あとあともたないよ?」

「あ、あと? まだあるのか?」

「うん!」


 当然、とばかりに頷く。

 そんなこと聞いてない。


「今日は浅い傷だけだったけど、そのうちに救護も交えて切られて治療するのを繰り返すの!」

「はぁ?」

 なんだそれ、拷問じゃないか。

「だって、そうでもしなきゃ実戦で使えないでしょ? 切られたり撃たれたりなんて当たり前なんだから。現場にでてから撃たれたって遅いのよ?」


「そ、それはそうかも知れないが、切られたり撃たれたりして、万が一があったらどうするんだ?」

「そのための救護じゃない。大丈夫、脳や重要臓器の損傷以外なら大抵は治るから!」

「がっ……」

 

 拷問どころじゃない。

 人体実験真っ青だ。


「じゃあ今日はおしまい。次もがんばろうね!」


 両腕を縛っていたワイヤーが切り落とされる。

 体が自由になっても、しばらく動けそうになかった。




                     ◆




 草木も眠る丑三つ時。

 山、と積まれた資料。

 その中の一つ、クリップで綴じられた厚い紙束を鷹司霧姫は手に取る。

 主題は清綱の行方。

 帝都美術館から忽然と消えた刀に関するものだ。


「……」

 霧姫はマグカップを手に取り、すっかり熱を失った珈琲を口に運ぶ。

 苦い。

 だが、霧姫はこの苦さが嫌いではない。

 十分舌の上で転がし、堪能したところで飲み下す。


 報告書では消えたのは清綱を含む刀、三振り。

 ともに伝説となる逸話こそないが良い刀であり、今後近衛の保管庫への移送が決まっていたもの。

 それが突然、紛失とある。

 刀に足があるわけではなく勝手に動き出すものではない。


 最初は職員による盗難が疑われた。

 しかし、家宅捜索までしても手がかり一つない。

 美術館のセキュリティは万全、とはいかないまでもかなり厳重になっている。

 職員でもおいそれと持ち出せるものではない。

 

 では、どこへ、どうやって。

 

 実はこの問題、今に始まったことではない。

 数年前から一〇振り程が消えている。

 それも近衛に移送、あるいはその候補となっていたものが半分以上を占め、他には重要文化財に指定されているものまである。


 近衛内では資料の流出による諸外国の妨害と刀の分析ではないかとの見方が有力だったものの、決定的な証拠はなかった。

 しかし、ここにきて俄に状況が動きつつある。

 失われた清綱を含む三振り、この中の一つが榊平蔵が持って暴れた一振り、国吉の脇差しがある。


 最初は榊にも疑いの目が向けられた。

 が、疑いはすぐさま晴れた。

 どこからどう見ても真っ白、取り寄せた資料でも覚める一時間前には会社の監視カメラに映っていた。

 

 だとしたら、彼が覚めた場所で接触した可能性が高い。

 霧姫はすぐさま資料を取り寄せ、画像の解析や周囲への聞き込みをした。

 導き出されたのは三人のビジネスマン。

 正確にはビジネスマンの服装をした大陸系の人間。

 閑静な住宅街で彼らは珍しく目を引きやすい。


「やはり共和国か」

 本命は大国の諜報員。

 しかし、もう一つ奇妙な証言がある。

 彼らと話をする私服姿の日本人をみた、というもの。

 それもなぜ日本人かと問えば発音のイントネーションが違うらしい。


「三人と、一人」

 間違いなくそいつらが犯人。

 それも今回だけではなく、これまでの件も連中だろう。

 背後に見え隠れするのは間違いなく大国の影。

 この上なく厄介で、嫌な予感がする。

 何かが起こる、その前触れのようにも思えた。


「どう……する……か」


 不眠不休、疲労の限界を迎えて霧姫の瞼が落ちる。

 事切れたように体が傾き、背もたれに体重が押しかかる。

 書類は落ち、盛大な音を立てた。が、霧姫の瞳が開くことはない。

 カーテンの外からは朝日が滲み始めていた。



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