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実験的短編企画 榊の顛末書(七)

 

 ふと気になった。

 それが報告書の類なのか、普段は気にも留めない戸締りだったのか、詳細なことは分からない。近衛寮、自室の前まで来た鷹司霧姫は自らの執務室へと戻る。

 

 時刻は午前〇時、翌日の予定もあるのでさっさとシャワーを浴びて眠りたいとも思ったが、執務室への往復は一〇分とかからず、何かに引っかかったまま一晩を過ごすよりはマシだと考えたからだ。

 非常灯だけがぼんやりと照らす廊下を歩き、つい数分前も通った場所を引き返す。


「ん?」


 執務室の前まで来るとぼんやりとしたシルエットがある。

 白い頭髪に白い服装、時間が時間だけに巡回する警備の人間なら悲鳴を上げていたのかもしれないが、鬼と呼ばれる近衛副長は生憎とそんな可愛げを持ち合わせていなかった。


「ノーラか?」

「鷹司副長?」


 目を凝らせば、それがエレオノーレであることに気付く。

 夜にぼんやりと姿は妖精にも似て、霧姫の顔がほころぶ。


「どうした? こんな時間に、こんな場所で」

「今夜は日桜殿下とご一緒させていただいたのですが、様子がおかしかったので眠ったふりをして後をつけました」


 朗らかに宣言するあたりに器を感じる。

 将来が心配であると同時に、心強くもあった。


「殿下がこちらに?」

「はい。ヘイゾウさんの部屋に行くようなら止めたのですが……」

「ふむ」


 エレオノーレの目配せに霧姫も執務室の前まで来ると耳を澄ませる。

 少し開いた扉の向こうからはわずかな衣擦れと息遣いが聞こえるだけ。


「どうしますか?」


 小声で問われ、霧姫は少し考える。

 こんな場所に来るということは必ず理由があるはずだ。特に執務室は機密情報で溢れている。

 国際情勢的にも難しい時勢、日桜が欲するものがあったとしても不思議ではない。

 自分たちに聴きづらいことか、あるいは自分の目で確かめたいのか、聞かなければならなかった。


「行くぞ」

「承知しました」


 霧姫の言葉にエレオノーレも従う。

 二人は顔を見合わせて頷くと、扉を開け、部屋の明かりをつける。


「……!!」


 書庫の前にいた日桜は突然の明かりに背筋を伸ばし、錆びた機械のようなぎこちなさで霧姫とエレオノーレを見た。小さな手が分厚いファイルを後ろに隠そうとするのを二人は見逃さない。


「あれは……榊が書いた顛末書」


 霧姫の言葉にエレオノーレの瞳が細くなる。


「副長、顛末書とは?」

「あ、ああ、何かあるたびにやつに書かせたものだ。しかし、どうして日桜殿下があの書類のことを。ご存じではないはずだが……」

「へぇ」


 酷薄に笑う異国の少女に霧姫は背筋が寒くなる。

 霧姫の戦慄を余所に、エレオノーレは薄い笑みのまま日桜へと近づき、


「殿下、こんな夜更けに何をなさっているのですか?」

「……の、のーらちゃん」


 臆することもなく顔を近づける。

 さすがの日桜も苦笑いを浮かべるしかない。


「それ、なんですか?」

「……てんまつしょ、です」

「私にも見せてくださいませんか?」

「……ど、どうぞ」


 気圧されて素直に渡すあたりに二人の関係性が垣間見えた。


「殿下、どうしてご存じなのですか?」

「……このまえ、さかきがかいているのを、みました」

「あのバカは……。本人の前で書くやつがあるか」


 霧姫は部下の顔を思い浮かべ、あとで説教をしなければならないと誓う。

 日桜と霧姫が話す間、ノーラは一心不乱に顛末書をめくっていたのだが、眉根には深いしわが寄っていた。


「しかし、どうしてこのようなものをお読みになるのですか? 取り立てて面白いものではありませんよ?」

「……さかきが、わたしをおもってかいているもの、です。よみたいとおもって、とうぜん、です」

「はぁ……」


 強い口調の日桜に霧姫は眩暈がした。


「副長!」

「な、なんだ?」

「日本語の言い回しが良くわかりません。解説していただけますか?」

「私がか?」

「だって、すべてに副長の印が押してあります。ご覧になったということですよね?」

「そうだが……ほとんど形式的なものだぞ」

「いいえ、私にも読む理由があります!」


 エレオノーレが広げたところには昨年の一二月、彼女が巻き込まれた事件のものがある。

 日桜が助命嘆願の書状を騎士王に送った件や前後の経緯についても記してある。


「……きりひめ、わたしもききたい、です。さかきのかきかた、ちょっとへんです」

「で、殿下まで」

「副長!」

「……きりひめ」


 二人に迫られ、鬼の副長が諸手を挙げるしかなかった。


     ◇


「っくしゅ」


 急な寒気に襲われ、くしゃみが出る。


「風邪か?」

「体調は大丈夫なはずなんだが……」

「湯冷めだろ。今日は涼しいからな。飲んで温めろよ」


 テーブルを挟んで立花宗忠が一升瓶を差し出す。

 中身は芋焼酎、仕事上がりの一杯に付き合わされていた。


「しっかし、榊は真面目だな。部屋に戻ってまで仕事するのか?」

「仕事って呼べるほどのものじゃない。ただの顛末書だよ」


 焼酎をちびちびやりながらフォーマットに文字を打ち込んでいく。

 ほとんど毎日、それも複数枚書くのだから仕事というよりも日記に近い。


「うわ、そんなの書いてんの?」


 横から覗き込んだ立花が嫌そうな顔をする。

 内容は今日、殿下に膝枕をされたことなのだが本質はそこではない。

 あのちんちくりんにも学校に通ってほしいという上への届かない文句だ。


「書かないよりはいい。いつか、誰かが目にしたとき、殿下の窮状を分かってくだされば、それで構わないさ」

「義信ここに極まれり、か」

「立花」

「なんだよ、照れるな」

「うるさい」


 笑い話のうちに夜が更ける。


短編は今日で終わりです。

ご意見、感想などあればぜひお書きください。

次の更新は第五部になる予定です。

今しばらくお待ちください。

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