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実験的短編企画 榊の顛末書(五)

――――――――――――――――――――――――――――――――

                   三月一五日

鷹司霧姫殿


                  氏名 榊平蔵

                処理番号 三一三

        

        顛 末 書


 三月一四日、近衛寮での異臭騒動につきまして以下の通りご報告いたします。


        記

1.状況や内容

 日時:三月一四日一八時頃

 場所:近衛寮 三〇二号室



2.経緯

 朱膳寺千景殿下が帝都にいらっしゃったことを祝し、日桜殿下とエレオノーレが歓迎のための席を設けることになったようです。

 簡単な調理をしていたところ、材料を焦がすこととなり異臭が発生したと考えられます。


3.原因

 近衛寮のコンロはすべて電磁調理器であり、なれない場合は扱いに少々難があります。

 日桜殿下、エレオノーレ、千景殿下の誰もがこれまで電磁調理器に触れてこなかったため、扱いに苦慮したことが考えられます。



4.再発防止策

 なれた人間の立会いの下、御三方には電磁調理器の実習をしていただくことを提案いたします。


                      以上


――――――――――――――――――――――――――――――――




「さて、どうしてこうなったのか説明していただきましょうか」


 鷹司の問いかけに居並ぶ高貴な彼女たちは互いの顔を見合わせる。

 左に千景、真ん中に日桜殿下、右にはノーラとそれぞれが目配せをしてから頷きあう。

 三人の目がこっちを向いているようで、鷹司から無理やり書記として引っ張られたことを早くも後悔し始めていた。


「私たち、チョコレートを作っていました」


 真っ先に口を開いたのは普段は気が強い千景。

 この子はなまじ覚悟というか、妙な決意を秘めている節がある。猪突猛進、裂海優呼もびっくりの体当たりタイプだからなおさらだ。


「ヘイゾーさんに渡すものです。バレンタインは帝都に千景さんがいなかったので一ヶ月待とうと三人で話し合ったのです」


 次はノーラ。

 この子は千景にはない器用さを備えている。殿下のフォロー、周囲への気配りに長けている。今回知恵を出したのも彼女であることは容易に察しがついた。


「……さんにんで、いっしょに、つくっていました」


 最後は日桜殿下である。

 真っ直ぐで純粋そのものである殿下からの言葉は強い意志を伺わせる。これと決めたら決して動かない、揺るぐことのない姿は第一皇女としての資質を示しているようで嬉しい反面、発揮する場面を間違っていた。


「それで異臭騒ぎですか?」


 鷹司はあくまで事務的だ。

 感情を表にすることなく淡々と質問をしている。


「私の学生寮は調理をする場所がありません。ノーラに相談したら近衛寮なら大丈夫だと伺いました。それで……」

「ヘイゾーさんのお部屋で作ることにしました。どうせなら出来たばかりを食べてほしかったんです」

「……でも、かたをつくっているとちゅうで、こげてしまいました」


 順番に話し、順番にしょげる。

 三人の手にはそれぞれが作ったと思しき銀色の、アルミホイルで作られた型があった。

 

 料理の得意な千景がいながら失敗したのはこれが原因なのだろう。三人で言葉を交わしながら何か一つのことに取り組むというのは楽しかったはずだ。小さなハート形の型を両手で大事そうに抱える殿下の姿に安心感すら覚えてしまう。


「……ごめんなさい」


 殿下が頭を下げ、千景とノーラも続く。

 まぁ、起きてしまったことは反省してもらう必要があるのだが、これくらいは仕方ない。


「結構です。御三方とも今後は注意してください。それから榊」

「は、はい?」


 突然話を振られ、驚いてしまう。


「責任を取れ」

「はぁ?」

「今回の騒動はお前の部屋で起こった。管轄と責任者はお前だ」


「ちょ、ちょっと、それは理不尽じゃありません? その時は俺、副長と仕事していたじゃないですか!」

「知らん。私は一人であったし、お前はすでにいなかった」

「そ、そんな……!」


 鷹司に睨まれる。


「日桜殿下にあまり妙な知恵を付けさせるな。できる限り監視しろ」

「……! そういうことですか」


 小さな声で釘を刺される。

 鷹司の魂胆は千景やノーラから余計な、外部の知識を入れさせないためであるらしい。

 そういえば、ノーラや千景が来てから殿下は妙な言葉を覚えてきている。鷹司がこちらに振るのは自分では厳しい対処ができないからだ。


「分かりました。ですが、私にも限度があります。それだけは留意してください」

「覚えておこう」


 満足そうに頷いた鷹司が俺の背中を叩く。

 あまりの強さに咳き込んでしまう。


「それでは、榊をお預けします。どうぞ苦いチョコを食べさせるなり、実験台に使うなりなさってください」

「いいの?」

「副長!」

「……きりひめ!」


 ちび三人は喜色満面。目を輝かせている。


「構いません。ご存じの通り大概のことでは死なない男です。存分にどうぞ」

「ちょっと副長! もしかして、怒ってません?」

「知らん。私が今年、殿下からチョコレートをもらえなかったこととは無関係だ」

「八つ当たりじゃないですか!」


 最後の最後で鷹司に蹴られ、転んだところをちびどもに襲われる。

 それからしばらくチョコレートは見たくもなかった。


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