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一三話



 御所には警護を担当する近衛、御庭番が集まるための部屋がある。

 畳敷きの狭い茶室に重苦しい空気が立ちこめる。


「ワシが出張るのが手っ取り早いんじゃがなぁ」

 

 口火を切ったのは鹿山小次郎。

 先代の近衛副長にして現在は顧問を勤める古参で実力はもとより、圧倒的な場数と経験に裏打ちされた実力者。


「え~、私は反対。負担が増えるだけだもの」

「お前さんはもう少し働いても良いんじゃないかね?」

「嫌よ、疲れるじゃない」

 

 近衛顧問と軽口を叩き合うのは妙齢の美女こと伊舞朝来。

 近衛制服を着崩して白衣に煙管と行儀が悪いのだが、誰も文句が言えない。


「連城がいれば行かせたのだが、騎士王との痛み分けがここまで響くとは思わなんだ」

「当たり前よ。両方とも引き際を知らない直球バカなんだから。ただでさえ連城は騎士道とか武士道とかに弱いのに」

「まぁ、連城隊長ならば喜んで赴きそうではありますが」


 不在の近衛隊隊長、連城を脳裏に過らせながら近衛隊副長、鷹司霧姫がため息をつく。

 本来ならば近衛全体をまとめるのは彼の仕事なのだが、一ヶ月前に欧州の騎士王と激突した際に重傷を負い、今は療養中となっている。


「仕方あるまい。騎士王ジョルジオ・ニールセンといえば英雄の誉れ高い高潔なる人物だ。相対してみたい気持ちも分かる」

「私は思わないわ。なにが楽しくて切った張ったするのよ。男ってバカばっかりよね」

 身も蓋もない伊舞の言葉に鷹司は同意し、同席した近衛第一大隊長を務める青山総司は苦笑い、同じく同席をした第六大隊長、能面のような顔をした女剣士立花直虎は微動だにしない。


 この場に集まったのは五名。

 いずれも最精鋭とされる近衛のなかにあって実力者と称される。

 その五名が集まったのは、先程発生したある事態に対処するものだった。


「それにしても、雷帝はどうして今の時期に空軍機への攻撃などしたのでしょう。極東における緊張状態など、かの国も望むところではないはずですが」

 第一大隊を率いる青山が疑問を口にする。

 事の発端は数時間前、領海内を哨戒していた帝国空軍機が落雷に襲われたため。


 ただの落雷なら自然現象ですまされただろう。

 しかし、同じことが三度、四度と繰り返されれば、自然現象ではなく一つの原因へと行き当たる。

 大陸の北、広大な領土を有するロマノフ連邦の英雄にして近衛と比肩しうる存在。

 雷を操るアレクサンドル・メドヴェージェフ、通称雷帝の介入を示唆している。


「副長、連邦側へは問い合わせたのか?」

「はっ、軍が外務省を通じて抗議をしましたが、自然現象の一点張りです」

「まぁ、そうだろうな。公式的には雷帝など存在せぬし、雷は雷だ。まったく、便利な能力よな」

 鷹司の言葉に鹿山が腕を組んで渋面する。


「模範的な回答をするならば、雷帝の介入は警告でありましょう。撃墜など容易いのですから」

「私も直虎の意見に賛成です。何かを仕掛けてきている、とみるべきでしょう」

 直虎の意見に青山が賛同する。

 青山が担当するのは北海道奥尻島、刃は交えなくても相対したことなら何度もある


「撃墜をせず、機体損傷に留める。狙いを普通に考えるのならば軍の消耗。しかし、それをしても連邦に利がないからな」

「あるいは誘い、でしょうか」

「誘い?」

「我らへの、です」


 直虎の眼光が鋭くなる。

 譜代武家出身であり、生粋の剣士でもある彼女の直感と洞察力が事態を浮き彫る。


「暗黙の了解として、雷帝への対処は近衛の役目。故に、軍も早々と我らに出動を求めている。連邦とて予見しないはずがありますまい」

「……そう、なるか」

 鹿山が唸る。


 確かに事実を並べ、成り行きを想像すれば行き着く答えではある。だが、近衛にとってみれば、あまり想定したくない事実でもある。

「まさかとは思うけど、前に霧姫とやったのを根に持ってるとか?」

「あ、朝来さん?」

「だって、一番考えられるのはそれでしょう? 雷帝に膝着かせたのはアンタが初めてなんだし」

「ま、マグレです!」

 珍しく、本当に珍しく鉄の女、鷹司霧姫が赤面する。


「マグレでも難しいな、あやつに一泡ふかせるのは」

「お、翁まで!」

「雷帝ごと島を両断したのは、驚きました。流石副長であらせられます」

「……直虎、恨むぞ」

 鷹司は心底嫌そうにする。


 一昨年、まだ第九大隊長だった鷹司が三日月宗近と自身の固有能力を以て、雷帝に重傷を負わせた。

 鷹司はこの功績が認められ副長へと昇進、肩書きも大尉から少将となる。

 鷹司自身、望まぬ待遇と責任を負う切っ掛けになった事件でもあった。


「しかし、あの事件以来、副長と雷帝は国連や各国に注目されることとなり、環境への負荷が大きすぎるとして制裁金まで課せられました。雷だけならばまだ誤魔化せましょうが、副長と戦うとなれば制裁は免れません」

「総司の見立ても尤もだ。何かを狙っているのは間違いなかろうし、我らを誘っているのも当たっていよう。目的が見えないのは現時点でどうしようもない。しからば、誰かが行くしかなかろう?」


「私は行きたくないけどね」

「とはいえ、お前さんならなんとかなるだろうに。雷帝相手ならばわしよりも相性が良い」

「悪くはないけど、終わったあと三ヶ月は動けないわよ? その間、誰が帝を守るのよ」

「それだけが問題だ。わしは防衛戦に向かんし、帝都を守るにはどうしても朝来と副長の二人がいる」


 伊舞と鹿山、近衛の重鎮二人が揃ってため息をつく。

 若い三人はどうしてみようもない。


「青山か虎ちゃんが行けばいいじゃない。そろそろ何とかなるでしょ?」

 唐突に伊舞に話を振られて二人の背筋が伸びる。

「勘弁してくださいよ、伊舞さん。確かになんとかなるかも知れませんけど、持って数分一回きり、雷帝相手にそれ以上は無理です」


「じゃあ虎ちゃんは?」

「はっ、僭越ながら私と雷帝ならば青山隊長よりは長く持つでしょう。ですが、地力が違いますれば結果は火を見るより明らかかと。最大限引き延ばしても数時間というところでしょうか」

 近衛のくせに妙にチャラい青山、反対に堅苦しい立花の言葉に伊舞は顔をしかめる。

「相性の問題だな。青山の太郎太刀は雷帝の餌食。直虎の千鳥は消耗し合うだけだ」


 鷹司が重苦しい口を開く。

 青山と立花は相手ができるだけで対等というわけではない。


「じゃあ姫が行くの?」

「朝来さん、その呼び方はやめてください」

「あら、それじゃあ霧ちゃんにする?」

「……止めてください」

 伊舞の軽口で部屋の空気が一気に悪くなる。

「これ、朝来」


「うっさいわね、冗談よ」

「うむ、やはりワシが出張ろう。最悪でも朝来と副長がいれば何とでもなる。総司と直虎は今まで通りでいい」

「……まぁ、妥当でしょうね」


 伊舞がため息をつく。

 諦めたのか反論しない。

 対応策が決まり、空気がようやく弛緩し始める。


「……わかりました。今回は翁に行っていただきます。青山、直虎」

「「はっ!」」

「貴殿らは通常任務だ。青山は途中まで翁をエスコートして差し上げろ」

「承知しました」

「直虎、京は任せる」

「命に代えましても」


 青山と立花が一礼して部屋を出る。

 残った三人はすっかり冷めた茶を舐め、饅頭を口にする。


「朝来、鶴来はどうした?」

「用事があるって。国会がらみらしいわ」

「あやつ、近頃は顔も見せんな」


 鹿山が唸る。

 名前が出た鶴来は第六大隊の長。

 鹿山とは二〇年近くともに戦ってきた戦友ではあるがあまり反りが合わない。

 考え方が違うこともあるが、何より主義が違う。


「来たってあいつは北にはいかないわ。戦うのは勝算があった時だけなんだから」

「朝来さん」

「だってそうじゃない」


 口が過ぎた伊舞を鷹司が諌める。が、鷹司も否定まではしない。

 鶴来という男は負ける戦いはしない。

 均切という強力な刀を手にしながら積極的に戦わないのはその用心深さにある。


「最近は九条と親密とも聞く。なにか動いているのだろう。あやつらしいわ」

「なにかって、財界の開国派とべったりしてるだけでしょ? あの連中と来たら金金金、経済ばっかりで国防に関してはやる気の欠片もないんだから」

 伊舞が愚痴る。


「しかし、各国の経済が曇るなかで真っ先に大陸進出で潤いを見いだしたのは事実。護国だ、恭順だと伏せるばかりでは先行かん」

「護国派の筆頭が弱音吐かないでよ」

「無茶を言うてくれるな。武士に経済は難しいのだぞ?」


 忌憚のない意見を交わす二人に鷹司は言葉もない。

 国防に経済、派閥に世界情勢。

 考えることが多すぎて辟易するくらいだ。

 二人のように言い合えるくらい仲の良い人間がいないのも拍車をかける。


「そう怒るな。国や組織といえど、いろいろな考えも必要だろう。九条との関係もやつが取り持ってくれるのならば後々のためになるやもしれん」

「……」


 伊舞は押し黙り、鷹司は閉口する。

 派閥争いをしている場合ではないことは二人も重々承知だが、好き勝手にされるのは気に食わない。

 鷹司としては実質近衛を統括する立場としてもあまり奔放にされても困る。


「鶴来殿には言伝をしておきます」

「そのくらいでいい。あまりつけ入る隙を見せてもいかんからな。朝来もワシが不在の間を頼むぞ」

「わかったわ。で、どのくらいで戻るの?」

「そうだのう、一月もあれば何とかなるか」

「一月ぃ?」


 伊舞が心底嫌そうな顔をする。

「年寄りに無茶を言ってくれるな。雷帝は現役、ワシは隠居だ。一〇年前ならいざ知らず、今ではキツいぞ」

「それだと私と霧姫が寝る時間がないんですけど」

「私ならばならなんとかなりますが……」

「朝来はともかく嬢ちゃんは今でも無理のしっぱなしだからな。少しくらい休まんと疲れもそうだが嫁の貰い手がいなくなってしまうな」

「嫁……ですか」


 鷹司が微妙な顔をする。

 親しい三人が残ったからか、発言が軽くなる。


「その隈はなぁ……せっかくの美貌も台無しだ。たまには磨け。今のままでは風呂もゆっくりと浸かれんだろう」

「シャ、シャワーなら定期的に浴びています」

「うら若い乙女が髪の手入れもせんでどうする。朝来など年増のくせに外見ばかり良くなりおる」

「ちょっとジジイ! 誰が年増よ!」

「ワシと大して違わんくせになにいっとるか。そろそろ皺でもできた方が愛嬌があるぞ」

「やめてよ、本当にできたらどうすんの?」

「お迎えだな」

「……あと百年は生きてやるわ」

「はぁ……お二人ともお元気そうで」


 したり顔で笑う鹿山に伊舞が青ざめる。

 鷹司にとっては生まれたときからの付き合いなのでなれてはいるが、いつきいても異次元の会話だと思ってしまう。


「そうだ、嬢ちゃんが連れてきたあの坊主を殿下専属のお守りというのは? あ奴ならば暇だし適任だろう」

 鹿山がポン、と手を打つ。

「暇かもしれませんが奴はまだ近衛に見合う力がありません。万が一襲撃されたら何分持つか……」

「一分でも持ちこたえられれば嬢ちゃんか朝来のどちらかが間に合うだろう。そのくらいはできると思うがな」

「性格に難があります。邪、とはいいませんが自己益を優先する男です」


「私はいいとも思うわ。例え数時間でも休息がとれるなら使ったらいいじゃない。霧姫も今の状況じゃあ十全とはいえないでしょう?」

「それは……」

 鷹司が劣勢にまわる。

 この二人の言い分がもっともだからだ。


「決まりだ。お主も少し休め。いいな、これは近衛顧問としての命令だ」

「……わかりました」

 鷹司も渋々ながら応じるしかなかった。



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