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一二話



「……さかき、よくきました」


 連れてこられたのは私室。

 それも殿下の。


「まさか、このパターンは考えてなかった」

 殿下の部屋で二人きり。

 一歩間違えば――――。


「……?」


 間違うはずなかった。

 俺はロリコンじゃない。


「……どうかしましたか?」

 しかし、迂闊だった。まさか、殿下の護衛とは。

 殿下が首をかしげる。

 今は朝見たときのような洋服姿ではなく、白拍子にも似た儀礼服。見間違えることはない。


「い、いえ、朝の件は失礼をいたしました」

「……あさ? …………あさ」


 数秒考え込み、一拍どころか数拍も経ってから頷く。

 こういってはなんだが、朝の件は驚きすぎてあまり考えられなかった。

 思い返してみると、入隊式ではちゃんとしゃべっていたのに、なぜ今はこんなにもトロいのか。

 殿下をみていると別人、影武者なんて言葉すら浮かんでくる。


「……だいじょうぶ、ですよ」

 ふにゃり、と笑う。

 想像していた殿下となにかが違う。


「なんというかギャップと申しますか驚きと申しますか、あれ、あの、殿下?」

 人が話している間に殿下はとことこと部屋の隅までいって座布団をとってきて、あろうことか俺の前に置く。

「……どうぞ」

「ご、ご丁寧に恐悦至極に存じます」


 やりにくい! 

 非常にやりにくい!

 ある種、独特のテンポというのかリズムといえばいいのか、本人の高貴なる身分を考えない行動が俺の歯車を狂わせている。


「失礼します」

 座る、が、ますます落ち着かない。

「……そちゃですが」

「ありがとうございます」


 出された茶を啜る。

 勿論、味なんてしない。


「……きんちょう、していますか?」

 

 目の奥、いや、こちらの心の奥底まで見通してしまいそうな澄んだ、星を湛えた瞳が覗き込んでくる。

 こういう手合いは苦手だ。

 こちらの策がまるで通用しない。さて、どうするか。


「してないといえば、嘘になります。私は近衛、いえ、それ以前に数日前まではごく普通の一般人です。殿下にお目通りするなど夢にも思いませんでした」

「……そう、なんですか」

 殿下が少し悲しそうに眼を伏せる。


 今のは嘘ではない。

 会う、話すという妄想はあったが、それはあくまで妄想。

 今のように言葉を選び口にするなんて考えもしない。

 夢はあくまで夢、だったはず。


「……わたしといるの、いや、ですか?」


 これも意外な言葉。

 上流階級の頂点、皇族にしては殊勝な、いやそうではないのか、怯えを孕んだ瞳は悲しく揺れている。


 なるほど。

 皇族として、高貴なるものの定めとして殿下の環境を考えれば、友達も少ないであろうことは容易に想像ができる。

 元庶民で、入りたての俺は話しやすいだろう。


「いや、ではありません」

「……ほんとう、ですか?」

「本当です。証明しようもありませんが」


 心中お察しいたします、といえば誇張に過ぎて、この子、他人の複雑極まる心を推し量ることは難しい。が、表情や仕草から慮ることはできる。

「殿下のお心遣い、ご配慮に感謝いたします。膝枕、至福でございました」

「……っ」


 殿下が息を飲む。

 きっと、こんな言い方をされたのは初めてか、あるいは慣れてないことが想像できる。

 まぁ、ある意味チョロいのか、ガードが甘すぎて心配になる。


「機会があればもう一度お願いしたいくらいです。機会があれば、ですが」

 とりあえずこういっとけば無難だろう。

 一瞬でもそう考えた自分が愚かだった。


「……では、どうぞ」


「へ?」

 殿下が自らの太ももをぺちぺちと叩く。

「……いやじゃないなら、いまならだいじょうぶ、ですから」

「で、殿下?」


 露骨に瞳をキラキラさせる。

 しまった、お子さまにお世辞が通じない。


「い、いえ、今のは……なんと申しますか、ええっと」

 

 誤算だ。

 自分の背中をじっとりとした汗が流れるのがわかる。


「? ……どうかしましたか? やっぱり、うそですか?」


 表情が一転、悲しげになる。

 これはよろしくない。


「い、いえ、決して嘘ではございません。ただ、殿下のお膝を簡単に賜るわけには、殿下も私のようなものにそのような……」

「……いやなんですね」

「うっ!?」

 

 瞳が潤む。

 よくない、これはよくない流れだ。


「ち、違いますよ! 本当です! しかし、身分が違いすぎますし、もしも誰かに見られては私はおろか、殿下の醜聞にもつながりかねないかと」

「……ここには、だれもきません」

「ううっ」


 そうだった。

 ここは御所、何人も近づけない鉄壁にして禁足の地。

 そもそもこんなに広い場所なのに人が少ない。


「……わたしは、おはなししません。さかきは、しますか?」

「しませんし、できるわけがありません」

「……でしたら、だいじょうぶでしょう?」

「……」


 進退窮まったとは、まさにこの事かもしれない。

 このときほど、自分の軽口を恨んだことはなかった。


「……はやく」

 

 ぱたぱた。

 殿下が太もも、袴を叩く。


「えっと、あの、私のような下々が頭をのせては……」

「……きにしません」

 

 瞳の中の決意は固い。

 折れるのはこちらしかなかった。


「し、失礼します」

 

 諦め、殿下の膝枕に与る。

 考えようによっては名誉かもしれない。

 が、一歩間違えれば俺の首は簡単に、それも高々と飛ぶだろう。


「~~~~♪」


 嬉しいのか、微かな声で殿下が歌う。

 俺にできることは殿下が早く満足することを祈るばかりだった。


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