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六話


 御所へ行く手段は主に二つある。

 一つ目は本部の地下にある直通の通路を使うこと。

 二つ目は普通の地上を歩くこと。

 地下通路はセキュリティが厳しい。ドアロックの解除があったり扉が重かったりと日桜殿下とエレオノーレ、ちび二人を抱えながらでは面倒だ。

 地上は歩けばいい。警備をする人間も顔見知りばかりなので融通が利く。

 言い訳が許されるのであれば疲れていたのだが、トラブルというのは外部にだけあるものではない。

 殿下とノーラを御所に送り届け、本部に戻ってみれば彼らは待っていた。


「少々お付き合い願いたい」

「構いません」


 先導が一人、あとの二人は背後にピタリとついている。

 奸物。

 一部の人間から裏で自分がそう呼ばれていることは知っていた。

 言い得て妙だとも思う。

 奸物の意味するところは悪知恵に長けたもの、腹黒い人。自分からすれば間違ってはいない。

 振り返ってみれば多少特異な背景もあったにせよ日桜殿下のお気に入りとなり、側役、専属となっている。

 そんな中で昨年末、騎士王との件は周囲の反発がかなりあった。

 近衛としての権力を使うだけ使い、その上で殿下に手紙まで書かせた。勿論、全てが伝わっているわけではないが火のないところに煙は立たない。

 当然、上司である鷹司の手腕を問う声もある。

 あの時、場を収めた鹿山翁は近衛本部にいない。鷹司も同じだ。

 自らの軽率さを嘆いても始まらない。


「遅かれ早かれ、か」


 自虐もでる。

 どうしようかと思っているうちに道場まで来てしまった。

 中に入れば戸が閉められる。

 相変わらず前に一人、後ろに二人、前の一人は第三大隊、裂海の同僚。

 後ろの二人は第二大隊で三人とも二〇代前半、昨年末の事件で俺への処分を叫んだ中にも含まれていた。


「本日はどういったご用件でしょうか?」

「貴殿の日桜殿下への態度は目に余るものがある」


 前の、細面の一人が叱責のように口にすれば、


「貴様は日桜殿下を誑かす逆臣である! 鷹司副長の不在を利用し、近衛を私物化するとは言語道断!」

「加えて、子供を近衛に引き入れるなど、前代未聞である。あのような異物は必要ない!」


 後ろの二人が続く。

 まぁ、だいたい予想できた文言か。言い返すことは簡単だが、まずは建設的な話し合いから始めることにしよう。


「私の解任なら鹿山翁、伊舞女史、副長か大隊長に申し出てください。承認されれば退きます」


「ならん。我らの要求は貴殿が自ら退くことにある!」

「何故でしょうか」

「みな貴様の甘言に騙されている」

「そうだ! 我らは騙されないぞ。庶民の分際で、生粋の武士に逆らうつもりか!」


 後からの声に苦笑いすら浮かぶ。

 仕方がないとはいえ、こんな時代錯誤が残っているのだから近衛という組織も褒められたものではない。


「私から退くことはありません。鷹司副長の信頼に背くことなどできませんよ。後が怖いですからね」


 茶化してみても彼らの顔色は変わらない。

 ならば今度はこちらの番。


「私からもお伺いしたいのですが、あなた方は皇族の忌日がどれくらいあるか、ご存じですか?」


「なに?」

「どうでしょう、ご存じですか?」


 前後に視線を振っても、誰も答えようとしない。

 当然だ。彼らは知らないし、知ろうともしない。彼らのような一部の近衛は、言われた通りに仕事をするサラリーマンと差異がない。


「年間八二日です。四日に一度の計算になります」

「そのようなこと、近衛府に任せれば……」

「日桜殿下は一一歳にもかかわらず身長は一三八センチ、体重は平均の八割しかありません。発育が遅いのは過剰な規則と過酷を極める公務です。それを、どのようにお考えですか?」

「だからどうした! 皇族とはそういうもの。我らが戦い、皇族は天下万民のために祈ることに間違いはない!」

「そうだ。一介の近衛が口を出すべきことではない!」


 声高に叫ぶ姿に吐き気すら覚える。彼らは殿下を美化し過ぎている。

 期待と羨望、ないものねだりで傲慢な崇拝に等しい。だから殿下は細いままで自己犠牲的で無理をする。

 伝統は大切だ。守り、継承していくことも重要だろう。

 国を背負うとはそういうことかもしれないが、俺にはそれが耐えられない。


「なるほど。それで私が邪魔だと仰りたいのですね。甘言で殿下を惑わし、謀略で近衛を貶める存在だと」

「その通りだ!」

「身を引け!」


 後ろの怒声が大きくなる。

 うるさい連中だ。


「お断りします」


 そう口にすれば殺気が膨らむ。

 言い分を聞いてみても意見を受け入れることはできそうにない。


「困りましたね。私は自ら引くことはない。あなた方は引いてほしい。平行線です。ここは近衛の流儀に従いたいと思いますが、如何でしょうか」


 提案に前にいる一人は嘆息をし、後ろからは嘲笑。


「我らは構わない」


 これが彼らの狙い。

 近衛の流儀とは、いわば実力勝負。対立する物事の解決方法に用いられる。 

 まぁ、一方的に襲ってこないだけマシなのだが三人で徒党を組むあたり潔さはない。

 相手の大義名分からすれば俺は奸物なのだから仕方ないのだろう。 

 問題はここから。乱戦でもいいのだが、ここは奸物としてもう一つ仕掛けたい。


「では勝負と参りましょう。私はこのままでもいいのですが、まさか武士ともあろう方々が市井出を相手に三対一ということはありませんよね?」


 ストレスとは恐ろしい。

 最近の鬱屈としたものが口からどんどん出てくる。


「良いだろう、俺が相手だ」


 後ろにいた一人が声を上げ、道場の真ん中へ歩み出る。

 腰の刀を抜き、まっすぐにこちらを捉える。正眼に構えた切っ先がこちらを惑わすように揺れていた。


「いざ!」

「いつでもどうぞ」


 三回。

 ここ一年の間に命を賭した回数だ。

 共和国の虎に始まり、京都で対峙した矢矧家の長子、そして騎士王ジョルジオ・エミリウス・ニールセン。

 固有能力、技術、経験。どれも俺が及ぶものではなかったのだが、こうして生きているのは仲間の尽力と自身の固有が大きい。

 変化、あるいは適応。

 伊舞の言葉が真実であるならば戦うことに体が変化、適応している。

 格上相手では脳内物質の過剰分泌だけでは対処しきれない。次なる一手は何なのか、試してみる必要があった。


「思い知れ、奸物!」


 息吹、足と床の摩擦音、迅雷の身のこなし。

 こちらの刀は抜かない。せり上がる恐怖で思考が加速する。


 ――――どこを狙うだろうか。


 プライドを満たし、実力差を思い知らせるにはどこを狙うか。

 刃が迫る中、体は自然と動き出していた。


「っ!」


 相手の眼が驚愕に開く。

 額、脳天を狙ったいわゆる剣道の面打ちを左の拳で受けた。

 刃を腕で受けたことが珍しいのだろうか。 


「予想通りです」


 中指と薬指の間に食い込んだ刃は手首で止まる。

 握力もあるが、彼らは俺の左腕にあるチタン合金と複合装甲を知らない。

 相手が驚く間に、残る右手で間近にある相手の右頬を殴り飛ばせば、道場の壁にぶつかって動かなくなる。

 まぁ、死にはしないだろう。


「次、どうぞ」


 促しつつ腕まで食い込んだ刀を引き抜いて投げる。


「……変化なし、か」


 裂けた腕の断面を見ても変わった様子はない。

 変化、適応というのなら立花のように腕の一部が硬質化しないものかと期待したが、そこまでの即効性はないらしい。

 思考は加速したようだがこれまでも似たようなことがあった。

 俺が欲しいのはもっと具体的な結果。


「貴様、武士を愚弄するのか! 刀も抜かずに戦うなど……」


 続いて出てきたのは上背が立花ほどもある大柄な隊士。

 手には野太刀よりも大きな長巻と呼ばれる刀と薙刀の中間にあるものを携えている。


「いざ!」

「いつでもどうぞ」


 掛け声の前に掛かってくればいいものを、律儀に声なんて出すから仕掛けが分かる。

 今度はより具体的に、左腕に硬くなれと意識を集中させる。


「ちえぇぇぇい!」


 相手は上段に構えてから小細工なしの踏み込み、長大な刃を振り上げる。

 だが、仕掛けが分かっている以上は脅威に値しない。岩を砕く一撃も、騎士王の大瀑布に比べれば霞んで見えた。


「っ!」


 踏み込みに合わせて間合いへ飛び込み、右手で柄を取る。

 同時に左腕を長巻の付け根に食い込ませ、カチ上げて拮抗状態を作り出す。


「くっ! 貴様ぁ!」

「騎士王には及ばない」

「なにを……ぐぅ!?」


 払って来ようとする足を踵で踏みつけるが、長巻の方は膂力で振りほどかれてしまう。

 しかし、この超密着ならこちらに分がある。

 腕を伸ばし、相手の胸倉を両手でつかみ、引き寄せ、頭突きを見舞う。


「ぐぁっ!?」


 鼻っ柱を折られ、仰け反ろうとするところを再び引き寄せ、額で相手の顔面を打つ。

 二、三度繰り返せば如何に屈強な近衛でも無事では済まない。力が抜けたところで手を放し、道場の隅へ投げた。


「次の方、どうぞ」


 最後に無言のまま出てきたのは細面、第三大隊で裂海の同僚。

 促せば、一礼して対峙する。唯一彼だけは罵声を浴びせなかった。


「これは……さすがに刀がいるか」


 尋常ならざる雰囲気に身の毛がよだつ。

 刀は右手に持ったままで構えない。俗にいう無位の構えだというのは知っている。


「榊殿へ一つ問いたい」

「どうぞ」

「騎士王との件に私欲はありましたか?」


 まっすぐな問いかけ。

 なるほど、本当に殿下を案じている人間もいるらしい。

 ならばこちらも正直に答えなければならない。


「ありました」

「残念です」

「逆に問いますが、私欲とは何でしょうか?」

「……子供のような問答を。貴殿は国家や殿下ではなく、自分のために争いを起こした」

「国家に尽くしたいということも、殿下に忠誠を誓うのも私欲です。貴方がそう考え、そのように行動している」

「戯言を……。詭弁を弄するのならば切って捨てる」

「残念です」


 言葉と共に姿が消える。

 無位の構えから高速の踏み込み、鯉口を切る金属音がどこか遠い。

 俺の眼で追うこともできない居合術から白刃が伸びる。


「なっ?」


 聞こえたのは驚き。脊椎を狙った一刀は確かに頸動脈を切った。だが、そこで終わり。

 半分まで切り裂かれた傷口から空気が漏れて言葉にならないものの、掴んだ切っ先はそれ以上進まない。


 鶴来との対峙でも分かったが、近衛を一刀で再起不能にしようと思えば首を落とすしかない。

 こちらの番、そう思って刀を振り上げたとき、道場の扉が開いた。


「なにをしているの?」


 凛とした声音に動きが止まる。

 眼だけを動かせば、そこには裂海優呼。


「ヘイゾー、それにあなた達……これはどういうことか説明して!」


 壁際に一人倒れ、隅にもう一人が転がっている。

 どう見ても何かがあったことは明白だ。


「刀を引くのよ。さぁ、早く!」


 同僚である裂海の言葉に細面の男は刀にかける力を弱め、こちらも刀を下した。

 どちらからともなく離れ、間に裂海が割って入る。


「何をしていたの? 今は待機中なのよ!」

「……私から話すことは何もない」

「そんな言い訳、隊長の前でできる?」


 バツが悪そうにする細面に裂海が食って掛かる。

 まぁ、コイツの性格上、そうするだろう。結果も見えているのだが、喉の修復が終わってくれない。


「この二人は……」

「……」


 問い詰めようとする肩を叩き、首を振った。

 声が上手く出せないのでジェスチャーだけだが、彼女は納得できないのだろう。

 上目遣いで睨んでくる。


「事情があるの?」


 頷く。


「こんな切り合いするくらいの?」


 頷く。


「……いいわ。そういうことにしておいてあげる」


 頭を下げようとしたところで裂海に腕を引っ張られ、連れていかれる。

 医務室へ行こうとしているのだろうが、この程度なら必要ない。


「……ゆうこ……優呼、もう大丈夫だ」


 喉の修復が終わり、声が出せるようになる。

 振り向いた同僚の顔には心配の色が見てとれた。足も自然に止まる。


「もう、なにしてるのよ! こんな大事な時期に!」

「分かってる。すまない」


 一段低いところにある裂海の頭を撫でてしまう。

 ちび二人の相手をすることが多かったからか、背が低いとクセになっていた。


「子ども扱いは止めて!」

「成人してないなら子供だろ?」

「元服してるもん!」

「世間的に一八歳未満は子供だよ」

「そんな子供に助けられたのは誰よ! 感謝の心はないの?」


 手を振りほどかれ詰め寄られる。

 剣幕に負けて諸手を上げた。


「助かった。ありがとう」

「……最初からそういいなさいよ」


 溜息。

 心配されるのも悪くない。


「それで、だいたい予想はできるけどなにをしていたの?」

「奸物だって言われたよ」


「カンブツ?」

「主君を惑わす悪い奴って事だ。殿下とノーラを連れているところを見られた」

「ばか」


 強めの一撃を腹部にもらう。

 内臓が破裂しなかったのが不思議だ。


「近衛だって一枚岩じゃないのよ。人が集まれば主義思想だって別れるの」

「ああ」

「もっと自覚を持ちなさいよ!」


 正論に手も足も出ない。

 しばらく聞いているとお小言が途中で止まる。


「そんなに大変?」

「大丈夫だ」

「……こっちきて」


 中庭の隅、大小の木々が生い茂るあたりに引っ張り込まれる。

 私刑にでもされるのかと思っていると、


「座りなさい」

「ん?」

「ここ」


 芝生の上に正座する裂海の隣に座らされ、太腿を指される。


「顔でも埋めるのか?」

「ばか、違うわよ! 膝枕!」


 真っ赤になって怒られる。

 理不尽極まりない。


「俺、そういうのは……」

「いいから、早く」

「いや、だから」

「早く!」


 神速の腕が頭を掴み、そのまま押し付けられる。

 いつもより段差があるせいか首が痛い。


「どう?」

「く、首が……」

「気持ちいいでしょ?」


 押しつけのような威圧に今は屈するしかない。

 かくかくと頷けば年下の先輩は満足げな顔をする。


「男の疲れを癒すのはこれが一番って聞いたの」

「誰からだ?」

「殿下」


 案の定、犯人は一人しかいない。

 どうしようとかと思っていると、力強くも不器用な手が髪でも洗うような手つきで撫でまわしてくる。


「ねぇ、癒される? 疲れが取れる?」


 向日葵のような笑顔に怒る気力もなくなった。


「まぁ、そうだな」

「じゃあ少し寝ていきなさい。それくらいの時間はあるでしょう?」

「わかったよ」


 覗き込まれるのが恥ずかしくて左手の甲を顔に当て、目を閉じる。

 左手、皮膚の下にうっすらとある白いものに気付いたのはかなり後のことだった。

 


Twitterで第二巻の特典SS、誰の短編が読みたいかに関するアンケートを行っています。

感想欄でも構いませんので、ご意見などあればぜひお聞かせください。

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