一一話
疲れた。
超疲れた。
初日とはいえこうも疲れるとは思ってもいなかった。
「腕いてぇ、足いてぇ」
井上真改と疫病切を振っただけなのに筋肉痛。
普段使わない筋肉を使ったからなのか。
「……汗でべッタベタ、シャワーでも浴びるか」
口にしてみたものの体が動かない。
もういっそこのまま寝てしまおうか。
そんなことを考えていると部屋に備え付けてある固定電話がけたたましい音を立てる。
「……なんだよ」
でるのも億劫だ。
正直、このまま寝ていたい。
無視しよう。
そう心に誓って目を閉じたのに、音は一向に鳴り止まない。
それどころか音量は次第に大きくなる。
「あー、はいはい。でます。でますよ」
のろのろと立ち上がって受話器をとり、耳に当てる。
「もしもし?」
『馬鹿者!』
鼓膜が破れるかと思った。
『備え付けの電話は緊急を意味する! 鳴ったらすぐに出ろ!』
「あー、えー、シャワーを浴びてまして」
脳が動かないので口から出るままだ。
『寝ぼけた声でなにを宣うか。いいからさっさと来い』
「コイ?」
コイ目コイ科の淡水魚がどうかしたのか。
『……』
「わかってます。だいじょうぶです。いきます」
一度オフになったスイッチはそうそう戻らない。
シャワーとはいかないまでも冷たい水の洗礼は免れないらしかった。
「遅くなりました」
「近衛は二四時間対応だ。見習いだからといって気を抜くなよ」
「善処します」
したくない。
寝たい。
「まぁいい、いくぞ」
文句もそこそこに歩きだす。
鷹司の執務室からエレベーターに乗り、地下二階。
白亜の渡り廊下が延々と続いている。
俺が拘束されていた場所よりは幾分浅い場所だと思うが、それにしてもこの施設は地下が広い。
「あの、どこへ向かっているのですか?」
「御所だ」
「御所? 御所って、あの御所ですか?」
「それ以外どこにあるんだ?」
「どうして私が御所に?」
「少しの間、見ていてもらいたい」
「なにを、ですか?」
鷹司の横顔に苦渋の色が見える。
「不本意だ。非常に不本意ではあるが、貴様に頼らざるを得ない。そんな現状を私は憂いている。だが、背に腹は変えられない」
「はぁ」
ずいぶんと勿体ぶってくれる。
「それで、私はなにをすればよろしいので?」
「とある方の護衛だ」
「護衛、ですか? でも、そんな技術、私にはありませんよ?」
「いるだけでいい。それで事足りる」
「私だけですか?」
どうも話が見えてこない。
口ぶりからすると俺だけみたいだし。
「私は会議がある」
「わかりました」
面倒だし、とりあえず頷いておこう。
不透明なのは嫌いだが、これも仕事だ、そう思って諦めることにした。




