一〇話
大盛りのご飯に具沢山の豚汁、山となった大根と水菜のサラダ、ゴーヤの炒め物、鶏肉のソテー。
他にもバランスのとれた献立がテーブルの上に並ぶ。
普段の倍、いや三倍から四倍はありそうな量が消えていく。
「ウマい」
ご飯が、豚汁が、肉が、野菜がウマい。
それに食っても食っても腹が一杯にならない。
昼に食べたときも旨かったのに、今は殊更に感じる。
やはり刀を手にすると違うのか。
ガっついていると食堂に裂海が入ってくる。
「やっほー!」
「どうも」
食べる手を止めて会釈をする。
彼女は結構気さくであまり気を使わないのが良い。
「おばちゃん、私ステーキがいい!」
「あいよ、何キロにするの?」
「とりあえず二キロ!」
「ちょっと待っててね」
「はーい」
入り口でのおばちゃんとのやりとりに苦笑いしか出てこない。
まぁ、かく言う俺も今日その仲間入りを果たしたわけだが。
裂海は俺の座るテーブルの対面に座り、セルフサービスの野菜ジュースをピッチャーで飲み出した。
「お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「固いなぁ。敬語もめんどくさいからタメ口でいいよ!」
「そうですか? じゃあ遠慮なく」
上下関係厳しいのかと思ったら結構フランクだ。
まぁ、こっちの方がありがたい。
「えへへ」
「な、なんで……なんだよ」
微笑まれる。
可愛い、がちょっと怖い。
「鹿山のおじいちゃんに聞いたわ。刀、触ったんでしょ?」
「え、ええ、まぁ」
「どうだった?」
「そんな、どう、っていわれても……」
「良くなかった?」
裂海の口角が上がる。
そんなこといわれると、腕が、体が疼く。
「ど、どうかな、多分普通かな?」
なんてデリカシーのない聞き方なんだ。
さながら初体験を聞かれるかの如き羞恥プレイ。
「またまた、隠さなくたっていいのに。良かったんでしょ?」
「普通! 普通だった!」
「ウソ。だって顔に書いてあるもの」
満面の笑み。
獲物をいたぶって遊ぶ猛獣の顔になっている。
「わ、悪くはなかった」
「悪くなかった? 本当?」
ダメだ、誤魔化そうと思っても見透かされている。
「分かったよ。…………良かった」
「うんうん、そうでしょ! 私も同じだったから分かるんだぁ」
「裂海も?」
「たぶん近衛にいる人は少なからずあると思う。慣れもあるみたいだけど若かったり覚めたばかりだと感じやすいみたい」
「へぇ……」
みんなあの陶酔感を味わっているのか。
「ほとんどの人は自分専用の刀を選んじゃうから薄れてくるらしいけど、私なんて新しい刀握る度にそう思うわ」
「慣れるまではどのくらいかかるんだ?」
「一概にはいえないけれど、数週間から数か月。これも個人差があるわ」
「少なくともその期間は楽しめるってことか」
それはいいことを聞いた。
あの感覚を失うのは少し勿体ない。
「でも、あまり身を委ねすぎると溺れちゃうんだから。切ることしか考えられなくなるのよ。そうなったら廃棄処分されるんだからね」
「廃棄って、つまり……」
「平たくいえばコレ」
裂海の手が水平に首へと当てられる。つまり、命はない。
「大丈夫! ヘイゾーがそうなったら苦しまずに刎ねてあげるから!」
「…………気を付けよう」
それはヤバすぎる。
こんな物騒な話題からは早く離れよう。
「ところで、裂海は今日、どんな仕事だったんだ? 普段の近衛の仕事ってまだわからなくて」
「えーっとね、海! 帝国海軍と合同でタンカーの護衛よ」
「はぁん、それはまた、ご苦労なことで」
「最近ね、共和国の漁船が小笠原とか沖の鳥島とか結構来るの」
「んん? 漁船なら大丈夫だろ?」
その情報はテレビでは報道されてない。
しかし、魚捕るだけならさして問題もなさそうな気がする。
「妙にエンジンのパワーがあって、帝国海軍の巡視船よりも速いのよ。結構武装も積んでるみたいだし、前は双眼鏡で覗いたら対戦車用のグレネードランチャー構えてたっていったわ」
「漁船なのに?」
そんなの最早漁船でも何でもない。
印度洋あたりに出没する海賊と同じ手口だ。
「偽装した工作船だと思うのよ。たぶん、どこか遠くない場所に母船とかあると思うんだけど、見つからないのよね。潜水艦が絡んでいるかもしれないから探知演習もしてるわ」
「潜水艦まで? 演習を、裂……裂海が?」
「そうよ。私だけじゃなくて各隊から選抜して訓練してるみたいだけど、予定がバラバラだから自分のしかわかんないけどね。外洋にでると全長五〇メートルもある潜水艦も豆粒で、もう大変なの!」
「近衛ってそんなこともやるの?」
「やるわっ!」
やっていることがもう無茶苦茶だ。
刀で潜水艦をどうしろというのか。
大体、刀を海なんかで使ったらあっという間に錆びてしまいそうだ。
「仕方ないのよ。今の海軍って未だに大艦巨砲主義を引きずってるところがあって、妙にお偉ぶってるの。だから調査とか探査に巡洋艦クラスを貸してくんないのよね。今は副長の口利きで近衛が護衛に入って攻撃能力の低い船を守ってるってわけ」
「はぁ」
近衛という組織は思った以上に面倒で大変そうだ。
「仕方ないんだけど、新しい作戦とか演習になると覚えることばっかりで頭が一杯になるわ。普段の勉強もあるから余計大変……あっ、きた!」
裂海の前に極厚のステーキが置かれるとエアーズロックのような肉塊を切り分け、口へ運ぶ。
「普段の勉強って、近衛って勉強もするか?」
「ひがうは。わはひまら一八だから高校とほなじへんきょうふふほ」
「げっ……」
思わず声がでてしまう。
コイツは高校生と同じ内容を学んでいるらしい。
それも仕事をこなし、新たな分野もやりつつ、だ。
「高校生くらいならまだ簡単よ。帝国空軍との合同演習とか勉強会なんて演算とか関数とかばっかりで頭痛くなるの」
「……空軍ともか」
「私のいる第三大隊は遊撃部隊だから各分野の要点をつまみつまみ、ね。奥尻に駐留してる大隊とかだと連邦の空軍ばっかり相手にしてるからみんなすっごく頭いいの。年間出撃三〇〇回越える精鋭部隊だし」
「さ、三〇〇……」
ほぼ毎日の計算。
ブラック企業も真っ青。食欲が段々失せてくる。
出撃回数もそうだが、求められる水準が高すぎる。
俺自身も勉強はしてきた方で、積極性もあると自負していたが、ここではそんなのが霞んで見えた。
「ヘイゾーはどの隊に入るかまだ決まってないのよね?」
「そう、なんだろうな」
「じゃあ今の内に勉強しておいた方がいいよ。配属後に覚えるのは結構大変みたいだから」
「具体的にはどんなの?」
「こんなの」
裂海が手渡してきたのは手帳サイズの教本。
箸をおいて開けば小さな文字でびっしりと埋め尽くされている。
潜水艦の規模、速力、装備やソナーの感度、探知範囲など専門用語が注釈を交えて綴られている。
「……覚えられるか?」
「実際に魚雷とか撃たれたら船は逃げるしかないでしょ? ある程度は味方のソナーから距離や方角、到達時間の報告はあるけど、それらが機能しない場合もあるから、自分が覚えるしかないわ。一〇〇人以上の命を私の行動が握ってるとすると覚えない、という選択肢はないわ」
「一〇〇人……かぁ」
「人命もだけど、船自体も数億から数十億のお金がかかっていて、装備も含めるともっとかかる。私の頭一つで救えるなら安いものじゃない」
肉を頬張りながらけらけらと笑ってみせる。
「それは、まぁ、そうだけど」
今はまだ、そんな風には考えられない。
確かに自分の苦労一つで救えるのなら、とは思えない。
認識が変わるのだろうか、変えなければいけないのだろうか。そんな不安が立ちこめる。
「そんな顔しなくても大丈夫! 徐々にでいいのよ。私だってそうだったし」
「……ああ、ありがとう」
なんとも沈黙の多い食事となってしまった。




