表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/227

八話



 微睡むような意識がいつの間にか心地よさに包まれる。

 穏やかな水の中、と表現すればいいのか。

 涼やかな絹の寝台で寝ているような気持ちの良さがある。こんなにとろけるような眠りは久しぶりだ。


 ずっとこのままでいたい。

 

 眠り続けたい。

 

 落ちていくような快楽のなかで誰かが俺の髪を撫でている。

 くすぐったさと心地よさ、その正体を確かめたくて夢か現か眼を開ける。

「んん?」


「……おはよう、ございます」


 頭の上から声が降ってくる。

 ぼやけた視界の向こうには美少女、いや、美幼女の姿。

 真っ白いワンピースに、同じく白の帽子。

 その下には柔らかな顔の輪郭、流れるような柳眉、星を湛えた瞳は吸い込まれそうな美しささえある。

 人はこんなにも美しいのか、とまで思ってしまった。


「だれ?」

「…………」


 少女は無言のまま俺の頭を撫で続ける。

「なぁ、きいてる?」


「……ひお」


 小さな唇が開きかける、そんな時に部屋中を緊急アラートか埋めた。

「な……んだ?」

 アラート、鷹司、勉強、自習という言葉が一瞬で脳内を駆け巡り、意識が急速に覚醒する。


「はっ!?」


 そうだ、自習中だった、と思ったときにはもう遅い。

 慌てて体を起こして居ずまいを正す。

 女の子はソファーに正座したまま瞳をわずかに大きくしただけ。


「し、失礼しました!」

 とりあえず女の子に頭を下げた。

 誰なのかはわからないが、こんなところを見られたのは不覚以外のなにものでもない。


「……だいじょうぶ、ですか?」

「へっ?」

「……えいようぶそく、です」

「は? 俺、い、いえ、私がですか?」

「……はい。めのしたがおちくぼんでいます。しょくじは、しましたか?」

「は、はぁ、まぁ、コーヒーくらいですが」


 思わぬ気遣いに声が出る。

 が、なんだこのトロいしゃべり方は。


「……それは、いけません。ねむいのも、しかたないことです」

「どういう意味ですか?」

「……さめると、たいしゃがかっぱつになります。ですから、おぎなわなければなりません」

 女の子はソファーからおりると、とことこと備え付けの電話ところまで移動して受話器をとり、

「……わたくしです。きりひめのへやまでしょくじを」

 なにやら勝手に注文をする。


 驚かされたことが二つ。

 一つは名乗らずに注文したこと。

 もう一つは鷹司の呼び方だ。

 あのおっかない女を霧姫、なんて呼び捨てにした。


「……しょくじがくるまで、ねむっていてもだいじょうぶ、です」

 ソファーに戻ってくると女の子は自分の太ももをぺちぺちと叩く。

 もう一度寝ろということなのか。


「い、いえ、そういうわけにもいきません」

「……どうして、ですか?」

「いや、どうしてって、そんなの」

 大の大人が女の子、それも年端もいかない子の膝で眠るというのは頂けない。

 場合によってはポリスにTELされてしまう案件だ。


「……だいじょうぶ、ですよ?」

「いえ、ですから、結構です。目も覚めましたし」

 

 再度手招きをされる。

 が、根本的な問題を理解していない。

 名乗らないということは、この子の存在が近衛で認知されていて、なおかつ鷹司を呼び捨てにできる存在といえば思い当たるのは一人しかいない。


「……さかきはつかれているのだから、むりしないでくださいね」

「っ!」


 名前を呼ばれ、背筋が凍る。

 悪い予感は的中。

 腰まで届く黒髪、幼い容姿、際立った顔立ち、虹の光彩を湛えた瞳。


「ま、まさか!」

 

 脳が嫌な予想を出してくる。

 たしかにここは帝都御所に隣接している。

 それこそ歩いてこられる距離で、地上ではなかったとしても通路があることは考えられる。


 近衛は皇族の私設軍に等しい。

 出入りする可能性も否定できない。

 でも、だ。

 殿下ともあろう御方が護衛も付けず一人で出歩くだろうか。


「? ……どうかしたのですか? さかき」


 汗が吹き出る。

 声が記憶にあるものと一致する。

 これは決定的だ。


 慌ててソファーから離れ、周囲を見渡す。

 よし、誰もいない。

 こんな場面を見られたら不敬罪どころか即座に首が飛びかねない。

 次に入隊式の時と同じ様に顔を伏せ、膝を床に付けた。


「ご、ご無礼を、殿下!」

「……なんで、あやまるのですか?」

「な、なんでと申されましても、殿下の前で無様をさらしましたので」

「……しかた、ありませんから。きにして、いませんよ」

「さ、左様で、いえ、そういう問題でもありません」


 殿下は心底分からないというように首を傾げる。

 ずいぶんと優しいというか抜けているといえばいいのか。

 とにかく助かった、のだろうか。


「……おしょくじ」

「へ?」

「……してください、ね。だいじ、ですから」

「お、お気遣いありがとうございます」

 殿下はソファーから立ち上がり、扉の方へと歩いていく。


「……それでは、また」

 最後に扉の前で振り返ると手を振り、そのまま行ってしまう。

「な、なんだったんだ?」


 胸を撫で下ろす。

 なんだかよくわからんが、今のは色々な意味で危なかった。

 鷹司に見られていたらどんな恐ろしい事態が待ち受けていたことか、想像したくない。


「榊、待たせたな」

「のわっ!?」


 次の瞬間、扉が再び開かれ、鷹司が戻ってくる。

 これは心臓によくない。


「どうかしたのか?」

「い、いえ、なんでもありません! それより副長こそ大丈夫でしたでしょうか?」

「貴様ごときに心配されるような問題ではないが、妙なことを聞くな?」

「少し気になりまして、はははは」

「? おかしなやつだ」


 わざとらしいことこの上ないが、なんとか誤魔化せたらしい。


「まぁいい、続きをするぞ」

「はっ!」


 反省の意味を込めて背筋を伸ばす。

 このあと、届けられた食事ですべてが露呈したのはいうまでもない。




次回更新は翌日6時、11時、17時です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ