序章
「……さかき、こっちです」
少女が微笑みながら手招きをしている。
ここは天国でもなければ楽園でもない。畳敷に障子の襖、今となっては少し古風ではあるものの、どこにでもある和室。なのに、中央に座する姿は非日常的ですらあった。
濡れたように艶やかな黒髪、少し垂れた瞳、幼くも整った顔立ちには気品がある。大河ドラマにでもでてきそうな白と紫の御子服、小さな頭にちょこんと乗った冠。
後光すら差しそうな少女は正座をし、自分の太ももを叩く。
ここへ来いという合図だ。
「……どうしたの、ですか?」
いつまでも動かない俺に、少女は悲しげな瞳をする。
冗談じゃない、毎回毎回、同じ手に引っ掛かるか!
「……だめ、ですか?」
「うっ」
「……わたくしのこと……きらいですか?」
「殿下、あの、好きとか嫌いとか、そういう問題ではないと……」
「……ごほうび、なのに」
小さな体が揺れる。
ダメだ、このままでは遠からず瞳からは大粒の涙が溢れる。
どうしてこうなったのか、自分でもわからない。
ただ、コイツが泣くと後々面倒になる。
「……わかりました」
返事をすると表情が一変、ならどんなに分かりやすいだろうか。しかし、現実は頬に朱が差す、程度。最近わかったことだが、コイツの表情変化はかなり微妙だ。
「……」
殿下からは無言ながら早く、早く、とオーラが漂ってくる。ウサミミでも生えていたらパタパタと動いていたことだろう。なぜ例えがウサギかと問われたら、このままでは寂しくて死んでしまいそうだからだ。
―――これも仕事か。
自分に言い聞かせて小さな太ももへ頭を乗せる。
見上げる先には能面のような殿下の顔があるが、目尻が若干下がっているのを見逃してはいけない。
そのままぐりぐりと頭をなで回される。
せっかくセットした髪の毛が台無しだ。
「……」
それでも、微かに聞こえる吐息のような歌と飽きることなく続けられる撫で回しの刑が続くことを考えれば、まぁ仕方ないのかもしれない。
どこで打ち切ろうか、終わりだと言い出した瞬間にまた涙ぐむのだろう。そんなことを思いながら、一時身を委ねる。