Episode3.「変人?変態?テオという男」
事務所のあるビルを出て少し裏道に入ると、少し地味で目立たないファミレスがあった。
優希はどうやら常連のようで、中へ入るや否や店長らしき中年の男性が話しかけてきた。
「なんだ?今日はいつもの兄ちゃんと一緒じゃねえのか。」
「今日は日曜よ。彼は仕事だわ。そんなことより、いつもの席空いてる?」
へいへい、店長らしき男がそういうと、慣れた足取りで喫煙席の奥に向かう優希。礼央と千里も黙ってついていく。
(いつもの兄ちゃんって・・・優希ちゃん、やっぱり彼氏いるのかな。っていうか、死神もこっちで恋人とか作ってもいいものなのかな。)
美人で面倒見が良さそうな優希に、彼氏がいないはずないじゃないか、などと思いながらも、死神と人間が恋愛するってどうなんだろう・・・なんて、考え込んでしまう。
「何をぼーっとしてるんだ。早く席に着いたら?」
礼央の催促の声にようやく自分の世界から帰ってきた千里は、慌ててすぐそばに空いていた礼央の隣に腰を下ろす。
「さ、好きなの頼んで。今日は私の奢りよ~」
そう言ってメニューをめくる優希。千里は慌てて自分の分は払うと伝えたが、頼み事したのはこっちだから、と受け入れてはくれなかった。
それならばお言葉に甘えようと、千里もメニュー選びに夢中になる。
しばらくして注文したメニューがくると、千里は喜んで頼んだ明太子パスタに舌鼓する。
それぞれが頼んだ料理を食べ終わり、小さく息を吐きながら優希は煙草に火をつけると話をしだした。
「千里、よく聞いて。
今日から私たちは協力者。つまり、仲間だからね。何か些細な事でも、今回の件に関係する情報が分かったらすぐに私たちに報告すること。いいわね?」
「わ、わかりました!」
「あら、敬語はなし、でしょ?」
そういって意地悪く微笑む美人の姿に、見とれながらも「うん」と答えると、無意識に、さっきから無言を貫く礼央を見やる。
すると、あろうことか目が合ってしまう。
「君はまるで犬だな。」
目が合った瞬間、一言、そう告げると礼央もメニューに目を移す。
今まで友人から、犬やらの動物に例えられたことはあるが、こうまで少しの好意もこもってない例えの言葉を浴びせられたのは生まれて初めてだ。
「・・全く、レオ言い過ぎよ。ごめんね、千里?・・・礼央はシャイだから、かわいい子の前で素直になれないのよ。」
「おい。僕は自分に正直に生きている。美人を前にすれば、僕だってそれ相応の紳士的態度はとる。僕がこいつにそうしないのは、ただこいつがそうするに値しないだけだ。」
む、むかつく・・・
そう思った千里だったが、そのことに関して言い返せるほど千里は自分の容姿に自信はなかった。
優希ほどの美貌を持ち合わせていたなら、もう少し言い返せるのに。と、しみじみと思っていた。
そんなこんなで軽い雑談を交えて、今回の件について話を始めようと優希が切り出そうとした、その時。
「やあやあ、僕抜きで楽しくランチかい?ダメだねえ~、こういう場には僕のこともちゃんと誘わなくっちゃ☆」
唐突に背後から声がした。目の前の優希の笑顔が凍っている。
おそるおそる後ろを振り返ると、そこにいたのは、綺麗なウェーブのかかった長い髪の毛を後ろで軽く結び、礼央に負けず劣らず整った綺麗な顔立ちの男性だ。
いきなり声をかけてくるや否や、千里の肩に手を置き「君が噂の千里くんか!そうかそうか!」と豪快に笑うと、優希の隣に腰を掛けた。
「・・・また厄介なやつが来たか・・・ユウキ、こいつを呼んだのはお前か。」
「あらやだ、失礼しちゃう。あたしが自分の意志でこんな変態呼ぶわけないでしょ?
・・・協会本部からのご指名よ。」
なんだかよくわからないが、この二人の会話から察するに、目の前の男性が歓迎されていないのは間違いない様だ。
「あの、この人は・・・?」
いたたまれなくなり、千里が優希にむかって訪ねた。
それを聞くと、優希に聞いたはずが、長髪の男性が「よくぞ聞いてくれた!」と千里の手を握り、生き生きとして話し始めた。
「僕はテオ。見たらわかると思うが、道行く人を虜にする絶世の美男子さ☆
そういう君は千里くんだね?前もって話には聞いてるよ!お母さんは残念だったね、でも大丈夫。僕が君のその燻った心を癒してしんぜよう!
なぜなら、美男子でありかつ、善良な心を持つ僕は、君の魂が心から求める存在!そう!いわば君の救いの神なのだから!!はっはっはっは!!!」
(こ、これは・・・どうしたらいいのかな・・・)
初めて出会うタイプの人間に戸惑う千里。それもそのはず、もともと知り合いであるらしい二人もお手上げ状態だ。
テオ、と名乗る男性の隣に座っていた優希は、吸っていた煙草の火をギリギリのところまでテオの手の甲に向けて「うるさい」と一言。
「おっと、まあそう怒るでないユウキくん!僕は今、こんなにも愛らしい女の子に出会えた感激を思うがまま言葉にしていたまでなのだからね!」
そう言って、自分の手の甲に今にも当てられそうな優希の煙草を取り上げると、そのまま自分が吸い出す始末。
(あれ・・・そういえば・・・)
「テオさんも死神なんですよね?」
協会、という言葉が出てきてからずっと思っていたものの、テオの勢いに押され頭の片隅に転がってしまった疑問を、思い出したかのように投げかける。
「そうとも!僕も死神協会の死神さ。それも、彼らと同じ部署の最高責任者!つまり、僕はこの中の誰よりも偉い☆」
ここまで突き抜けた変人は初めてだと、千里は口に出しはしなかったものの心底思った。
「ごめんね千里・・・よりによってこいつがこっちに派遣されるとは思わなくって・・・・うるさいやつだけど、腕だけは確かだから。」
「それはひどい言いようだな~、僕はいつでも密やかな存在さ☆」
そういって先ほど優希から奪った煙草を吸う。
その光景を少し呆れた顔で見ていた千里は、あることに気づく。
さっきまでさんざん憎まれ口を叩いていた礼央が、テオが来てからというものずっと黙ったままだ。顔を見ると、静かに目を閉じたまま眉間には皺が寄っている。
不思議に思い、千里は礼央の方を気にかけるように見つめる。すると突然、我慢ならないといった表情で礼央が立ち上がった。
「僕は先に戻る。君らはゆっくりランチでも楽しめばいいさ。テオ、覚えておけ。」
そういうと素早く立ち上がり、ファミレスを早足で出て行った。
状況が呑み込めない千里は、その背中を見つめたままぽかんとしている。
「テオ、あんたまた連れてきて・・・」
連れてくる?その言葉に疑問を持った千里が周りを見渡す。しかし、中途半端な時間だからか、千里たちの周りには客はおろかスタッフルームや厨房にいるのか、フロアにはウエイトレスすらもいない。
「いやあ~やはり美しいというのは罪だね!こうも女性が放っておかないのも困りものなのだよ?僕としてもね」
ますます意味が分からないという顔をした千里に、優希が見かねて説明する。
「テオはまあ・・・中身は置いておくにしても、この見た目だから女性にモテるのはわかるでしょ?・・・千里、手を貸して?」
そういうと優希は自分の手を差し出す。それをみて言われるがままに、優希の手の上に自分の手を重ねるように差し出す千里。
その瞬間、千里たちの周りには無数の女性がたむろしていた。いや、これは人ではなくおそらく・・・
「霊・・・?」
「そう。でももっと厳密にいうと、あなた達の言うところの悪霊ってやつね。害はほとんどないけど。」
平然とそう言い切る優希の言葉に、千里は固まる。
千里の中で悪霊というと、当たり前だがいいイメージはない。
「テオはモテる上に、この世の者ではない。かっこいいうえに自分たちと同じ存在なんだと勘違いした悪霊たちが、テオにはたくさんついてくるのよ。
テオはいつもの調子で声かけたんだろうけど、彼女たちの声が聞こえないことでやっと気づいたってところかしら。ま、こちらの声も彼女たちには聞こえてないわけだから、どうもできないんだけどね。」
つまり、テオの存在がこの世界の者ではない=自分たちと同じ死んだままさまよう魂であると判断した女性たちが、テオのハートを射止めようと寄ってくる、ということらしい。
優希によると、些細な理由から死神の迎えを断り続ける魂があるらしい。そういった魂は、あの世へ行かないままであるのは変わらないので、扱い的には悪霊にはなってしまうものの、悪霊としての力はほとんどなく、害のないものが多いという。
優希が話してくれた、怨念に支配された魂とはまた違う扱いらしく、本人たちの気が済むまでこの世にいさせてあげるんだとか。
ここまで話を聞いた千里はあることを疑問に思った。
「ねえ、さっき彼女たちの声は聞こえないって・・・しかも、こっちの声も霊たちには聞こえないって言ってたよね?
さっき事務所でも思ったんだけど・・・あたしだけでなく優希ちゃん達も声が聞こえないの?」
「ええ。私たちは魂の姿が見えるだけで、会話はできないの。」
そこまで聞いて、千里はさきほど自分の家で起こった光景を思い出す。
礼央は死神でありながら、あの少女の魂と会話をしていた。まるで普通の人間と話すかのように。
「さっきも事務所で話したけど、レオは特別なのよ。普通は死神でも、魂と会話するのは無理。だからこそ、魂をあの世へ送ることが難しくなればなるほど、礼央の力が必要になるの。」
「私が急に霊が見えるようになったのは?」
「死神に触れることで、私たちにしか見えていないものが普通の人間にも見せることができるの。」
そういうと優希は、礼央がいないなら今回の件について話を進めることはできないと、テオを見ながら厭味ったらしくいうと立ち上がり、千里の手を引いてファミレスの出口へと向かう。
「おやおや、ユウキくんまで僕をひとりぼっちにするのかい?やれやれ、僕の魅力はみんなを狂わせてしまうのかね。」
いまだにそんなことを言っているテオに、さすがの千里も「変人」のレッテルを貼ったのだった。
どうやら自分は、この人たちとしばらく行動を共にするらしい。と、改めて考えて少しの楽しみと不安、そして行方の分からない母親を思う気持ちと、たくさんの複雑な思いを抱えながら、千里は優希とテオと、事務所へ戻るのだった。
事務所につき、扉を開けると、案の定不機嫌そうにテオを睨み付ける礼央の姿に少し笑ってしまう。
少しはうまくやれそうだ、と心の隅で千里は思ったのだった。