Episode1.「死神を名乗る男」
「単刀直入に言う。君の母親は死んだ。」
千里は唖然とした。そして、またもや沈黙が続いた。
礼央と名乗る男は、急に立ち上がると千里の隣に腰かけた。驚いた千里は思わず立ち上がりかけたが、礼央がそれを許さなかった。
唐突に握られた手に、動揺が収まらない。
いや、それよりもさっきの話だ。一体この人は何を言っているんだ。千里はそう思う傍ら、なぜか胸騒ぎが止まらなかった。
千里が握られた手をじっと見ていると、礼央が顔をあげるように指示した。
言われるがまま顔をあげるとそこには信じられない光景があった。
誰もいなかったはずのリビングに、見知らぬ女の子が座っていたのだ。
いや、千里はこの子に見覚えがあった。だがどこで見たのか思い出せない。それよりも、突然目の前に現れたことに驚きを隠せないでいた。
「だ、誰・・・!?」
女の子はこちらに気づかないのか、それとも聞こえていないふりをしているのか。
千里の声に反応することなく、黙って一点を見つめている。
「今君が見ているのは、死んだ人間の魂。つまり、この女の子は死んでいる。」
「ってことは・・・この子は幽霊、ってこと・・・?」
「違うな。お前たちの言う幽霊というのは、いわゆる悪霊のことだ。この子はただの魂。幽霊でもない、人間でもない不完全な状態だ。」
男の言うことが全く理解できない千里は、目を丸くしたままだ。
しかし、そんなことお構いなしに男の話は続く。
この人普通じゃない、そう思った千里は少し怪訝そうに礼央を見ながら話を聞く。
「僕は死神協会の死因調査員。僕の仕事は、スケジュール外で死んだ人間の魂をあの世へ送ること。」
そういうや否や、礼央は少女に近寄り、少女の目線に合わせてしゃがむと、そっと手を握り話しかける。
「君、木谷麻里ちゃんだね?随分と怖い思いをしたみたいだね。」
「お兄ちゃん・・・誰?」
すると、先ほどまで人形のようにピクリともしなかった少女が、自分の名前を呼ばれ安心したのか、静かにうなずくと、礼央のことをじっと見つめて話し始めた。
「まり、おうちにかえろうとしたの。そしたらね、ママのおともだちだっていうおじちゃんがね、まりをクルマにのせたの。ママがまってるからって。でもね、ママいなくて、それでね・・・それでね・・・うぅ・・」
話しながら泣きじゃくる少女。千里は胸が苦しくなった。
(きっと、誰かに誘拐されたんだ・・・この子・・・)
泣きながらまだ話そうとする少女を抱きしめ、礼央は少女の小さな手を引き、しっかりと握りしめた。
「麻里ちゃん。君はもうこの世の者ではない。僕は君を新しい居場所へ連れていくために来た。僕についておいで。」
そういうと、礼央は麻里をどこかへ連れて行こうと立ち上がった。
「ま、待って!その子連れてどこに行くの!?」
「君もくればいい。話すよりも見た方が早い。」
そう言って千里の家の庭へと歩き出す礼央に、戸惑いながらも千里も少女と並んで着いていった。
庭へ出ると、礼央は何やら空中に手をかざし、静かに目を閉じた。
すると、どこからか扉が現れたではないか。そしてよく見ると、真っ白な扉にはノブがついていなかった。
「いいかい、光の見える方へ進んでごらん。その先が、君の新しい居場所だ。大丈夫、怖くない。さあ、行ってごらん。」
千里と話している時のような無機質な感じはなく、穏やかに少女へ話しかける礼央。
先ほどまで泣いていた少女も、そんな礼央を見て無邪気に笑い、ドアノブのない扉を開けることなく、扉の中に消えていった。
「い、今のは・・・・?」
「彼女はあの世へ行った。もうさまよい続けることはない。」
そう言いながら、礼央が先ほどの扉の前で手をもう一度かざすと、静かに扉は消えていった。
「あなた、本当に・・・死神なの・・・?」
「だからさっきからそう言ってるだろう。君にもわかるように一から説明するから、中に入って。」
そういうと、礼央はそそくさとリビングにあるソファーにまた腰かける。
(あたしの家なんですけど・・・)
千里も黙ってリビングに入り、礼央と同じく先ほどのソファーに座った。
次に話を切り出したのは千里の方だった。
「ねえ、さっきお母さんが死んだって言った・・・よね?」
「そのことだが・・・君の母親が死んでいるのは事実だ。
・・・だが、問題はここからだ。君の母親をあの世に送るために必要な、魂が見つからない。」
「魂・・・?」
礼央が言うには、死んだ人間の魂をあの世へ送るためには、その人の遺体の場所と、死んだ理由、いわゆる死因を把握しなければならないという。
「さっきの女の子は、誘拐被害に遭い、連れ去られた森林の中で性的暴行の後に、刃物によって殺害された。犯人はそのまま、その森林の中に死体を遺棄したようだ。」
「あ!それって・・・」
千里は先ほどの少女・麻里をどこで見たのか思い出した。
先ほどからつけたままにしていたテレビのニュースで、礼央が来る少し前に報道されていた殺人事件の被害者だったのだ。
都内のはずれの森林の中で、小学校1年生の女児が、40~50歳だと推定される男によって性暴行を受け、殺害されたというニュース。
都心ではほとんど見ることのできない都内の森林の映像が印象的で、被害者の女の子の顔写真も一緒に覚えていたのだろう。
「あの子は、本当はあの日に死ぬ運命になかった。彼女の死は、スケジュールになかったんだ。
僕らは死んだ人間の魂を迎えるため、スケジュールによって動いている。だが稀に、スケジュール外で死んでしまう魂がある。僕らは死んだことには気づいても、どこに魂がいるのか、なぜ死んでしまったのかわからない。
さっきもいったが、魂をあの世へ送るためには、遺体の場所、そして死因を把握する必要がある。
つまり、僕らが見つけきれなかった魂は、どこに自分が向かばいいのか、自分はどういう状態なのかわからないまま居場所のないこの世界を永遠にさまようことになる。
そうして生まれるのが、君の言っていた幽霊・・・つまり、悪霊だ。」
「ちょ、ちょっと待って!」
千里は今までの礼央の話を聞きながら自分の頭で整理していた。すると、ある絶望的なことに気づく。
「さっき、あたしのお母さんの魂が見つからないって・・・」
「そうだ。君の母親も、スケジュール外で死んだ。さっきの女の子みたくニュースで取り上げられていたらすぐに僕らも探せるが・・・君の母親の場合、ニュースはおろか、彼女の死に気づいている人間すらいない。・・・だから、君の所に来た。」
(ってことは・・・お母さん、まさか・・・殺されたの・・・?)
頭の中に次々と嫌な想像が巣をつくる。どうにか頭を整理しようと必死になっている千里はよそに、礼央は話を続ける。
このままだと千里の母親・結子の魂を見つける手がかりすらない。だから、娘である千里に協力してほしいというのだ。
「お母さん・・・本当に死んでるんだ・・・・・」
ここまでずっと話を聞いていながらどこか人事のような、いまいち掴めない状況だった。
しかし、頭を完全に整理しきった今、自分の唯一の家族である母親が今はもういないという現実が千里の胸に突き刺さった。
「本当に・・・もう、いないんだ・・・」
静かに、だが確実に頬を伝う悲しみに、千里は抗うことも逃げることも出来ずにいた。
そんな千里を、礼央はただ見つめているだけだった。
「いいか、君の母親を救えるのは僕らと君だけだ。・・・協力、してくれるか。」
泣いている千里の涙を見ながら、礼央は静かに言った。
千里は流れていた涙を荒くぬぐい、立ち上がりうなずくと、礼央の方を見つめた。
「・・・任せて。」
唯一の家族・・・
それは、千里にとっても、そして母親である結子にとっても。
―数日前―
「千里、お母さんちょっと実家の方に行ってくるわ。千里も行く?」
「あー、ごめん。大学のテスト近いからさ、友達にノート見せてもらわなきゃ。」
支度をしながら声をかけてきた母親の誘いに、携帯をながめながら軽く返事だけ返す千里。
「あらそう。じゃあ、明日くらいには帰るから、ご飯は冷蔵庫のもの適当に食べててくれる?」
「はーい」
それだけ言うと、結子は足早に玄関を出て行った。
それが、千里がみた母親の最期だった。
(あたしは・・・何もしてあげられなかった。それどころか、大学が忙しいからって・・・一緒に行ってあげれば・・・)
突然に告げられた母の死。今まで感じた中で一番大きな絶望。
それと同時に感じた、今までで一番大きな使命感。
二つの大きな感情に、押しつぶされそうになっていた千里。
だがそんな千里の思いに、礼央は気づいていた。
礼央は自身が座っていたソファーを立ち上がり、向かいのソファーに座る千里の前に屈みながら言う。
「君一人で探すわけじゃない。そんなに気負いすぎるな。
君にはもっと理解してもらわなければならないことがたくさんある。一度、事務所に来てもらおう。紹介したい奴らがいる。」
そういって礼央は玄関へと歩き出した。そのあとを慌ててついていく千里。
2人はそのまま礼央のいう“事務所”へ向かった。