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空腹と宿

 仕事を終えたフェルトは、受け取った銀貨を手に、ほくほく顔で街の通りを歩いていた。

 初めての仕事で受け取ったお金は、彼にとって格別なものだった。


 しかしそのとき、フェルトのお腹がぐぅと鳴った。

 少年はそれで、自分が朝に山を下りてから夕刻前の今に至るまで、何も食べていなかったことを思い出した。


「お腹すいたな……」


 そう思ったフェルトは、通りを歩きながら、何か食べ物を売っているお店はないかと物色し始める。

 すると大通りの脇の屋台で、串に刺した肉を焼いて売っている露天商を見つけた。

 フェルトはふらふらと、屋台に吸い寄せられる。


「へいらっしゃい! 角ウサギの肉の串焼き、一本で銅貨三枚だよ。うまいよ」


 屋台で肉を焼く男が、小気味のいい売り文句を投げかけてきた。

 直火でじゅうじゅうと焼かれる肉からは、油がしたたり落ちていて、実にうまそうだ。


 フェルトがごくりとつばを飲み込む。

 彼の手持ちのお金は、銀貨四枚。

 銀貨一枚は、銅貨十枚分の価値がある。


「あ、あのっ……串焼き、一本下さい」


「あいよ、まいどあり!」


 フェルトが銀貨を一枚渡すと、屋台の店主は焼き上がりの串焼きを一本、香りのいい葉っぱに包んで少年に渡し、さらに釣り銭の銅貨七枚を返した。

 フェルトは店主にぺこっと頭を下げ、屋台の前から立ち去る。


 フェルトは人通りの多い大通りを歩きながら、買ったばかりの串焼きにかぶりつく。


「あ、あふっ……!」


 肉汁と肉の旨味が、じゅわっと口の中に広がる。

 フェルトは口の中をやけどしそうになりながらも、はぐはぐと肉に食いつき、串焼き一本をあっという間に平らげてしまった。


「おいひかったぁ……」


 頬に片手をあて、幸せそうなフェルト少年である。




 小腹を満たしたところで、フェルトは夜泊まる宿を探し始めた。

 空が夕焼けに染まり始めた頃に、一軒の宿を見つけて入って行く。


「いらっしゃい。……おや、見ない顔だね。旅人かい?」


 宿の玄関付近で掃除をしていた女性が、入ってきたフェルトを見て応対する。

 二十代後半ほどの歳の、若い女将であった。


「い、いえ、今日からこの街で暮らしていこうと思って、冒険者を始めたんです。あの、今日泊めてもらいたくて来たんですけど、宿代はいくらですか?」


 ゆったりとした衣服を身に着け、金髪を頭の上で結った若い女将はなかなかの美人で、フェルトは緊張し、顔を赤らめもじもじとしてしまう。

 そんな少年に、女将は決まり文句を言うように、流麗な言い回しで料金を伝えた。


「一番安い個室で、一泊朝食付き、銀貨二枚。夕食付けるなら、これに銅貨五枚が追加だよ」


「えっ、そんなに……?」


 フェルトは驚き、自分の懐から財布を取り出し、中身を確認する。

 銀貨三枚と、銅貨七枚──それが今のフェルトが持っている全財産だった。


「なんだ、高いってのかい? 言っとくけど、どこの宿に行っても同じような値段だよ。むしろうちは良心的なほうだと思うけどね」


「い、いえそのっ、そういう意味じゃなくて……僕、街で暮らしたことがなくて、宿代がこんなにすると思ってなくて……」


 お金が足りないわけではない。

 ただ、明日や明後日も仕事が見つかるとは限らないから、ここで使ってしまうと後がないと、フェルトは考えた。


「あの、すみません……やっぱり、やめます……」


 フェルトはうなだれて、宿を出て行こうとする。

 しかしその少年を、女将が呼び止めた。


「お待ち。それであんた、今夜どうするつもりだい?」


「え、あの……野宿をするしかないかなって……」


「やっぱり……。だったらあんた、うちで働く気はない?」


「えっ?」


 宿の女将からの思いもよらない提案に、フェルトは首を傾げる。


「働くのは夜だけでいいよ。うちは酒場も経営してるんだけど、人手が足りてなくてね。給料は小遣い銭程度にしか出せないけど、働いてくれるんなら宿代はタダでいいし、朝食と夕食も付けるよ。どうだい?」


「ホントですか!? だったら、是非お願いします!」


 渡りに船という話に、フェルトは表情を輝かせ、頭を下げる。

 すると女将は、その口元をつりあがらせて、一言付け加えた。


「た、だ、し、条件が一つある。それを飲んでくれたら、雇ってあげる」


「え、条件……ですか?」


「ええ、ついてきて」


 女将はそう言うと、きびすを返して宿の奥へと向かってゆく。

 その背中をフェルトが追いかける。


 そのとき、女将の顔が捕食者のそれになっていたことに、フェルトが気付ける由はなかった。


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