帰還
フェルトが放った二度目の切り札により、二体目の毒竜も倒された。
そして、フェルト自身もそれで意識を失い、倒れた。
三体目の毒竜が現れるという悪夢は、起こらなかった。
その場で意識を残しているのは、ウィンディただ一人であった。
彼女は懸命に、仲間たちを治癒して回った。
ウィンディの治癒魔法により、リザレットも一命はとりとめ、アディーラともどもやがて意識を取り戻した。
だがフェルトだけは、身体的な負傷を原因とする意識喪失ではなく、ウィンディの治癒魔法をもってしても、目覚めさせることはできなかった。
少女たちは二体の毒竜を解体し、その体から肝を取り出して、戦利品として持ち帰ることにした。
意識を失ったフェルトは、ウィンディが背負って帰った。
幸いなことに、フェルトが意識を失っても、彼が行使した空気浄化の魔法は効力を残していたため、少女たちは毒霧を吸い込みながら帰還するという苦難を逃れることができた。
フェルトが意識を取り戻したのは、毒の湿地を抜け、もうすぐ街にたどり着こうかという頃だった。
「んっ……」
少年がぼんやりと意識を取り戻すと、そこは街道だった。
日が暮れ始める頃合いで、夕焼け空の下に、街の姿が小さく見える。
「ふわっ……えっ、あれっ……?」
少年はそこで初めて、自分が甲冑姿の少女に、おんぶ状態で背負われていることに気付いた。
ウィンディに抱き着くように、首の後ろから前へと腕を回している。
顔は少女の右肩の上にうなだれるように置いていたようで、顔を上げたら、すぐ目の前に少女の頬や耳があって、いいにおいがした。
「わっ……す、すすすみませんっ! 僕、降りますっ!」
「ん……目を覚ましたか、フェルト。──毒竜戦では、だいぶ無理をしたのだろう? 街までこのままでも、私は構わないが」
「い、いえっ、大丈夫ですっ。その、降ろしてください……」
「そうか……?」
ウィンディが少し残念そうな声で受け答えをし、フェルトを地面に降ろそうとする。
だがそこに、アディーラの茶々が入った。
「ウィンディはさ、可愛い可愛いフェルトきゅんを、もうちょっとおんぶしてたいんだって。そのまま乗っかっててやりなよ、フェルト」
「は……?」
「なっ……何を言っているんだお前は!?」
ウィンディは裏返った声で抗議するが、アディーラは気にもとめずに、ウィンディの横にすり寄って、追撃を加える。
「うりうり、もっと自分に素直になりなよ~。まったく、リザと言い、どうしてこうみんな素直じゃないかねぇ」
「う、うるさい! お前は自分に素直すぎる!」
「まったくだ」
横を歩いていたリザレットが、ウィンディの援護射撃をする。
二対一になってしまったアディーラは「はいはい、どうせボク一人悪者ですよ~」とか言いながら、まったく堪えた様子もなく、口笛を吹いていた。
「……アディーラさんも、リザレットさんも、無事だったんですね。……よかった。また僕のせいで、何かあったらと思ったら……」
フェルトがそう言って、ウィンディの背中に揺られたままの姿勢でうつむく。
だがその横にリザレットが寄って、少年のおでこにデコピンした。
「痛っ! ……な、何……」
「お前もうその、『僕のせいで』ってのやめろ。オレらはオレらで、自分でやるって決めてやってんだよ。っつーかさ、結構偉大なことやったんだから、いい加減自分を誇れ。謙虚も過ぎると嫌みだぞ」
「うっ……でも……」
「でもじゃねぇ。これで女将も助かる。あたしらもフェルトもみんな無事だ。おまけに毒竜の肝を売りゃあ大儲けで、みんな万々歳。それでいいじゃねぇか」
そのリザレットの言葉で、フェルトは思い出した。
「──そうだ! 毒竜の肝は、お師匠様のところに持って行って薬を作ってもらわないと。やっぱりその、ウィンディさん、降ろしてください。僕、街に行く前に、お師匠様のところに行ってきます」
「そうか? 何なら私も一緒に行ってもいいが」
ウィンディはそう言うが、山を登らなければならないこともあって、フェルトはさすがに辞退した。
ならばということで、ウィンディはフェルトを背から降ろす。
だが──
「あれっ……?」
地面に降ろされたフェルトは、そのまま地面に崩れ落ちた。
茫然とするフェルト。
「お、おかしいな……」
力を込めて、立ち上がろうとする。
だが、下半身にまったく力が入らない。
いや、力が入らない、などというようなものではなかった。
まるで下半身が自分のものではないかのように、本当に、まったく動かない。
「あ、あれ……なんだろこれ、おかしいな……」
フェルトは上半身に力を入れ、どうにか立ち上がろうとするが、足が動かせないのではそれもままならない。
懸命に何度も何度も立ち上がろうとするフェルトを見て、ウィンディがフェルトの前で背を見せしゃがみ込む。
「フェルト、やはり私の背におぶされ。おそらくは先刻の戦いの疲労が取れていないんだろう。無理はするな」
「はい……」
フェルトはウィンディにつかまり、再びおんぶされた状態になる。
そうして、ウィンディの腕で脚を抱えられても、フェルトには何の感触もなかった。
ああ……と、フェルトは悟った。
ウィンディの甲冑越しの背に揺られ、フェルトはそれを受け入れようと考えた。
結局、ウィンディ以外の二人も、フェルトと同行することにした。
冒険者たちが魔女の住む山を登り、魔女の家にたどり着きノックをすると、老婆が出てきて、少年と少女たちを家の中に招き入れた。
居間に通され、二脚しかない椅子の片方に老婆が座り、もう片方には老婆の指示でフェルトが座らされる。
三人の少女たちは、フェルトの後ろに立つ。
フェルトが、この冒険で何があったかを話すと、老婆は椅子に深く座りなおし、口を開いた。
「フェルトの下半身が動かないってそれは、限界解除の魔法の副作用だね。短時間に二回も使えば、魔力の暴走に体が耐えられなくなって、そりゃあどこかしらおかしくなるさ。──もうあんた、一生自分の足で歩けないだろうね」
「なっ……!?」
老婆の話を聞いて気色ばんだのは、三人の少女たちだった。
一方のフェルトは、老婆を見据えてただ、「はい」とだけ答えた。
その様子を見て、老婆は一度まぶたを閉じ、再び開いてフェルトをまっすぐに見て、言葉を発する
「あたしとしちゃあ、複雑な気持ちだよ。手放しでは認められないね。……でも、語弊を覚悟で、これは言っておく。
──よくやった、フェルト。あんたはあたしの自慢の弟子だよ」
老婆からそう言われ──それには、フェルトは耐えられなかった。
先ほどまで精悍だった少年の瞳に、いっぱいに涙がたまる。
だがそれよりも我慢の堰が早く決壊したのは、外野の少女だった。
とりわけ喧嘩っ早いリザレットが、老婆の襟元を掴み上げる。
「テメェクソババァ、何だよそりゃあ! フェルトがもう一生歩けないだって!? それなのに、よくやっただぁ!? ──何なんだよテメェ! 稀代の大魔術師だか何だか知らねぇが、元はと言やあテメェにだって──」
「──リザレットさん!」
「フェルトは黙ってろ! これはオレの──」
「リザレットさん!!!」
フェルトが二度叫んだ。
リザレットはそれで、チッと舌打ちして、老婆を解放する。
老婆は一つ、大きくため息をつく。
「お嬢ちゃん、あんたの言うとおりだよ。でもそれは後だ。今は毒竜の肝から、薬を作るのが先さね」
老婆はそう言って、ゆっくりと椅子から立ち上がり、奥の部屋へと消えて行った。




