水
ほどなくして、彼女たちは襲ってきたトカゲたちを全滅させた。
その戦闘で、彼女ら自身は傷ひとつ負っていなかったが、アディーラは一人、その全身に返り血を浴び、血まみれになっていた。
「あー、これ厄介なんだよなぁ。ポイズンリザードの血って、確かこれ自体が毒なんだったよね?」
アディーラが血まみれの全身を広げて見せると、ウィンディがうなずく。
「そうだな、即効性のものではないし、さほど強い毒でもないが……。解毒魔法をかけるにも、まずその血を洗い流さねば意味がないぞ」
「だよねー。でもこれ、水袋の水だけで足りるかなぁ。ねぇリザ、このボクの体についた血、全部ぺろぺろしてなめ取ってくんない?」
「オレはどんだけ変態なんだよ!? つかそんなことしたらオレが死ぬわ! オレの水袋も貸してやるから、自分で洗い流せよ」
「ちぇっ、ケチー」
アディーラはリザレットから水袋を受け取りながら、口を尖らせる。
「しかし真面目な話、このままでは水袋の水が足りなくなるぞ。意外な盲点だったな……」
ウィンディはそう言って、口元に手を当て思案する。
しかし、そう都合よく解決策の妙案が浮かぶわけでもなかった。
冒険者たちはそれぞれ革製の水袋を一袋ずつ持っており、その一袋あたりの内容量は五リットルほどである。
通常、冒険者はこの水袋に詰めた水を、旅中の飲み水にしたり調理に使ったりして、旅の間の水分摂取を行なう。
長旅をする際には、こうした水袋の水は、冒険者にとっての生命線となる。
一袋の水で二、三日分を賄うことになるのが通常であり、それで間に合わない場合は何かしらの方法で水を現地調達するか、さもなくば水袋を複数持って旅立つことになる。
今回の毒竜退治は、長旅というわけではない。
数時間歩けば街に戻れることもあって、冒険者たちは各自一袋ずつしか水を詰めてきていなかった。
水をたっぷり詰めた水袋は、当然その分だけの重さを持ち、かさばって邪魔にもなるのだから、必要最低限で済ませようとするのは当然の判断であった。
しかし、アディーラの全身にべっとりと付着した血を洗い流すには、多量の水を必要とする。
ともすれば二袋でも足りないかもしれないし、飲み水などのためにも残しておく必要があるだろうから、水はどうにも足りない計算だった。
そうして冒険者たちが水問題に困っていると、フェルトがおずおずと挙手をする。
「あのぅ……それだったら僕が魔法で水を出して、アディさんの体、洗いましょうか……?」
このフェルトの進言に、三人の少女たちは一様に、少年に向けて愕然とした表情を見せた。
「そ、そうだ……! 聞いたことがある、魔術師は、何もないところから魔法で水を作り出すことができると……」
ウィンディはそう、それがさも凄いことであるかのように言うが、いつも当たり前に魔法で水を作っているフェルトからすれば、その反応は不思議なものだった。
初級魔法である水作成の魔法を覚えて以来、フェルトは日常家事でいつもこの魔法を使っていたから、それが凄いことであるとは微塵も思っていなかったのである。
「えっと……じゃあアディさん、こっちに来てしゃがんでもらえますか?」
「あいよ~」
フェルトが呼ぶと、獣人の少女は少年の前にぴょこんと座る。
フェルトはその前で杖を掲げ、呪文を唱える。
すると杖の先の空間から、じょぼじょぼと綺麗な水が出て、アディーラの頭から降りかかった。
空中から湧き出る流水は、彼女の体中にべっとりとついた血を洗い流してゆく。
「にゃはははははっ。きっもちいい~」
はからずも行水の機会を得たアディーラは、にゃんにゃん言いながら目を細め、降りかかる水を堪能した。
やがてすべての血が洗い落とされると、獣人の少女はぶるぶると体を振って、体についた水をはね飛ばした。
「ありがとうフェルト~。お礼にお姉さんがちゅっちゅしてあげよう」
「い、いえっ、そんなっ……た、助けてぇ~!」
事が終わった後、フェルトに抱き着いてキスをしようとするアディーラは、ウィンディの手によって首根っこを引っつかまれ、引きはがされた。
顔を真っ赤にしてはぁはぁと息をつくフェルトを、アディーラは獲物を見る剣呑な目で、ウィンディとリザレットは可愛い生き物にきゅんきゅんする目で見つめていた。