1、長い一日
これを聞いている、もしくは見ている人の中でこんな言葉を聞いたことはないだろうか。
『テンプレ』
俺はこの言葉を聞いただけで吐き気がしてくる。それに近い何かが俺に起こることは確かだ。
知らない人は知らない方がいい。こんな言葉、知ったところで意味がない。
まず俺がこれを知ったのは数年前。よく俺ぐらいの青年層が好きそうな小説――つまりはライトノベルを読んでいたわけだ。偏見大歓迎なこの小説。俺はそれで良くも悪くも、似通った要素を見つけてしまった。
それが俺と『テンプレ』君との初遭遇だった。
『テンプレ』君は気づかないだけで意外と身近に存在していた。
俺がこれから転入する学園なんて、ライトノベルの中から引っ張り出した要素を合わせて合わせたような学園だ。恐ろしいほどに集結している。
俺がそのことに気づいて両親に問い合わせたときには遅かった。というか、手続きが早かった。両親に「転入することが決まったから」と言われて普通は数週間、一ヶ月とあるはずだ。だが俺の家庭がおかしいのか、数日後になっていた。俺は当然、首をかしげた。
「えっ……?」と思わず声も出てしまっていた。
バカらしくも俺の青春は儚くも収束した。俺に決定権はなかったようだ。
高校三年生の春。俺は晴れてこの学園に転入する。ああ素晴らしい学園生活が待っているんだろうな~。どうしよう、最初はどんな風に話しかけたらいいかな? ああ気になって夜も寝るもないよ!
こんなことを言う人間がいたら俺は冷ややかに言ってやる。
「へ~……楽しそうですね。最初? 最初なんてそのまま行きゃあいいんだよ。どかんと」
改めて思うと、同時期に転入を決める人の中にこの学園に転入する人間がいるだろうか?
実力が全ての学園。己の能力がその学園での優劣を決める。
単純なシステムにして、無能力者には奴隷のように扱われるシステム。
さて俺はどうだろうか。俺はよくアニメでみるように、入った瞬間に他人をビビらせることができるだろうか。
「あいつ……やべぇ……!」 とか言われそうだ。
『テンプレ』君が好きそうな状況。ここで女性ヒロインに決闘などときたらなお良いだろう。そしてその転入生は勝利し、どんどんとハーレムが続き……!
なんて言うのは俺には存在しない。果たしてこれから行く場所にいるだろうか。いそうな気がピンピンする。電波アンテナ三つが俺の中で立っている。本当は圏外です、という状況が好ましい。それこそ普通の学生生活だ。一人ぐらいいてもいいかもしれないが……
俺は普通の学園生活をおくりたい。最後の一年ぐらい青春を過ごしたい。まず俺の高校生活二年は華のない二年間。男の友情でできた二年間だ。もちろん、それでも十分いい。だが俺は最後の一年、人生の中でのこの一年を体験してみたい。大学とは訳が違う。高校だからいいのだ。
本当はちょっぴり感謝したりもしている。可能性はほんの少しだが、女性のいる学園生活だ。
望んでいた学園生活……!
「はぁ……それにしても藤江学園なんてな。……ため息が出て胃が痛い……」
俺はいつの間にか呟いていた。
通学路。朝が早いこともあり、この通りは誰も見かけやしない。以前の同級生などわんさかいた通りなどはこの時間でもいたものだ。
今のところ誰もいない。そして霧も少し漂っている。まるでゴーストストリートに迷い込んだかの気分だ。
不気味な一日。
――って! これ初日だろ!
「何考えたんだ……! 俺は……! 登校初日だからって焦ってる? ハハ、そりゃあそうだ。俺にテンプレ要素なんてものは一切ないし、テンプレ要素を請け負ったこともない。このままあそこに行きゃあ、女子との華のある生活は待ち受けているだろうが――まず俺の地位は低いな」
誰もいないこととからか心の霧を振り払うように腕を大きく振った。紛らわせようと俺が努力したことだった。
駅へと向かう。改札口が近づくに連れて早朝だろうと人をチラホラと見かけるようになった。
頑張らないとな。最初が大事なんだ、最初さえいければ自ずと後は次第に付いてくる。
知っているじゃないか。なら大丈夫だ。俺なら出来る……!
硬崋並史は内心で焦る気持ちを呪文めいた言葉を唱えて落ち着かせると、改札口で鞄を手に掲げると通り過ぎた。