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書竜とロマーシカ

気楽に読んで下さい。

 ノイギーア王国とグラン王国は常に戦っていた。時には和平し、時には侵攻し、そうやって長きにわたり、戦っていた。この時もそうだ。ノイギーアがグランの辺境の村を焼き払うために進軍していた。そんな中、とある一人の兵士がそれに気付いた。

「なあ、何か音がしないか?」

 それを聞いて周りの人間も気がつく。暗い中、何か巨大な生物の足音のような物が近づいていた。それに気がついた戦闘の部隊長が大声で叫ぶ。

「総員、戦闘準備!」

 大慌てで全員が持っている武器を構える。そして、次の瞬間、それは現れた。全長は十メートル近くあるだろうそれは、胴が縦幅と横幅が数メートルはある青い装丁の本、本の真ん中あたりのページから太さが人間の胴程もある巨大な蜘蛛の足を六本生やしていて、それが部隊に向かってくる。その異形に大奥の人間が恐れ、逃げようとする。

「待て、逃げるな!」

 部隊長がそう言っても誰の耳にも届かず、そうしている内にその異形の存在は部隊長の近くに寄ってくる。

「ひ、ひい!」

 そう部隊長が叫ぶとほぼ同時に、その異形の存在は部隊長のすぐそばで立ち止まった。

「へえ?」

 情け無い声を出す部隊長に対し、その存在は声を出す。

「あの、すいません。道に迷ってしまったんですけど、ノイギーアの北にあるシュランク村と言うのはどこにありますか?」

 困った様子が分かるダンディな男の声を聞いて、部隊長は深呼吸をした後で、懇切丁寧に教える。

「ああ、シュランク村なら、この道を真っ直ぐ向かい、丘を三つ越えた所にある交差点を北に行けばいい」

 それを聞くと、異形の存在は喜びながら答える。

「ああ、ありがたい。助かりました。では」

 そう言うと、それはまた凄い早さで走り去ってしまった。

「なんだったんだ、あれ」

 部隊長の口からはそんな感想しか浮かばなかった。


 シュランク村、二つの王国の国境に位置しながら大軍を動かしにくい山岳部であることから戦火を免れていた。南北に大きな山が位置し、南北の山の雪解け水によって形勢された小川の水を利用して人々が生活をしていた。気候は平均してやや低く乾燥しており、真夏でも動物が快適に過ごすことが出来る温度であることから暑がりである羊の放牧が盛んである。

 そんな平和な村で暮らす一人の少女、長く美しい黄金色の髪を頭の後ろに一つに纏め、好奇心溢れる瞳をしたこの少女は、名前をロマーシカと言った。年齢はまだ二桁になっていない程度のこの少女はカートルと言う羊毛製のワンピースを付けて羊の世話をしていました。

 ロマーシカの家は牧畜を生業とし、多くの羊を飼って暮らしている。そんな少女の後ろから奇妙な音が聞こえる。

(鳥か何かかな?)

 その音が気になって、音のする方向に近寄ると、そこには巨大な本が一冊置かれていた。

(どうしてこんなところに本が?)

 そう少女が思うのも無理は無い。本と言うのは複雑な工程が必要で庶民には手を出し辛い貴重品だ。しかもその本はかなり立派な装丁を成されており、かなりの値段がしそうなことが窺えた。

(誰かの落とし物かもしれないし、一応拾っておこうかな)

 そう考えてロマーシカがその本を手に取ると、その本は突然ガタガタと動くと、紙面を勢いよく開かせる。それだけでは無い、紙面からは礼服を付けた人間の体が生えてきたのだ。そうして現れたのは、体だけ見れば紳士的ではあるが、人間の頭が乗っている場所に本が代わりに乗っている奇妙な生物であった。

「どうも初めまして」

 静かで落ち着いている紳士的でありながらも胡散臭い男性の声を出すその生物は、どうやら紙面から声を出しているらしく、声を出す度に本がパカパカと閉じたり開いたりしている。

「はい……初めまして」

 困惑しながらロマーシカは返事をする。

「私は旅をしています、テクストと言います。以後お見知りおきを」

 と言いながらテクストは手を伸ばす。その手をロマーシカが握り返そうとすると、突然テクストが顔(?)の向きを九十度回転させる。

「どうしたの?」

 ロマーシカが訊ねると、テクストはパカパカと先ほどよりもぎこちない動きで本を開く。

「見えてます」

 何のことだろうかとロマーシカが首を動かすと、カートルの下半身を覆う部分が盛大にめくれ上がって、少女のへそまでも見える状況になっていた。

 ロマーシカが顔を赤くして裾を抑えて一人で立つと、テクストは恐る恐ると言った様子でパカパカする。

「あの、見てませんから」

 そんなことを言うテクストに対してロマーシカは無言で立ち上がり、無表情でテクストの顔を見る。

「何か用があってきたんじゃないの?」

 感情を感じさせない声色を出すロマーシカを見て慌ててパカパカするテクスト。

「あの、ここら辺に歴史に詳しい人がいると噂で聞いてやってきたんですがご存じ無いですか?」

 その言葉にロマーシカは頷く。

「ああ、それならお父さんのことね」


 ロマーシカの父親、グィードが髭を剃っていると、玄関が大きな音を立てて開かれる。その音を聞いてグィードは溜息を吐く。

「ロマーシカ、ドアが壊れるからもう少しゆっくりと開いてくれといつも言っているだ……ろう」

 グィードがロマーシカの後ろに立つその姿を見て唖然とする。

「本だ、頭が本で出来た人がいる」

 そう呟くグィードにテクストはお辞儀をする。

「私テクストと申します」

 そう言って頭を下げるテクストにグィードは空いた口が塞がらない。

「あの、何かご用で?」

 ようやくのグィードの口から出た言葉にテクストはパカパカする。

「貴方は歴史が詳しいと聞いてやってきたのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」

 グィードが立ち上がるとテクストの頭(?)を撫で回す。

「あんた、本当に頭が本で出来ているのか?」

「その通りです」

「こんな存在は他に見たことが無い」

「私もです。だから知恵者である貴方を訪ねました」

 グィードは顎に手を当てて何かを考えてから頷く。

「事情は分かった。協力しようじゃないか」

 グィードのその瞳には好奇心が湧き出ていた。


 グィードの所有する書物の数は牧畜をしている農家とは思えない程の量と質を誇っていた。ノイギーア王国とグラン王国両方の貴族が一等級の資料と太鼓判を押しているような書物ばかりだ。その書物を前にしてもこのグィードは苦笑いを浮かべる。

「あまり信用出来る資料は少ないがね」

 そんなことを言う。

「歴史における一般論って奴は『事実』では無く『見たい物』が大半となるんだ」

 その言葉は誰に向けたものなのだろうか、と首を傾げるテクストにグィードは一冊の本を差し出す。

「あったあった。多分貴方の知りたい事実についてはこれに記されているんじゃ無いかな」

 その本の背表紙には「東の国の物語」と書かれている。テクストはその本を開いて中身を見るが、文字が読めない。

「これは異国の字ですか?」

 そう首を傾げるテクストにグィードは首を横に振る。

「いいや、ノイギーア語だよ。書いた人が字が下手で有名な人でね」

 それを聞いてグィードは肩を落とす。

「どうしてそんな本を」

「ま、偶然だね。読むよ」

 グィードは飄々とそう言うと視線を紙面に落として口を開く。

「かつて東の国にはこんな伝説があった。曰く、一つの物を大切に使うとそれが命を持つと。命を持った者を人々はツクモガミと呼んでいる。ある時一柱のツクモガミが翼を広げて西の国へと飛び立っていった」

 それを聞いてグィードはテクストを見る。

「君の本の装丁は確かにノイギーアとグラン王国でよく見る方式で作られている。しかし問題はその素材だ。同じ革でも、地方によって加工の仕方が違うから手触りが違う。君の本の装丁部分は昔東の国から輸入された革製品と同じ手触りをしていた」

 それを聞いてテクストは頷く。

「では私はツクモガミ、と言うことですかな?」

 少し確信を持ってテクストは言ったのだが、グィードは首を横に振る。

「いいや、分からん」

 テクストはまたしても肩を落とす。

「分からんって、まだ何か疑問があるんですか?」

 そう聞いてグィードは本をまた取り出す。こちらには「竜伝説」と書かれている。やはり中の字は読めない。

「これも字が下手な人が書いた本でね」

 グィードがもう一回字を読んでくれる。

「この国にはいくつかの竜がいる。水を操る竜、ミズチ。土を僕とする竜、シャイ。風を導く竜、カルダ。そして火を生む竜……」

 グィードはそう言いながらテクストをじっと見つめる。

「火を生む竜、ミカハヤヒ」

 テクストはグィードの意図が分からずに戸惑う。

「ミカハヤヒ? その竜がどうしたんだ?」

「この竜は個体によって、壺の形をしていたり、箒の形をしていたりするんだ。本の形をした個体がいてもおかしく無いと思ってね」

「理屈は分かりますが、いくらなんでもこじつけでは?」

 そんなことを話していると、ドアが叩かれる。

「貴方、お茶を持ってきましたよ」

 その言葉を聞いてテクストがドアを開けると、そこには背の高い美しい金髪の女性……ロマーシカによく似た女性が立っていた。

「あら、お客さん?」

 その女性が呑気な様子でテクストを見る。

「あの、私を見ても驚かないんですか?」

 頭が本の形をしたテクストを見ても驚かないその女性を見てテクストは驚く。

「そう言えば変な見た目してるわね。変な物でも食べた?」

 女性は穏やかな表情を浮かべている。本当にテクストを見ても驚きの感情を抱かないらしい。

「自己紹介がまだでしたね。私の名前はエトワルって言います」

 その名前を聞いてテクストは驚く。

「あの、失礼ですがご婦人はグラン王国の出身では無いですか」

 エトワルは首を傾げる。

「はい、その通りですけど何か」

「そしてグィードさんはノイギーア王国の出身」

 グィードは首を縦に振る。

「やっぱり気がついたかね」

「まあ、名前が名前ですからね。エトワルはノイギーア王国の言葉、グィードはグラン王国の言葉です」

 グィードは天井を見る。

「それで、私達の素性を知りたいかね?」

 暫くの沈黙の後、テクストは溜息を吐いた後でパカパカする。

「いいえ、聞きません。人の事情を無闇に聞くのは野暮で失礼です」

 その言葉を聞いてグィードは立ち上がる。

「ふふ、気に入った。よかろう、私の知ることを全て話そう……と言いたい所だが」

 今度はグィードが肩を落とす。

「生憎私もこれ以上はよく分からないんだ」


 家畜のエサがふんだんに詰め込まれた荷馬車を前にしたテクストは体を人間から巨大な馬に変貌させる。雄大な体躯をした見事なものではあるが問題としてその頭があった。やっぱり、頭は本のままなのだ。

「見事なもんだ」

 グィードは感心する。どうやら姿は変わると力も変わるらしく、その見事な力を使って荷物を運ぶ手伝いをしていた。

「こんな作業を家族だけで?」

 そう訊ねるとグィードは頷く。

「隣人との距離も離れているし、それぞれ役割がある。自分達の家族だけで出来るならそれにこしたことは無い」

 テクストは荷物を引っ張りながら耳を傾ける。

「寂しいと感じたことは?」

「家族も家畜たちもいる。寂しいことなんて無いさ」

 話しながらそんなもんかとテクストは考える。そのテクストの横には好奇心を顔いっぱいに浮かべたロマーシカがテクストと歩を並べて歩いていた。

「ねえねえ、その頭ってどうなってるの?」

 最初はその姿を見て警戒していたロマーシカだったが、段々と慣れてきたらしくて現在ではこの通り、テクストと四六時中一緒にいた。

「どうなってるのと言われてもな。俺でもよく分からん」

 テクストの頭は本の形だ。装丁が少し豪華な本。触った感触としてはグィードの言った通り装丁は革の感触、紙面の部分は見たことの無い素材……グィードが言うには「和紙」と言うらしい素材で作られているそうだ。

「姿を変えることが出来るとは、便利だな」

 とグィードは言っているし、テクスト自身もそう思う。しかし、自分のことが何も分からない以上、便利であると同時に不安もある。この能力ははたして気軽に使っていい能力なんだろうか、そんな不安だ。一通りの作業が終わった後にエトワルの作った料理を囲んで食事をしていた。

「どう? 口に合うかな」

 食事を作ったエトワルが不安そうに訊ねる。

「おいしいです」

 テクストは料理を紙面に運ぶと、その中にスルスルと料理が吸い込まれていく。

「毎回思うけど、変わった食べ方よね」

 テクストの様子を珍しそうに眺めながらロマーシカは水を口に含む。

「これ以外の食べ方を知らないものでして」

 テクストは特に気にしないで食事を次々と口に入れていく。その口はどのような仕組みなのか不明だが、モシャモシャと咀嚼音がする。本当にどのような仕組みなのかは不明である。

「そう言えば、水を含んでも湿ってふやけたりしないの?」

「いいえ、普通に吸収されますよ」

 本に水を入れることによってグビグビと言う水を飲む音と共に吸収されていく。

「ふむ。この村の水はおいしいですね」

 その言葉にグィードは嬉しそうに微笑む。

「そうだろう。ここの水はここよりも更に高い南北の山から流れてきた綺麗な水が飲める場所だ。いずれ私はこの村で大きな牧場を建てることが今の夢なんだ」

 テクストは首を傾げる。

「今でも十分に大きい気がしますが」

 グィードが首を横に振る。

「いやいや。この村の規模を考えるともっと大きなものが出来る。羊に牛に鶏、馬だって育てることが出来る」

 テクストはやや不機嫌そうにする。

「馬を? 戦争に使う動物と言うイメージがありますが」

「いやいや。馬と言うのは馬力のある動物ですから、その気になれば農業にも物の運搬にも使うことが出来る動物です。馬達の協力を得ることが出来れば文明が大きく栄えることが出来る筈です」

 目を輝かせながら言うグィードにテクストは吹き出す。

「飼う、のでは無く協力ときましたか」

「はい。人間は馬たちに家と食事を渡し、馬は人に労力を渡す。これが協力と言わずになんと言いましょう」

 グィードの言葉にテクストは頭を振る。

「哲学的なことはよく分からないな。ただ、何かを生みだそうと行動することは意味のあることだろうから、頑張ってくれ」

 そんなことを話しながら食事を終えてからテクストはロマーシカと共に羊たちの世話をする。


 無言のまま時間が過ぎていき、時刻は夕暮れ。

「そろそろ切り上げよっか」

 そうロマーシカが言うのも聞かずにテクストは夢中で羊たちの世話をしている。

「もう少しだけ」

「気持ちは分かるけど、明日にしよ。ね」

 ロマーシカのその言葉に渋々と手を止めるテクスト。その時、ロマーシカの耳の奥に何か音が響いた。

 シャラン

 突然の金属音。重厚で洗練されて、どこか無機質な音。その正体にテクストが気がつく。

「逃げるぞ! 東西から軍が来ている」

 テクストは素早く小さな馬の姿に変わり、ロマーシカを背に乗るように促す。東と西、村を挟むようにもくもくと黒煙が出ていた。恐らく戦う前の食事の準備だろう。

「どうしてこんな所まで」

「恐らくお互いの奇襲のためだろう。数日前にノイギーアの軍が近くまできていた」

「その時はどうしたの?」

「グィードさんと一緒に事故に見せかけて追い払っておいた」

 テクストはさらりと言ってのける。

「だがどう言うわけか前回よりも数が多い。その上グランまでこんな辺境に大軍を容易してきた」

 喋っている間にグィードの家にたどり着いた。

「お父さん!」

 ロマーシカが急いで家の玄関を空けると、そこには見たことの無い髭をたっぷりと蓄えた男が立っていた。

 髭も目立つがその格好は更に目立つ。背が高くがっしりとした体躯を重厚で重そうな鎧で包み、しかしその鎧にはどう言うわけか大量の泥がこびりついて本来の輝きを失っていた。

「私はグラン王国の第一師団団長、ヴァレンティンと申します」

 そう言って頭を下げるヴァレンティン。

「おお、お偉いさんだね」

 グィードがのんびりと頷く。

「はいお水」

 エトワルがそう言って彼に水を渡すとヴァレンティンが首を横に振り断る。

「いいえ、部下が進軍して疲れている中、水も飲めずに待っていますので自分だけ贅沢するわけにはいきません」

 そのヴァレンティンの言葉にエトワルが首を傾げる。

「水の一杯でも部下より贅沢したくないの?」

 ヴァレンティンが頷く。

「水の一杯でもです」

 頑なな態度にグィードが折れる。

「要件は、戦いの仲人ってとこかな」

 話を聞いていたエトワルが珍しく眉間に皺を寄せる。一方で、テクストとロマーシカは訳が分からずに首を傾げる。

「ねえ、ヴァレンティンさんがなんとかしたい戦いって、ノイギーアとグランって言うのは分かる」

 少し話しただけではあるが、ロマーシカにはヴァレンティンが戦いを望まない人であると言うことは分かる。だからこそ、ヴァレンティンが軍隊を指揮している身であり、その立場を利用して戦いを止めさせようとしているのも分かる。そして、戦いを止めさせるために仲人を探しているのも分かる。しかし、一つ分からないことがあった。

「どうしてお父さんが仲人なんかを?」

 ロマーシカにとってグィードは山間部の村にいる一人の村人であり、ただの父親だ。そんな父親が何故このようなことをしているのか、その疑問は当然と言える。そこにいる人間全員が口を閉ざす中、唯一口を開いたのはこの中で唯一人間では無い存在であるテクストだった。彼は小柄な馬の姿のまま本をパカパカとさせる。

「少し昔に、グラン王国の女性学者が一人の王族と共に姿を消した」

 その言葉にグィードとエトワルが驚きの表情を浮かべた後、何かを覚悟したかのような表情をする。

「ねえ、何のこと?」

 その中で、状況を唯一把握出来ていないロマーシカが怯えた表情でテクストを見る。

 テクストは彼等を眺めてから本を再度パカパカさせる。普段であればその光景はやや滑稽に映るであろう。しかし、今はその姿がひどく不気味に見えた。

「グラン王国の女性学者の本をどこかで見たことがある。その時に見た字はこの家に貯蔵されていた本の字とよく似ていた。その学者は綺麗な金色の髪の毛を持ち、ある時ノイギーア王国にやってきた。ノイギーア王国には賢くやさしいが、ややのんびり屋の王子がいた。彼の名前は、グィードと言った」

 ロマーシカの目線がグィードを向く。

「偶然同じ名前かとも思ったが、その様子だとそうらしいな。更に言えば綺麗な金色の髪の毛をしたグラン王国の学者は貴方だね」

 テクストがエトワルの足元までやってくる。

「綺麗な金髪にグラン王国語の名前、間違い無さそうだ」

 姿を変えず、小柄な姿のテクスト。当然エトワルを見上げる形になる。しかし、小柄な体からはなんとも言え無い凄みがある。

「どうしてロマーシカに言わなかった?」

 その声は相手を非難するような声だ。

「この生活を守るために、言わない方がいいと思った。そんな答えじゃ駄目かな?」

 エトワルは優しげに微笑みながらそう答える。

「まあ知られてしまったものは、仕方無い」

 グィードは立ち上がりロマーシカに一冊の本を渡す。本と言っても小さな本だ。ロマーシカの小さな手にすっぽりと収まる程度の小さな本。

「簡単な薬草の図鑑だ。薬草はお金になる」

 そんな事を言ってグィードはヴァレンティンを見る。

「ヴァレンティンさん。私は確かに王族出身だ。だが部下に追い出されたと言うことは、知っているな」

 グィードの言葉にヴァレンティンは頷く。

「分かっております」

 ヴァレンティンが頷いてから、二人は視線を合わせて出て行こうとする。「待ってよ!」

 しかし、それをロマーシカが止める。

「お父さん達だけで納得しないでよ!」

 その時のロマーシカの顔を見て、少し困った顔をした後、グィードがロマーシカの肩に手を置く。

「今まで脇に置いてきた問題に向き合ってくる」

 そう言って出て行く彼を追うようにエトワルも付いていく。

「テクストさん。娘をお願いしていいかしら?」

 振り向かずに外を見たまま言うエトワルにテクストは心底不機嫌そうに答える。

「自分の価値観だけで物事を決めようとする。それはお前達人間の悪い癖だぞ」

 テクストはそう言った後でロマーシカに近づく。

「乗るといい。これから一緒に旅をしよう」

 テクストは不自然な程優しげな声でロマーシカにそう語りかける。

「ではな『人間』勝手にするといい」

 名前も呼びたく無い、そう言外に伝えるテクストにエトワルは悲しそうな表情を浮かべる。

「もう名前で呼んでくれないのね」

 悲しそうにそう言うとエトワルは急ぎ足で去っていく。

「俺達も早く逃げよう」

 テクストの言葉に応えてロマーシカはその背中に乗る。


 住み慣れた村が離れていく。ロマーシカはそんなことをぼんやりと考えながら小柄な馬の姿のテクストにしがみつく。

 テクストとロマーシカはシュランク村の北側にひたすら駆けていく。他の村人もそれを察知したのだろう。身軽な服装で野原を駆けていく人影がを何度か見る。戦乱の世の中であるためか、そうやって戦火を逃れる姿は慣れているようにも見えた。戦乱の世の中に生まれた人は戦火に巻き込まれることが日常的にあるので、このような場合の対処も慣れている。だから今回は村一つが焼かれるが、一方で村人で死ぬ人はいないのだろう。ある二人を除けば、であるが。

「ねえ、戦争の仲介者って危険なんでしょ?」

 テクストはやはり不自然な程穏やかな声で答える。

「まあな。これから喧嘩しようとした人間の前に現れて『仲良くしましょう』なんて言うと、逆上する人間が殆どだ」

 その姿を何度も見てきたのだろう。テクストの声は少しだけ呆れた様子である。

「お父さんとお母さんって、元は偉い人なんでしょ? どうしてこんな田舎にやってきたの?」

 シュランク村と言うのは控えめに言って田舎だ。町からも遠いし人の数も少ない。近くの村まで行くのに馬車で何日もかかる。

「あの二人をよく思っていない人間が都市に多かったんだ」

「嫌われてたの?」

「そうだ」

「悪いことしたの?」

「いいや」

 テクストは歩を緩める。

「ふむ、これだけ離れればいいだろう」

 遠目に、自分の住んでいた家が焼け落ちるのが見える。

「やはり無理だったか」

 テクストは感情を押し殺したような声をする。薄々こうなることを予測していたのだろう。

「どうしてお父さん達は嫌われてたの?」

 知らない方が幸せなのでは無いかともなんとなく思ったロマーシカだったが、それでもテクストに訊ねる。

「身分の低い者達に、勉学の機会を与えようとしたから」

「どうしてそれが嫌われることに繋がるの?」

「身分の低い者に勉学の機会を与えると、身分の低い者の中から成り上がれる存在が現れる可能性が高くなる、ここまでは分かるかい?」

「うん」

 やる気と能力があっても低い身分故に勉強する機会が無いまま人生を終える人と言うのは世の中に多くいる。そのような人達に勉強する機会を与えれば、成り上がっていけると言う理論らしい。

「しかしそれで困る人間がいる。貴族だ。彼等は今まで勉強する機会を独占するが故に地位を独占出来たわけだからね。そのようにして身分の低い存在に成り上がられると、自分の地位が危うくなると考えるわけだ」

 そこまで聞いてロマーシカが息を飲む。

「それじゃあ、お父さんは」

「ああ、貴族にとって目障りだから排除されたんだよ。ついでに、身分の低い者にも勉学の機会を与えてみては、と助言した学者もいたから、その人も貴族によって殺されそうになったんだ。簡単に纏めてしまえば、存在を目障りに感じた貴族の陰謀によって消されそうになったんだ」

 最後の方の言葉は嫌悪に満ちていた。テクストにとって、この行為はくだらない争いの一つなのだろう。

「しかも顛末がもっとくだらない。二人が姿を消した後、貴族達は以前の通りの体勢を望む保守派、グィードの意思を受け継ぎ勉学を万人に受けさせる革新派で別れた。まあ、結果は革新派の勝利で幕を閉じたが、どうにもグィードを神格化する傾向があってね。今更本物のグィードが現れても信じないどころか『グィードの名を騙る不届き者』として処罰されるのがオチだろうな。それが分からないあの二人では無いだろうに」

 テクストの視線の先からは怒声と金属のぶつかり合う音が響いている。

「まだ疑問はあるんだけど」

「なんだい?」

「お母さんはどんな人だったの?」

「グラン王国の学者でグィードが勉学の機会を身分の低い者にも与えることを提案したのが、エトワルだ。エトワルは実に美しい髪をして多くの貴族に言い寄られたようだが、私はまだ結婚するには幼いと言って敵国に人質兼留学生として送られたんだ」

「ノイギーア王国とグラン王国が一時休戦するための人質ってとこ? 留学生と言うのは人質だと体裁が悪いから、隠すためのカモフラージュってとこかな」

「そうそう。察しがいいな」

「続けてもらってもいい?」

「分かった。エトワルは男達に言い寄られることを嫌い、帽子を被って覆面を被り宛がわれた部屋に引きこもるか調理場に入り浸った」

「その頃から料理をしてたの?」

「ああ、どうやら趣味だったらしい。それである時グィードが夜にこっそりとつまみ食いに調理場に来た時に二人は出会った」

「つまみ食いって……まあお父さんらしいけど」

「まあそれからグィードはエトワルの人柄が気に入って、二人は一緒に勉強をするようになったんだ。グィードも勉強をしなければならない身分だしエトワルも表向きは留学生、一緒に勉強をする相手がいた方が張り合いがあると言って周りに説明してな。で、エトワルは驚くことに本当に学者として名乗れる程の実力を備えるに至った。嘘から出た誠って奴だ。それでエトワルはある時……」

 テクストが言おうとした言葉をロマーシカが先に言う。

「お父さん……グィードに対して身分の低い人間に対して勉学をする機会を与えることを提案した」

「ふむ、鋭いな。その通り、エトワルはグィードにそんな提案をした。その頃になるとエトワルは祖国であるグラン王国でも人気が出ていた。彼女が書いた論文がグラン王国で認められたからな」

「と言うのは表向きで、グラン王国の貴族がエトワルの人気が出るように騒ぎたて、人気が最高潮に達した時にエトワルを暗殺し、それを戦争をする口実にするためのようにも思えるけど」

 テクストはロマーシカを見つめる。

「君は随分と賢い子だね」

「それはどうも」

「君の言う通り、グラン王国の貴族達は手柄を上げる場所欲しさに戦争を起こしたがっていた。そんな時だ、ノイギーアで反乱が起きた。グィードもエトワルも同時に姿を消した。戦争したがっていたグラン王国の貴族達にとってはこれ以上無い絶好の機会さ。そんな訳で、グラン王国は戦争を再開し、ノイギーアはこれを迎え撃った。そんなとこかな」

「つまり、お父さんとお母さんは貴族達の陰謀に巻き込まれて逃げてきたのね。でも、もしかしたら本当に自分を慕ってくれている人がいるのかもしれない、自分を本当に慕ってくれている人がいまもいるかもしれない、そしてそんな人達がもしかしたら自分達の言葉に耳を傾けて戦いを止めることが出来るかもしれない、そんなもしかしたらに賭けたのね」

 テクストはそのロマーシカの言葉に驚いた。のんびりした村娘と言う印象だったが、情報を与えるとここまで聡いのかと。テクストは元々シュランク村には自分の正体を知るために来た。だが、同時にこの少女の行く末を見てみたい、グラン王国とノイギーア王国の二つの国をこの少女であれば面白い方向へと変えていけるのでは無いかと。

「どうする? これから何かしてみたいことがあるかい?」

 テクストは聞いてみる。この少女の心の内を。

「二つの国のおいしい物がどちらの国にいても食べられるような世の中にしてみようかな」


 十年後

 グラン王国国王と、ノイギーア王国国王がテーブルを挟んで話し合う。

「だから、こちらは予算が無いと言っているでしょう」

「何を! そちらは今年は気候が安定して豊作だと聞いています。景気がいいことこの上無いでしょう」

 そんな話し合いと言う名前の口喧嘩をしている二人の部屋の扉が突如として開く。


「全く、あの二人には困ったものね」

 美しい金髪の女性の傍らには巨大な体躯をした馬が歩いている。この馬、どう言うわけか頭の部分が本である。

「そういえば、ヴァレンティンの子供が身元の分からない元孤児の女性と結婚したらしいぞ」

「へえ、身分違いの結婚ってことね。ヴァレンティンったら、貴族なのによく元孤児との結婚を認めたね」

「君を見ていて決断したらしい」

「そう言えば、話は変わるけど、ヴァレンティンってどうしてお父さんとお母さんの正体を知ってたのかしら」

「噂が回っていたらしい」

「それで戦いを戦わずに終わらせる可能性があるのなら、ってとこ?」

「そうそう」

 そんなことを言いながら、この一人と一頭(?)は扉を開く。

「止めなさい!」

 その言葉を聞いて、部屋の中で喧嘩をしていたグラン王国国王とノイギーア王国国王は目を見開いて頭を下げる。

「全く、二人は今度はいったい何について言い争ってるの?」

「「それがですね」」

 国王二人は揃って同じ言葉を言ってお互いを睨み付ける。それを見て女性が溜息を吐くと、二人は居住まいを正して向き直る。

 このロマーシカと言う名前の女性、現在ではこう呼ばれていた。

「賢者様」

 後の世に、戦争を終わらせた存在と言われることになる女性である。

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