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第四話



「アベルがそんな男だったなんてー」「幻滅だよねー」「ぷにぷにー」


 一夜にして反転した若手随一の実力派探索者の評価。

 その理由は簡単だった。昨晩、夜を徹して行われたお姉さんたちの相談会と言う名の尋問。

 その結果判明した様々な驚きの新事実に基づく、完全に正当な評価だった。


 アベル・クリムゾン=極度の勘違いストーカー野郎


 そう、人の性癖に戸は立てられない。

 いかなイケメンだろうと、いやだからこそ。越えてはいけない境界というものがあるのだ。そいつを破っちまったらもう、人間としておしまいだぜ。


「と、被疑者は供述しており……」

「本当だ! 信じてくれい!」


 ルカンは鼻水垂らしながら絶叫した。

 そう。残念ながらそんな夢物語は実現しなかった。

 彼女としては事実をつまびらかにして、あの男のドーランで塗りたくられた評判を変態的本質でもって正し、白日の下へ晒したかったのだが、残念無念。

 男はやっぱり顔である。ついでに実力もあってお金も十分以上。将来性も申し分ないときたもんだ。爆発しろと叫びたい。叫んだところで何も変わりはしないが、気分くらいは晴らしたい。

 しかし、現実とは非情である。ルカンは有りもしない罪をでっちあげて皆のヒーローを貶めようとする性悪女認定を受けてしまった。

 ゴミも投げつけられた。イジメだめ絶対。


「でもさ、それが本当だとしてさー」


 何とか最後にはみんなから庇ってくれたシフォンが、傷だらけで迎えた朝食の席で口を開く。

 しかしそれは、主従の絆が初めて感じられたと感動していたルカンにしても、聞き逃せない発言だった。


「約束守ったんだから、ルカンはアベルさんと付き合わなくちゃいけないんじゃないの?」

「ごぶはッ!!」

「ちょ、汚いなあ。もう……」


 思わず食べていた雑煮をシフォンに毒霧のごとく浴びせかける。米まみれになったシフォンの小言も耳にも入ってこないほどに精神が乱れるルカン。

 そうだ。そうだった。と今更気付く。半年前にアベルと交わした約束を思い出す。


『じゃあ、そのアーティファクトの情報を手に入れたら、ボクと付き合って貰えるかい?』


 そう。余りにも付きまとってきて鬱陶しかったアベルというイケメン。

 最初の頃は殴り飛ばして逃げて、それでもダメだと蹴り飛ばして逃げて、そして最後は剣を抜いてぶった斬ろうとしたところ流石に反撃に遭い、あっさりと負けた。

 自分の実力にまだ多少の自信を持っていた頃のことであり、これに動揺した隙に色々と話してしまい、自分が『姿を変える呪いを解くアーティファクト』を探していることを告げてしまったのだ。

 その時交わした約束が前述の言葉である。つまり――


「どっちみち地獄ってことじゃねーかッ!?」


 呪いが解けても、あのイケメンと付き合うのか? ありえない。お断りである。でも、付き合わないと情報が貰えない。

 彼女の中でそんなジレンマが堂々巡りで回り続ける。

 いつぞやもこんなポカミスをやった。シフォンとの契約のときの件であるが、結局のところルカンの考えが浅いことが原因であるといえるだろう。


「いや待て、そもそも呪いが解けたら男に戻るんだから、男と付き合うことになるぞアイツ。はっはー、アイツも相当バカだな。いや、もしかしてそっちが狙い? いやないない。流石に……ないよな。いや……あの変態加減からして……」


 ブツブツと何やら小声で呟いているルカンを尻目に、何杯めかの御代わりを繰り返すシフォン。もちろんルカンの払いである。獣人で魔法使い。彼女は燃費が悪かった。

 彼女の食費は思った以上にルカンの財布を圧迫しているが、ツケにしているためルカン本人は気付いていない。月末が恐怖である。


「よっし、もういいや。とりあえずアイツに会ってくる。話はそれからだ」

「ま、そうなるよね。んじゃさっさと済ませよ。夕方からまたバイトでしょ?」

「うう、そうだった。情報だけ手に入ってもな……」

「剣ぐらいアベルさんに買ってもらえばいいんじゃない?」

「それだけは絶対嫌だ」


 言いながら、安宿を出る二人。

 シフォンには分からない男のプライド。最近いろいろあって微妙に崩れかけているようなプライドだが、流石にそれはなかった。

 道で拾ったでもいい、頭下げて恵んで貰ったでもまだ許せる、盗んで手に入れるってのも最悪やるかもしれない。

 だがそれでも、自分に懸想してくる男にプレゼントとして買ってもらうなんてのは、天地がひっくり返ってもお断りだった。


「ばっかみたーい」


 本当に、そう思えたらどれだけ楽なことか。

 シフォンの容赦ない中傷に耐えながら、ルカンは背中で泣いている。そう、涙は流さない。だって、男の子だもん。





 午後のラパンの街並みは、至って静かである。

 荒くれ者の探索者たちは、朝も早くから砂漠へ旅立って行き、夕暮れになるころに帰ってくる。そのため昼のこの街は、探索者というよりも、商人が主に活躍する時間帯なのだ。

 そうしてそんなお昼過ぎ、大通りで賑わう青空市場の一角で、一際大きな声を張り上げる一人の少年がいた。


「いらはい、いらはい! この業物は天下に名高き剣豪、ミャーモン・ムサセーノがかつて実際使用したっちゅう名剣! この前史魔法文明の遺産が、今ならたったの10万ジル! 良い品、お安い、お買い得! さあ、買うた買うた! 今なら一本買うともう一本ついてくるで!」


 威勢の良い掛け声。集まる人々はその少年の方言交じりの口上に苦笑を浮かべながら、娯楽感覚で聞き入っていた。


「おい坊主。名剣が二本になってるじゃねーか」

「おお、よう気付いたなお客さん。こいつは天下の名剣や。なんで名が売れとるか分かるか? そりゃ、その数だけ増えとるからや。今じゃ、ざっと数えただけで天下に1万本。全部集めりゃ願いが叶う。そないなお話もあるっちゅうもんや。さあ、どないや。一本買うてみいひんか?」


 客のヤジにも慣れたもの。即座に言い返してみると、客もおーっと感嘆する。


「一万本で一本が10万ジルで、一本買うともう一本で……あれ? 何ジルかかるんだシフォン?」

「……ルカン。ちょっとは勉強しようね」


 願いが叶う遺産という文言に思わず足を止めて耳を傾けたルカンは、その遺産を手に入れる困難さを計算しようとするが、指が足らずにシフォンに尋ねる。そんな情けない自分の御主人さまの姿に、密かに涙するシフォンであった。


「う、うるせえな。1万ジル以上なんて見たことない金額分かるかよ」

「ふ、不憫だねルカン」

「お前のせいだろ! お前がそこら中で食い歩きするからだろ!」

「なによッ! 財産の持てない見習い巫女の唯一の楽しみを奪うって言うの!?」

「意地汚ねーって言ってんの! そのうち太るぞ、デブシフォン!」

「あああああああ、何でそういうこと言うの! ルカンが剣失くして遺跡に潜れないせいで最近運動不足なんじゃない! この甲斐性無し!」

「か、甲斐性無し…………」


 反論できない言葉に沈み込むルカン。

 言い負かしたことで得意気なシフォンが、両手をついて項垂れるルカンを見下ろしている。そんな構図。

 いつもの風景だが、それは探索者ギルドならではのこと。ここは天下の往来である。

 そして今、そこにいる人間の感心を買っているのは、先程までの商人の少年ではなく、この二人組の若手女探索者に移り変わっていた。


「おお、嬢ちゃん言ったれ言ったれ。主従契約なんて羨ま……けしからんことを金もねーのにするんじゃねーよ!」

「そうだ、そうだ! 俺も可愛い獣人の女の子の御主人さまになりてえ」

「お前、それ法律違反だぞ」

「うるせえ、気分だよ気分」

「わたしだってなりたいわぁん、可愛い女の子をぉうふうふふふ」

「あん、お姉さま。わたしが居ますのにー」


 騒ぎ始める群衆。そこでようやっと自分達が目立っていることに気付いた二人は、慌ててそそくさとその場から逃げ出す。

 そして路地裏に入ってすぐ、余りの羞恥で顔を赤く染めた。


「ううううう、恥ずかしいよー」

「お前はいいよ。オレなんかさ……街中に甲斐性無しって、ははは……」


 力無く笑うルカンの姿に、またやってしまったと頬をかくシフォン。

 彼女は今まで周りで一番口喧嘩が弱かった。しかしルカンは彼女以上に口論が下手だったのだ。そのせいか言い合いになると、いつもなら大人の正論なりで論破されるところを、同じレベルで言い合えるために、ダメさ加減で上をいくルカンに口で勝ってしまうのだ。

 結果、いつも落ち込むルカンを慰めるシフォン。しかし、シフォンは前述の通り口下手である。そのため余り気の利いたことも言えず。


「ルカン、ほら。お金はないかもしれないけど、ユカン豆なら一杯あるじゃない」


 言って、ルカンの腰に下げられた袋にパンパンに詰め込まれたユカン豆を開けてみせるシフォン。それは、彼女が逃げ出した夕食の苦い思い出である。


「どうせ週三でユカン豆しか食わせられない甲斐性無しのご主人様だよ……犬も食わないような豆だよ、それが主食だよ悪かったな!」

「ははは、あーごめんね。でもほら、今からアベルさんにお昼御飯を奢ってもらえるのはルカンのお蔭で……」

「うわーーーーん! オレなんか、オレなんかーーーー!!!」


 頭を抱えて蹲るルカン。男心をドライバーでねじくり壊そうとするシフォンの悪魔的行為に戦慄する。

 そう、16歳乙女。ましてや相手は女同士だと思っているのだ。察せと言う方が無理であった。



 そんな二人の様子を物影から見つめる一対の瞳。


「アベル言うたら例の若手凄腕……こらええこと聞いたで」


 言ってほくそ笑む小さな影。

 しかし、彼女たちがその存在に気付くことは無かった。



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