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第一話

初投稿です。よろしくお願いします。

 かつて、世界は頂に至っていた。

 食べ物に飢えることも、住む場所に困ることも、着る物に不自由することもない。全てが満たされた世界。

 みなが平等に暮らし、その格差に嘆くこともない、そんな世界。

 しかし、そんな夢のような世界にも終わりはおとずれる。盛者必衰。なにごとにも滅びは等しくおとずれるもの。

 その世界は4日で滅んだ。余りにも唐突に、余りにも無慈悲に。

 世界が滅んで幾千年。新たな力が生まれ、文明はそれによって隆盛し、また同じように滅んでいった。

 幾度もの興亡が繰り返され、あらゆるものは風化し、その名残も一部の神話伝承に残るのみとなったそんな世界。

 しかし、それでも今なお在り続けるものがあった。かつて栄華を極めた超文明の遺産。風化し、土に埋もれ、それでもなお在り続けるモノ。


 例えば、無限に宝石を産みだす壺。

 例えば、いくら飲んでも尽きることのない酒樽。

 例えば、星々の彼方まで旅することが出来る船。

 例えば、全自動耳かき機。


 夢幻(ゆめまぼろし)すら実現させることが可能に思える奇跡の品々。残された人々はこの遺産を持って『アーティファクト』と呼称した。

 そして、そんなアーティファクトが眠る場所……そこを指して人は、遺跡ダンジョンと呼ぶ。




 ――そんな、どこにでもある遺跡の奥深く……というほどでもない、第二階層。その石壁に囲まれた通路において、今現在、実に妖艶な光景が繰り広げられていた。


 細い腰、艶めかしくくびれたそのラインから伸びるスラリとした二本の足は、大胆にも前後に忙しなく動かされている。

 そして逆方向、上半身に向かう曲線の途中。まるでその柔らかさを見せつけるかのように、固いプレートに押しつけられ形を変える二つの双丘が、荒くなった息と身体の震えに連動して、波打つようにふるふると揺れていた。

 苦し気に歪められた秀麗な眉。それでも見劣りしない端正な顔立ちが、彼女の美貌を逆に際立たせている。

 体温の上昇からか、後ろに一つで纏められた黒く艶のある長髪との境目、白いうなじに浮かび上がるのはどこか清涼感すらある汗の輝き。

 伸ばされた両腕は腰の後ろで固定され、自由に動かすことはできそうにない。

 滴り落ちる汗。

 浮かされたような熱い吐息。

 赤らめた表情からうかがえるのは、この美麗なる少女が、苦しそうに酸素を求めて唇を広げる妖艶な、否――


 ――後ろから転がってくる大岩から全力で走って逃げる。生存本能全開でおっぴろげられた……ただただ不様なまでに、必死で生き残ろうとする美少女の雄姿だった。


「どわぁぁぁあああああッ!! 死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!!」


 黒髪の美少女は、大口全開で叫びながら、石壁造りの通路を全速力で駆け抜ける。

 後ろから迫る大岩に慈悲というものはない。このままではいずれ押しつぶされてしまうだろう。少しでも身軽になって逃げおおせたいところなのだが、そういう訳にもいかない理由がある。そう、彼女は一人では無かった。


「ど、どどどどどうするの!?」


 背中から聞こえる焦った声に、少女は振り返る余裕もなく答える。


「地図! 地図見ろ!」

「あ、そっか……」


 そう、後ろで固定された両手。その理由は彼女が背負っている相手のせいだった。

 この場にいるもう一人の生命体。少女の背でゴソゴソと腰から下げた鞄を漁るのは、担がれたもう一人の存在……獣人の少女だった。


「えーと……あ、そこ。右に脇道があるよ!」

「OK!」


 地図を見ながら指示する背中の声に答え、コーナリングでかかる遠心力に耐えながら、黒髪の少女は獣人の少女を担いだまま、なんとか横の小道に逃げ込むことに成功した。

 後ろで大岩が通過していく音を聞きながらも、なんとか転がり込んだ少女。その反動で獣人の少女が投げ出され、きゃんという鳴き声とともにお尻から地面に着地する。


「痛たた、もうルカン何す――危ないッ!!」


 抗議の声を上げようとした獣人の少女が、思わず叫ぶ。

 大岩から逃れ、これで一安心かと胸を撫で下ろしかけたその一瞬の隙。そこに、凶刃は迫っていた。


「……(かん)一髪(いっぱつ)


 顔面スレスレにある凶悪なまでに尖っているギザギザ刃。切れ味は悪そうだが、とにかく痛そうだ。

 実に意地の悪いところに仕掛けられたギロチントラップ。それを何とか両手足で必死に押さえる黒髪の少女。

 その姿を見た獣人の少女は安堵半分、焦った声で呼びかける。


「だ、だだっだ大丈夫っ!?」


 しかし、その確認の言葉とは裏腹に黒髪の少女の細腕はプルプルと震えだす。

 このまま手を放したらどうなるというのか……あの凶悪なギザギザが、彼女の艶めかしい柔肌に遠慮なく食い込み、引き裂く姿がありありと想像される。

 助かってなどいない、未だ絶賛絶体絶命中だった。


「お、おい、シフォン! 早く罠を解除してくれ!」


 必死に叫ぶ死にかけの少女。そんな彼女が呼びかけるのは、先程まで彼女が背負っていた相手。


 淡い桃色の髪から人より幾分長く尖った垂れ耳を覗かせ、髪と同色の細長い尻尾を緊張からかピンと張り伸ばしてしまっている、褐色肌の獣人少女。

 その出で立ちは、獣人特有の民族衣装であろうラフ過ぎるほどの軽装で、そのせいか彼女の背に吊るされた大きな杖と、その首に嵌った大仰な首輪が嫌でも目につく。

 少女の必死の要請に、しかしこの獣人少女はテンパってしまったらしく、


「え? え、ええ~。ルカン。どうしよ」

「だから地図を……って!?」


 慌てながらも、自身の持つ杖を手に取る獣人の、シフォンと呼ばれた少女。

 そんな彼女の行動を見て、ルカンと呼ばれた現在進行形で死にそうな黒髪少女は、慌てて手を出して制止しようとする。

 しかし、その瞬間に抵抗を失くしてずり落ちてくるギロチンの存在に気が付き、その刃の腹を真剣白刃取りとばかりに死に物狂いで受け止め直しながら、結局声を出すことで彼女を制止した。


「ま、待て、シフォン。魔法はダメだ! この遺跡は魔法トラップがあるって地図に書いてただろう!」

「あ、ああ。そうだった。危なかった~」


 言って、呑気に危機が去ったことを安堵するシフォン。その姿に、今度はルカンの怒りが爆発する。


「って、だから地図見ろって言ってるだろうが! はやくしないと死んじゃうから! オレ、死んじゃうから!」


 自身をオレなどと言う男勝りなルカン。

 そんな彼女の必死の訴えに、ようやっと手に持った地図を見るシフォン。


「えーと……あ、あれだね。あのレバーを下げる……と」


 そう言って、少し離れた場所にこれみよがしに存在するレバーを見つける。


「早くしてくれ! もう腕が持たん!」


 ルカンの、もう何度目かになる必死の催促に、ようやっと動き出したシフォン。

 地図に載っている罠解除用のレバーに近付こうとして、その前にある既に仕掛けが発動した跡と見える落とし穴に気付いて立ち止まる。

 前の犠牲者はこのトラップを解除しようとして不用意に近付き、ここで落ちてしまったのだろうか。その想像に思わず背筋と尻尾を震わせるシフォン。


「いや、お前! そんな1メルタもない落とし穴にビビんなよ!」

「でも、今は魔法が使えないんでしょ。無理だよ」

「獣人は身体能力も高いんじゃなかったのかよ」

「私、ヘム族だもん。馬鹿力のクンヌ族なんかと一緒にしないでよ」


 譲れない部分だったのだろう。プンスカと言った擬音が似合いそうな表情で怒ってますとアピールするシフォン。

 しかしそれどころではないルカンは、一刻一刻と近付いてくる死の気配に声を荒げて命令する。


「知ってるよ! いいから跳べ! 跳んでくれ! ご主人様の命令だぞ!」

「ああー、横暴だー」


 言いながらも、そっと穴の底を覗き込むシフォン。

 下には闇が広がっていた。小石を蹴飛ばしてみるが、かなりの時間を置いて響く音。結構な深さがありそうである。


「深いよルカン。落ちたら死んじゃうかも」

「オレは今ッ、真っ最中でッ、死にそうなんだけどッ!?」

「もう、仕方ないなあ……ルカンが死んだら困るし」


 言って、ようやっと覚悟を決めるシフォン。

 準備運動をしながら、助走距離をとるため後ろに下がる。


「よーし、いっくよ~」


 威勢の良い声と共に走り出す。その姿は、両腕を腰の辺りで直角に曲げ左右に振りながらの、なんとも完全なお嬢様走り。

 もちろん、そのスピードは言うまでもない。50メルタ走なら10秒はかかりそうな、なかなか優雅なスピードである。

 そう、そんなスピードであっても、いずれは訪れるその瞬間。

 1メルタ程度の穴ではあるが、ビビった彼女はその手前、50センタは余裕を持ってジャンプした。結果――


「うらー! あれ?」


 見事、穴に落ちる前に地面に着地していたのだった。


「この、運動音痴! ウンチ!」

「ひどーい! 頑張ったのに」

「結果が伴わなけりゃ意味ねーんだよ!」

「ああッ! うちの族長さまみたいなこと言ってる! ルカンって爺臭いよね」

「ぶっ飛ばすぞッ! このアマっ!」


 そう言って罵り合っている間にも、ルカンの艶めかしい肌にチクチクと刺さり始めるギザギザに加工されたギロチンの凶悪な先端部。

 もはや一刻の猶予もない。そう決意したルカンは、いっそのこととシフォンに一度は止めさせた命令を発する。


「もう、仕方ねえ。シフォン。魔法を使ってくれ」

「もう、最初からそうしてればよかったのに」


 言いながら、背に負った大きな杖を取り出すシフォン。

 魔法トラップが確認されているのはこの階層の中盤以降。通称モンスター部屋と呼ばれる大部屋を抜けた場所からで、ここはその一つ前のエリアである。もしかしたら、大丈夫かもしれない。

 それに魔法トラップは危険ではあるが、それ即死亡なんてものはこんな低層では確認されていない。ならば、もう死の一歩手前がずっと続いている状態のルカンからすれば、賭けにでる価値のある問題だった。


「よし、なら……何の魔法使おうかな」

「早くしてくれ!」

「もう、魔法は集中しないと難しいんだからね」


 言いながら、シフォンは杖を構えて目を瞑り集中する。

 攻撃呪文にここまで集中する必要はないが、今回はトラップ解除のために小さなレバーを操作する難解な作業である。故に、シフォンはその工程を脳裏に思い浮かべながら呪文を詠唱する。


「土の精霊よ。我が呼び声に応え、その力を示せ」


 朗々と紡がれたその声と共に、シフォンの周りを魔力の渦が巻く。魔力を捧げることで、精霊にその力の行使を願うのだ。そうして魔法へと変換された力は、魔力という名の燃料を喰らって動き出す。


「おお! よし、やれ! シフォン!」

「はいはい、仰せのままに~っと、《土人形生成(クリエイト・ゴーレム)》」


 その呪文と共に、落とし穴の先にあるレバーの真下に生まれた魔法陣。

 そこから現れるのは土の腕。

 それは勢いを持って思いっきりレバーを――――


 ――真上に向かって(・・・・・・・)、アッパーカットで吹き飛ばした。


「は?」

「あれ?」


 そう、レバーを下げなければいけないにもかかわらず……。


「うごぁああああ!!! 重い、重みが増してるぅうううう!!! 刃が回転し出したぁああああ!!」

「あれ、あれ、あれ~」

「この、どあほーーーーーッ!!!!!」


 その柔肌に圧し掛かってこようかというギロチン。ギザギザになっていた刃の先端が火花を散らしながら回転もしている。

 絶体絶命。必死に抑えるルカン。

 しかし、そんな抵抗もむなしく。ついに彼女の細腕で耐えられる限界を迎えようとしていた。


 一方、落とし穴の向こう側ではというと。レバーを破壊したアッパーカットの土腕が、未だにずーっと伸び続けている。

 5メルタ、6メルタ、7メルタ。それはとどまるところを知らずに、そしてその原材料となっていた地面はというと……


「あ、あれ?」


 ボコッ。と、聞こえた。

 アッパーカットは昇龍となり、落とし穴の底の地面を越えて、こちら側の地面にも浸食を開始していた。

 その空洞化が、ギロチンから加えられる重量と圧力に耐え切れず崩壊を始める。結果――


「うわああああああ。今度は落ちるのかよぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……」

「ひゃぁぁぁあぁあああああん。失敗しちゃったぁあああああぁあぁぁぁ……」


 そうして二人は奈落の底へと落ちて行った。

 その後、彼女達の行方を知る者はいない。


「こんなんで終わってたまるかーーーーーッ!!」


 理不尽な運命に叫びながら、腰に差したショートソードを握るルカン。そのまま抜刀し、隣を流れる壁に思いっきり突き刺す。


「おお、ルカン。頑張れ~!」


 ちゃっかりとルカンの肩におぶさっていたシフォンが応援する。その二人分の重みのせいか、刺さった剣は火花を上げながら、ガリガリと壁を削っていく。

 痺れる掌。その細腕で耐えるには限界を越えた衝撃にもかかわらず、ルカンは必死に堪えた。

 ただ負けん気だけ。それだけは人一倍と胸を張れる。そんな根性を振り絞って、両手で剣の柄を握りしめる。

 そうして、そんな彼女の根性が伝わったのか、壁に突き刺した剣を支点に、勢いを失い止まる2人の身体。


「やったー! ルカン凄い!」

「へへっ、ざっとこんなもんよ」


 言いながら、男臭い仕草で鼻をかく。そんな一心地着いた彼女達に、それは襲い掛かる。


「あ、魔法トラップ……」


 そう。浸食を続けた土のアッパーカットが隣のモンスター部屋にたどり着き、それが魔法トラップによって反射された。

 結果、それは魔法行使者であるシフォンに向かい、その直線上にある――


「ほうぐおはッ!!!!」


 ルカンの顔面に突き刺さる土のアッパーカット。そんな一撃を受けて、それでも剣を握っていられるほど、彼女の握力は精強ではなかった。つまり――


「結局こうなるのねえええぇぇぇぇぇぇ……」

「うわぁあああぁぁぁぁぁぁぁんんんん……」


 二人は奈落の底に落ちて行った。





「ほんぎゃーッ!!」


 霧立ち込める、淡い緑に覆われた山の奥深く。そんな秘境にポツンと(そび)え立つ大きなお屋敷。外観から見て何かしらの道場とも見えるそんな場違いな空間。

 その一種神秘的とすら思わせる佇まいの建物から、とても想像できないような不様な叫び声が山脈の端々までこだました。


「わ、わわわワシの……ぷりちーな御髪ががが」


 そんな独特な雰囲気のあるお屋敷の中、個人のものとしては最も大きく間取りを得た部屋の一つで、老人が鏡を前に絶望していた。

 老人の目の前の鏡が映す自身の姿。そこに在る筈の、老人なりのファッションセンスの集大成であった三つ編みヘアー。老師っぽくて素敵だね。と一人見ては悦に浸っていたそれが、現在は無残な姿を晒していた。

 丸く剃り上げられたような肌色。そう、カミソリで剃り上げられた自分の後頭部に、老人はこの世の終わりとばかりの絶叫を上げたのである。


「あ、あの、悪戯小僧めがぁ……今度と言う今度は許しておけんわ!」


 老人はこの犯人に心当たりがあった。というか一人しか思いつかなかった。

 この秘境の道場においては、自身を崇敬し尊敬し師事するものがほとんどである。いや、全員と言ってもいい。こんな畏れ多いことやってしまえるのは、たった一人しか思いつかない。


「聞こえておるぞ! ていやーーーッ!」


 さっきから絶えず忍び笑いが聞こえている方向へ杖を構える老人。すると、ドサっとばかりに一人のやんちゃそうな男の子が天上裏から落ちてきた。


「ぷっははははは! ダメ、おかしい、腹痛い!」


 転げ回るようにお腹を抱えて爆笑する男の子。その姿を見て、老人のコメカミに井形の軍勢が刻まれる。


「くのぅ、腕っぷしばかり強くなりおって。もう許さんぞ。この、いたずら小僧がぁッ!!」

「へへーん、引っかかる方が悪いんだ」


 まるで反省の色がない少年。それに、老人は何かで剃り上げられてしまったような後頭部を撫でつけながらもう一度思い返す。

 そこにあったふさふさの三つ編み。老人なりのファッションセンスの集大成だったそれ。失われた感触に、目の前の小僧の態度。


「ふ、ふふふ。もう我慢ならん。貴様にはお仕置きが必要なようじゃな」

「なんだよ。お仕置き部屋なんて怖くないんだかんな」


 もう慣れたもので、むしろ自分の部屋なのではないかというぐらいに住み心地の良い場所となっているそこである。少年には普通のお仕置きではもう何の意味も無くなっていた。

 それが分かるからこそ、老人は決意する。


「残念じゃ。まさかこのお仕置きをせねばならんとはな」


 平素とは違う老人の雰囲気に、ごくりと唾を飲み込む少年。しかし、ビビっていると思われたくないため、彼は平気を装って大口をたたく。


「へへ、やれるもんならやってみな爺様」

「なら問答無用ッ! ほいさ、へいさ、ほわちゃわー、アタッカ・シホガメス・ムハシッワーーーー!!!」


 言って呪文を唱えた老人の、掲げた杖が光り輝く。

 呪術だった。少年は老人が呪術を使っているところをこの日初めて見た。


「うわあああああああああ」


 老人の杖から飛び出した光が少年の身体を包み込む。そして、数秒。そこに現れたのは少年の姿では無く――――


「え? あれ、何ともなって……声が、あれ? 髪が、長い?」


 そう、そこには長い黒髪の美少女がいた。


「ふはははは、それは女体化の呪いよ。一年間、悪戯をせずに過ごせたら解いてやろう。精進せよ、ルカン。ふはははははは!!!」


 高笑いしながら部屋を出て行く後頭部の禿げた老人を呆然と見送ることしかできなかった少年、改め美少女――ルカン。

 そうして数分後、ようやっと正気を取り戻した彼女は、大声で喚き散らすのだった。


「あ、あああの爺いいいいい!! ふざけんなぁぁぁあああー!!」



 数日後。


「ルカン、その頭は何じゃ?」

「動きやすいようにしたまでです老師」


 澄ました顔でのたまうルカンに、老人はため息をつく。そう、ルカンのあの艶やかで美しかった黒髪が、丸坊主になっていたからだ。

 たしかにそうしてみると、傍から見れば少年のように見えないこともない。もちろん近付けばどうみても女、それも見目麗しい美少女にしか見えない。せいぜい美貌の尼僧である。しかし、老人は許せなかった、なので。


「ルビノ・ニジンカ・イイガ・ミカーーー!!」

「ぐわああああああああ、って、何しやがるッ!」

「今の呪いでお主は髪を切る前の状態に身体が戻るようになった。寝て起きれば元通りに髪が伸びておるじゃろう」

「ふざけんなッ! へん! どうせまた切ってやるぜ!」

「それはお勧めできんのう。そうしていればいずれ伸びる髪が無くなり……」

「そ、それってまさか……」

「ハゲる」

「何てことしやがんだ、くそ爺ぃぃぃいいいいい!!」

「散髪いらずで良いではないか、ほっほっほっほっほ。あ、言葉遣いが汚いのでもう一年延長ね」

「ふざけ、ないでくださいあそばせんこの野郎ッ!!」


 そうして二年目に突入した。



「爺様っ!!」


 長い黒髪を揺らして駆け寄る独りの美少女。言わずもがな、ルカンは、そっと大広間に敷かれた布団の隣に腰掛ける。

 多くの門弟たちが集まるなか、この少女が呼ばれたのは……手のかかる子ほどかわいいという心情によるものだろうか。


「ルカンか……よう来た」

「爺様……」


 急な土砂崩れで屋敷ごと滑落し、一命は取り留めたものの、それ以来()せってしまった老人。その顔を覗けば分かる。既に彼には死期が迫って見えた。


「儂は幸せ者じゃ。多くの弟子たちに見守られ、逝くことができるのじゃからな」

「爺様……」


 しかし老人には気がかりがあった。最も幼く、そして手のかかる問題児であった養子。

 この秘境とも言える屋敷の門前に捨てられていたひとりの(わらし)。不器用な性格のこの娘が、しっかり生きて行けるのか。


「ルカンよ、よう聞くのじゃ」

「……はい。老師」


 老人の最期の言葉。それを聞き逃すことないよう耳を近づけるルカン。そんなルカンの耳に、老人のか細い声が響き渡る。


「お主は養子かもしれぬ。拾い子かもしれぬ。しかし、儂は……愛らしい、本当の娘のように思っておったよ」


 それが老人の本音だった。いかに悪戯をされようと、いかに口が悪かろうと、彼女のことを思わぬ日は無かった。

 それが伝わったのか、感情を押し殺すように肩を震わせるルカン。

 そんな彼女に、よいのだ泣け。とばかりに両腕を広げる老人。


「爺様ぁーーー!!」


 ルカンは、そんな老人の懐に潜り込み、腰を捻って最高に加速させたその右手を――――アッパーカット(・・・・・・・)で叩き込んだ。


「ぐぱろッ!!」


 笑顔のまま、一瞬宙に浮いた老人。そんな老人に向かって、ルカンはその額の井形を隠すこともせずに、口を開いた。


「誰がッ、娘だッ、クソ爺ッ!! くたばる前に呪い解きやがれッ!」

「嫌じゃ、嫌じゃ、嫌じゃッ!! 儂は本当は娘が欲しかったんじゃ! それが何でこんな山奥で、集まるのはむさい男連中ばっかりなんじゃ! 理不尽じゃ!」

耄碌(もうろく)してんじゃねーよ! いいから呪い解けッ! 約束だろうが!!」

「知らんもーん。儂はかわいい娘が欲しかったんじゃもーん」

「もーんじゃねーよ! このエロジイイ!」

「心外じゃ! ワシはエロいことなんかしとらん! かわいい娘が欲しかっただけじゃ! イエス、ドーター、ノータッチじゃ!」

「当たり前のことをさも偉そうに言ってんじゃねえーーーッ!!」


 反省の色のない老人の胸倉を掴んで振り回すルカン。しかし、そんなことをしていれば。


「お、おい。ルカン、止めろ。老師は病人だぞ」

「うるせえ! もう残り時間がねえんだ。早く呪い解かせねーと」

「あぶぶぶぶぶぶ」


 そうして泡吹いて倒れる老人。それを見て慌ててルカンを取り押さえる門弟たち。喚き叫ぶルカンは、その後老人との接触を断たれた。


 そして数日後、老人はルカンの呪いを解くことなく……この世を去ったと伝えられた。


「は? 嘘だろ、あの化物爺が本当に死ぬわけ……」


 何百年も生きていると言っても信じてしまうような爺さんであった。そんな老師の死を受け入れられないルカン。

 しかし、結局それから彼女が老人の姿を目にすることは無かった。

 絶望の淵に落とされたルカン。老師と呼ばれるだけあり、この無駄に全力を込められた呪いは、門弟一同誰にも解くことが出来なかったのだ。この秘境の呪術師たちが解けないとあれば、それは世界中誰も解けないのと同義である。


 しかし、その時一人の客人がこの秘境の道場に姿を現す。

 旅の冒険者を名乗るその男が言うには、アーティファクトなるものを持ってすれば、いかな老師の呪いといえ解けるのではないかということだった。


 そうしてルカンは決意する。山を下り、アーティファクトを求めて遺跡を探索する。その理由はただ一つ。


「絶対、男に戻ってやるんだからなーーーーーッ!!」



 ――――そして、一年の月日が流れた。

 16歳になったルカンは、とある遺跡の尻の穴と呼ばれる排気口からペッとばかりに吐き出され、砂漠の上に不様に倒れる。

 その上に獣人の少女が遅れて排出され降ってきて……カエルが潰れたような鳴き声で呻きながら気を失った。


 彼女が男に戻る日は、まだ果てしなく遠いようである。




作中の単位説明

メルタ=m センタ=cm キオル=kg

としています。

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