8
朝、起きて、矢和田も起こした。「今日は午前中から、講義があるから起こして」と言われていたから。でも矢和田は二度寝が好きだから、ベッドから、簡単に起きてはこない。朝ご飯は食べないで、私は水を一杯だけ飲んだ。洗顔をして、軽く外に出られるくらいの化粧をして、昨日の服をもう一度着た。部屋を出るとき、矢和田が、まだ少し眠たそうな声で、今日、時間あったら、夜、一緒に飯を食おう、と言った。
「うん、メールするわ」そう言って、私はドアを閉めた。
ばたん、かちゃりとマンションのドアを閉めると、妙に寂しい気持ちになった。でも、朝の空気は、新鮮で、気持ちいい。
帰ろう。私は階段で、マンションの下まで降りて、最寄の駅から電車に乗って、私のマンションに帰った。
マンションに着いて、部屋に入ってから、今日はお母さんに会う日だったことを思い出した。手帳でも確かめたら、やっぱり今日。
お母さん、もう起きてるかな。私は時計で、九時を確認して、もう少ししてからお母さんに電話をかけることに決めた。その間に、コーヒーをいれて、飲みながら朝ご飯を作った。食欲は無くなってなかった。よかった、食べられるときに、食べておかないと。
十時過ぎになったので、私はお母さんに電話した。
「はい、朝来です」お母さんの落ち着いた声が、電話に出た。
「お母さん、おはよう。敬だけど」
「ああ、おはよう、どうしたの」
「今日、ご飯食べようって言ってたけど、ちょっと駄目になりそうなの。香が、ちょっと、病院に入院したの」ためらいながら、お母さんにも、香のことを話した。お母さんは最初、驚いた声を一度だけあげたけれど、その後は、すごく冷静に私の話をきいて、「香ちゃんの状態は、今はどうなの?」ときいてきた。私は、石詰先生からきいたことを、そのまま話した。
「大変ね」お母さんは、深く、ゆっくりそう言った。
「うん、だから、今日はごめん。会えない」
「いいのよ、またゆっくりできるときに会おうね」お母さんは穏やかに言った。
「何か相談したいことがあったら、いつでも言ってきてね」お母さんが言った。
「うん」私は少し考えて、お母さんにきいた。
「お母さん、お金のことだけど、ICUって、一日、幾らくらいかかるのかなぁ」お母さんは、しばらく考えているようで、そうねぇ、と言っていた。
「細かくは分からないわね。二桁いくか、いかないくらいじゃないかしら」やっぱり結構かかるんだ。私は少し黙って考えた。
「ありがと、お母さん。今日は、じゃあまた」
「ええ、またね、体に気をつけなさいよ」私は受話器を静かに置いた。そして、少しあごをあげて、ふうっと息を吐いた。
私の定期貯金、幾らあったかな。頭の中で大まかに、貯金総額を確認してみた。