4
私が、それひとつばかり考えていては、日常生活は回らなくなる。気のせいだろうか、矢和田の態度が、何かおかしい。
そう思うようになったのは、ここ最近。何がおかしいか、分からないけれど、何となく、矢和田が変に見える。矢和田の研究室で、コーヒーを飲みながら、私は首をかしげて、矢和田をまじまじと見つめた。
「何だよ」矢和田が笑ってきく。
「……」何と答えればいいんだろう。「何となく矢和田がおかしい」なんて、言ってもいいんだろうか?
「矢和田、最近元気?」矢和田が「?」を空中に泳がせた。そして、「元気だよん」と、つくり笑いをして答えた。わざとおちゃらけて、う、うん、そうだね。みたいな。
「敬。最近、香ちゃんのお見舞い、行ってる?」矢和田が、ふいにきいてきた。
「うん? 先週木曜に行って、新歓コンパで忙しかったから、それから、しばらく行けなかったし、それは残念。明日、会いに行こうと思ってる」私は、嬉しくて、笑って言った。一週間ぶりか、香に会うのは。
「そっか」矢和田が微笑を返してきた。
「あの日から会ってないんなら、香ちゃん、久しぶりで、喜ぶだろなぁ」
矢和田が言った。
「うん。うちも会えるから、嬉しい」私は言った。と、研究室のデジタル時計が、授業開始の知らせに、ぴぴぴと小さく鳴った。
「おっと、行かないと」矢和田が言った。
「じゃあ、先に出るね」私は、椅子から立ち上がって、バッグを持って、ドアの鍵を横に回した。ドアを開けながら、斜めに矢和田を見た。矢和田は椅子に座ったまま、微笑んで、左手を軽く上げていた。いつもの、別れのあいさつ。
廊下に出た。普通にドアを閉めて、いつも通り。私は、右手のエレベーターの方に足を向けて、そっちに進みながら、今度、矢和田とお好み焼きを食べに行こうと考えていた。