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 新歓コンパは、三条の居酒屋で、夜六時から始まった。

 私の学部は、比較的、人数が多いし男女の比率も半々だから、助っ人を頼む必要はなくて、ラクだった。しかし、どうして院生の私が、新入生の幹事役を任されたのか、そのいきさつは、いまだによく分からない。

 今年の新入生は、まだまだ、若くて、元気で、ビール一気飲みなんて、どこの席でもやっていた。私は、適当にしときなよ、と言いながら、皆に、お酒と料理がいき渡っているか、確かめながら、席を移り歩いた。

 でも、この妙なハイテンションの空気の中にいると、それだけで、皆の楽しい気分が私にも伝わって、それに感化されてくる。

「せんぱーい、先輩も飲んでくださいよぉ」と、ほろ酔いの後輩一人が、私に焼酎をすすめてきた。この子、結構、飲めるクチだな。その子の隣の席が空いていたし、そこに腰を降ろして、一緒に飲んだ。他の新入生とも、たくさん話をした。新入生は嬉しそうに、大学の印象について語っていた。その子達は、ちゃんと夢があって、将来のビジョンを持ってた。元気があって、話をきいてて、私も楽しくなった。

 九時にその居酒屋を出た。後はそれぞれ好きなように、二次会に行くなり、カラオケに行くなり、好きにして、と言って、各自解散の形をとった。私は、来ていた二・三回生に後を任せて、京阪三条駅に向かった。

 駅で、【丹波橋乗換】のボタンを押して、マンションまでの切符を買う。頭が少し鈍っていて、小銭を出すのに手間どった。電車に乗って、マンションに帰るまで、あまり時間を感じなかった。一応、本はいつも一冊は持ち歩いているけれど、読まずに、窓の外をぼーと見ていた。

 マンションのドアを開けて、すぐ手前にある電灯のスイッチを押して、台所を明るくした。鍵は忘れずに、ちゃんとかけた。足元が、ふらついているのが分かった。「まっずいな〜」と、言って、私はくすくす笑えてしまった。上着だけ脱いで、そのまま、ベッドに落ち込んだ。こうやって、羽毛布団に、勢いよく倒れ込むのが、好き。

 ベッドに寝転んで、そのまま、ぼんやりして、両腕を頭上に伸ばした。天井と、それを一部遮る、自分の手の甲を見つめた。それだけで、くすくすと笑いが止まらなくて、それがまた面白くて、私は、そのまま、ふふっと吹きだした。

 今日はすごく、気持ちよく酔ってる。頭がまだ、ふわふわして、ただ、面白い。

「今日は楽しかった」ふっと、独り言で、そう言った。

 言って、一秒、間が空いた。酔いは、その一秒で醒め切ってしまった。醒めて、もう一度、私は、自分の気持ちを反芻した。

 今、確信できた。自覚したら、涙が込み上げてきて、どうしようもなく、果てしない、切なさが、私を包んだ。我慢なんてできなくて、私は横向きになって、号泣しだした。

 今、分かった。私が最近抱いていた、『違和感』が。

 どうしよう。携帯に手を伸ばして、涙をこぼしながら、私はお母さんに電話をかけた。

 電話がトゥルルルと鳴る間、私は何度も心の中で叫んだ。どうしようと思いながら叫んだ。

私、確実に、元気になってきてる!

 お母さんが出た。「もしもし」

「お母さん」私は言った。泣いてても、声だけは普通をよそおった。

「敬ちゃん? どしたの。今日、飲み会は?」お母さんは、少し眠そう。

「うん、今終わって帰ってきた。お母さん、お父さんのこと、ききたいことがあるんやけど、いい?」

 私はお母さんの返事を待った。

「……いいよ、何?」お母さんが優しく言った。ほっとして、私は尋ねた。怖いけど、きかずにはいられなかった。

「お母さんは、お父さんのことが今でも好き?」

「好きよ」お母さんは、きっぱり答えた。分かる。じゃあ―

「お父さんのことを、変わらずに思い出せる?」

 沈黙の余白が数秒。電話での沈黙はとても長い。余白・余白・余白……。

 穏やかで、あきらめたような声が、ぽつり、と返ってきた。

「忘れていってるわね」


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