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6

 次の日、私はすぐに、矢和田とおばさんを呼んで、昨日の見多氏との出来事を報告した。合い鍵を勝手に拝借したことと、勝手に見多氏の部屋に侵入して、証拠を押収したことも。

 喫茶店の中だったから、二人はそれほど、感情を外には出さなかった。悪いかな、とは思ったけれど、だから喫茶店を選んだ。ここの喫茶店は、オープンカフェのように、ガラス張りの喫茶店で、開けた感じが良い、と人気が高い。今日も、カップルや、オシャレな服を着た女性客で、にぎわっている。

「身近で、そんなことが起るもんなんだな」矢和田が、半分呆然とした感じで、つぶやいた。

「香、すごくショックだったと思う」私はつぶやいた。

「敬はどうして、そうやって、時々、ものすごい無茶をやらかすんだ」矢和田が苛立ち半分、怒り半分で言った。やっぱり言われてしまった。

「共犯者扱いになったら、私、矢和田に一生、申し訳なくなる」私は、目線を下にして言った。誰かに迷惑をかけるくらいなら、自分で全部、背負う方が、よっぽどラクだ。

「信じられないわ」矢和田の隣で、おばさんが、半分、呆れ顔で、何回目かのため息をついた。テーブルに置かれた見多氏のマンションの鍵を、おばさんは、つい、とつまんで、目を細めながら、それをひらひらと、顔の前で泳がせた。

「私が、香の私物をとってきてもらうために、これを敬ちゃんに渡したの」 棒読みで、おばさんが、さらりと言った。

 私は、一瞬、何のことだか分からなくて、言葉を返せなかった。次は、やっと意味が分かって、それで、言葉が出せなくなった。

おばさんは、さっさと、自分のカバンに鍵を詰め込んで、そして微笑んだ。

「私が、『見多さんのマンションに、行ってきて』と、敬ちゃんに、お願いしたの」そう言って、矢和田の方も見て、きいたわね? と目で確認を求めた。

 私は顔が熱くなった。矢和田は、軽く頭を掻いて、「そうですね」と返事した。「今回はね」と付け加えて。

 私は、つくづく皆に守られてる。ホントに、感謝し尽くせないくらい、皆から助けられてる。私は、まったくもって、底無しの、幸せ者だ。強運な人間だ。

 じゃなきゃ、こんな人生、送れない。

 

 喫茶店から出てすぐ、矢和田が、財布から名刺を一枚出して、おばさんに手渡した。

「見多さんのことは、この法律事務所に相談してください。私の友人も勤めているし、良心的な事務所ですから。私からも連絡しておきます」

おばさんは、微笑んでお礼を言った。

 おばさんと別れてから、私は矢和田に言った。

「矢和田の友達が勤めてるなら、安心ね」

「友達というか、元同僚って言った方がいいかなぁ」歩きながら、矢和田が、言った。

「矢和田……弁護士だったの?」

「とおーい、遠い昔な」矢和田は、照れるような感じで言った。

「色々めんどくさくなって、嫌になって、そんで大学に雇ってもらったんだ」今度は目を少し細めて、遠くを見るように言った。知らなかった、矢和田の過去。

 矢和田がこっちを見て、はにかんだ。

「秘密を打ち明けるって、勇気が要るんだなぁ」と言って、笑った。矢和田は、きっとまだまだ、秘密をたくさん持っている。

 いつか、今みたいに、私にまた、ひとつでも教えてくれるかもしれない、ずっと言わないでいるかもしれない。でも、一部でも、矢和田の知らなかった部分が知れて、今日ここで、私はすごく、嬉しくなった。

 今日は雲の少ない真っ青の空で、そんな澄んだ空の下、私は矢和田と最寄駅まで、タップを刻むように歩いた。




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