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今日のこの銀行は、お客でごった返していた。私はそれを眺めながら、ナイロンのソファに座り、ここの店長を待つ。銀行のアナウンスで、見多氏を呼び出してもらう。時刻は、午後四時過ぎだった。見多氏のマンションから出て、私はすぐに、ここには来なかった。気持ちを静めるために、近くの店で、コーヒーを飲みつづけてた。
店に入ったとき、多分、私は、挙動不審者に見られたかもしれない。とにかく動揺していて、自分が可笑しいことが自分でも分かる程だった。とにかく気持ちが落ち着くまで、二時間。カウンターで、コーヒーを、ただ、ぼんやりと飲みつづけた。
一度、ピークまで気持ちが揺れて、それが過ぎれば、あとは大丈夫。動揺と焦りと、苛立ちは、店に捨ててきた。
ここに来たのは、見多氏と話をするためだ。
「店長は、応接室でお待ち下さい、とのことです」受付の女性一人が、立ちあがって、しぐさで私を呼ぶ。
「すいません、ありがとうございます」私はお礼を言って席を立つ。女性はにっこりと笑って、奥の方の応接室に案内してくれる。胸のネームパネルには、『白石 礼子』と書いてあった。この銀行に勤めてから、長いのかな。そんなことを、一緒に歩きながら、考えた。
応接室で、出してもらったお茶を少しすすって、見多氏が来るのを、待った。待つ間、香の顔が、私の頭から消えなかった。香の気持ちを想像する。香が思っていたことは何だったのだろうか、と考える。見多氏が、ドアを開いて、私の視界に現れた。
「待たせて申し訳なかった」銀行での見多氏は、とても礼儀正しい口調と、雰囲気を醸し出している。店長の風格だ。見多氏と直接会うのは、あの日から、三ヶ月ぶり。もう、私の殴った左頬も、元通り綺麗になって、痕も残ってなかった。
見多氏は、テーブルごしに、私の向かいのソファに座った。
「それで、どういった用件で?」ビジネス口調に、拍車がかかってきてる。
「あなたの違法行為に関して」率直に言っておこう。その方がよさそうだと思った。小細工も、もういらない。
見多氏の表情が、無になった。ぴたり、と止まって、そのまま。私は、拍子抜けした。私の一言で、こんなに動揺して、それを隠せない、その程度の男だったのか。私は見多氏を、過大評価していたみたいだ。
「君は、一体、何なんだ」見多氏が、やっと口を開いた。開いたら、見多氏の舌は、猛スピードで、言葉をつなぎ始めた。
「この前といい、君のあの行動、常道を逸してる。僕の歯は、あれで一本、さし歯になったんだぞ。香の昔からの友人だから、何もなかったことにしてやったが、今からいくらでも、そう、暴行罪で訴えてもいいんだぞ。そして、今日は何だ? 自分のことは横に置いて、僕を犯罪者扱い? 何の犯罪者だ? 香のことか? 香と口論して、落ちる香を助けられなかっただけで、僕は犯罪者か? え、そうなのか? 君は何て非常識な人間なんだ!」
もう一度殴って、そのぴーぴーうるさい、口先を詰めてやろうか、と、一瞬、本気で考えた。でも、余計うるさくなりそうだし、止めた。それに、あまりの見多氏のなさけなさに、私の気持ちは、極めて冷め始めていた。
私は、そのまま、カバンの中から、B5サイズのチラシを数枚、見多氏に見せた。見多氏の顔色が、すううっとひき始めた。本当に、動揺してるんだなぁ。私は、そのチラシと、見多氏のマンションで見つけた、『契約書』を一枚出して、テーブルの上に、静かに置いた。
私は見多氏を見つめた。
「詐欺に、荷担したんですね」私は言った。




