3
見多氏のマンションの、305のドアの前に立つ。標識には、見多氏の名前がちゃんと貼ってあった。私は貼らないから、「律儀にやってるなぁ」と、ふと、そう思った。
ボストンバッグから、私は鍵を出した。香がもらっていた、見多氏の部屋の合い鍵。
訴えられたら、確実に捕まるだろうなぁ。不法侵入か? この場合。そんなことを、ドアの前で、しばし考えた。でも、気持ちはすくんでいなかった。もう、そんな後始末も、訴訟も、全部ひきうける覚悟は出来ていた。
「お邪魔しますよ」小さくつぶやいてから、私はドアの鍵穴にそれを差して、がちゃりと横に回した。ドアの向こうの、鍵が外れる音が分かる。私は、他の人に見られないうちに、さっさと部屋の中に入った。
男の人の部屋らしい部屋だった。玄関のすぐ右側にドアがひとつ、左側には、曇りガラス戸がひとつ。左の方は浴室とトイレだった。右の個室のドアを開けた。オーディオ機器と、小説や雑誌がいっぱいに詰まった木製の本棚が、壁三面に聳え立っている。ベッドソファと、ガラステーブルが中央にある。書物のジャンルを見て、見多氏の趣味、満開だなぁと思った。
ここを細かく調べるのは後にして、残りの部屋を確かめようと、次に向かった。廊下の突き当たりの、ガラスの扉を開けると、ダイニングキッチンに拓けた。十畳ほどもある大きな部屋で。インポートもののようだ、豪奢な絨毯がフローリング全体に敷かれて、ホームシアターセットは、部屋の隅に慎ましやかに置かれている。黒の皮のソファが、コントラストの役目を大きく果たしている。そして、ステンレスの脚のガラステーブル。木が多い私の部屋とは正反対だなぁ、と感じた。
私は、キッチンの方に目をやった。戸棚には、整頓された食器やグラスが並んでいる。調理器具は、壁にかけられて、鍋は綺麗に洗ってあり、ガスコンロの上に置かれている。シナモンや、オレガノや、ブラックペッパーなどのたくさんの調味料が、埃よけのガラス戸の向こうに見えた。その隣に、カレーパウダーの缶と、紅茶の缶があった。香の好きな、アールグレイの紅茶の缶だ。缶の模様が、クラシックで好きだと言っていた、あの紅茶缶。
私は急に涙腺がもろくなった。悲しみは、ところかまわず、急に押し寄せてくるから、困る。
でも、揺さぶられてる場合じゃないぞ。私はぐっと歯を噛みしめて、気持ちをもう一度、持ち直すよう努めた。
気持ちを治めてから、私は、次の行動に移った。
さて、ここからだ。
ダイニングルームの真中に立って、私は軽く目を閉じた。沈黙と闇が全身を包み込む。こうすると、第六感が冴えてくる。探すモノは、見多氏の『秘密』。彼はまだ、何か私達に隠している。多分、それは、知られても、別にかまわない程度のものじゃない。知られると、絶対にまずいモノのような気がする。憶測だから、証拠が欲しい。それを今日、見つけて帰りたいものだ。何時間もここに居座って、部屋をひっくり返すわけにもいかない。
さて、どう探そう。
そこまで意見をまとめて、私はゆっくり目を開けた。もう一度、部屋の中をゆっくり一望した。うん、そうだ。
見つけ方は、簡単。ここには香も頻繁に来てたんだ。だったら、香が決して、手を出さないところを、探してみればいい。
香は機械に弱い。皆知ってる。