第四部 1
久しぶりにバイトが休みになって、部屋でのんびりする時間ができた。のんびりというより、荒れ始めた部屋の掃除をしなければいけなかった。
フローリングを箒でまず、さっと掃く。フローリングワイパーで、細かいごみをとる。それから、雑巾を石鹸水に漬けて、硬く絞ってから、水ぶきをする。家具やテーブルの隅は特に丁寧に。
こういった頭を使わない作業に、熱中するのは、結構楽しい。一緒に、テレビやコンポの埃も全部払う。先にこっちからしておけばよかったかな、と少し悔やんだ。部屋を綺麗にしてから、洗濯物をとり込んで、ベッドの上でそれをたたんだ。
たたみながら、私は、ずっと、留守番電話をチェックしてなかったことに気付いた。
「しまった」いつから確認してなかっただろう? よく覚えてなくて、とりあえず、最初から、残っている分だけきいてみた。もしかしたら、香が入院した頃から、全然チェックしてなかったかもしれない。
留守電の【巻き戻し】ボタンを久しぶりに押した。きゅるきゅるとナイロンが回る音が続く。がちり、と音がして、電話が報告を始めた。
《伝言は、全部で三件です》続けて、ききなれた声が、一方的に話し始める。一件目は、お母さんからだった。内容をきいて、かなり前の伝言だということが分かった。
「あららー」私は二件目を続けてきいた。二件目は矢和田からだった。春休み中の、大学の掲示板について。三件目は、無言電話だった。一分は続いてた。
何だったんだろう、これは。ちょっと気になって、もう一度巻き戻して、三件目の伝言に耳をすませた。
やっぱりただの無言電話。でもなかった。留守電の微かなノイズじゃなくて、きき逃すほどの、小さな雑音が入っていた。そして、終わり十秒前くらいに、何か、ががん、という鈍い音が、一瞬鳴って、その後、勢いよく、がちゃんと電話は切られた。
全部、注意しないときこえない、小さな音だった。私は、この伝言の電話番号が、留守電に保護されていないか確かめた。
残っていた。私の知らない番号だ。
妙な気分になってきた。私はアドレス帳を開いて、まず、香のマンションの電話番号を確かめた。知っていたけれど、やっぱり、違う。
ふぅと息を吐いて、妙な気分と一緒に、留守電も消すことにした。でも、止めた。その前にもう一度、アドレス帳は横に置いて、タウンページに手を伸ばして、ページをめくった。
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見多氏の銀行からの着信だった。
ダイヤルを回して、相手が出るのを、待つ。明るい声の、女性が出た。
「はい、MT信用金庫でございます」
「お忙しいところ、失礼します。私、朝来と申しますが、以前、そちらからお電話を承ったようなのですが」
「さようでございますか。どういったご用件でしょうか?」
「いえ、それが、留守電でして、私もよく分からないんです。夜、十時に入っていたので、緊急かと思いまして」
「そうですか。ですが、こちらでは、夜七時以降の、お客様へのお電話は避けておりますもので…もしかしましたら、お電話番号の、間違いではありませんか?」
「ああ、なるほど。そうですね。多分私の番号間違いみたいです。お忙しいところ、失礼しました。ありがとうございます」
「いえ、とんでもございません。失礼いたします」
「失礼します」チン、と電話を切って、私は、頭をかしげて、肩のコリをほぐした。留守番電話に残ってた、番号そのままをかけて、見多氏の銀行につながったんだ、番号間違いじゃないだろう。
私の電話に向けて、夜の十時に、電話がかけられたんだ。店が閉まった、見多氏の銀行から。