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中学生の頃は、家のごたごたを、香には言ったことはなかった。香にも、誰にも言わずに、自分の中に、気持ちを押しとどめてばかりだった。
「中学の頃から、家の中、結構荒れてたんだけど、でもね、香といると何でかな、すっごくラクだったんよ」今日、初めて香にそれを告白できた。香は、眠ったまま、私の話をききつづける。
本当にそうだった。香といるとき、私の家庭の悩み事は、それが一時的だとしても、どこかへ消えてしまっていた。それを無意識のうちに感じていたのか、私は時間があればすぐに香の側に行って、二人で何でもない、お喋りを繰り返した。
あの頃の私は、周りとの付き合い方が下手すぎた。香にべったりの関係になっていた。
「矢和田にねー、そのことを、一昨日話したんよ。そしたら、『そんなに、べったりだったの?』ってきき返されたよ」私は、矢和田の不思議がる姿を思い出して、ちょっと、む〜とした顔を、香にして、見せた。
「あの頃、香は、私のこと、うっとうしくなかった?」いつか、「うっとうしかった」と言われたら謝ろう。そう思いながら、私は香の頭をなでた。
中学生の頃は、はたから見ても、私は相当、香にべったりだったと思う。後輩から、「先輩達ってレズなんですか」と冗談半分にきかれたこともあった。とにかく私は極端で、話したくない人とは、絶対話さないで、香とばかり話をしていたから。香に話したいことがあれば、すぐに行って、話を続けた。そんな私の接し方が、よろしくないことに気付いたのは、中三の春。大勢の部員で、わいわい話していたとき、誰かが、「親友って、誰だと思う〜?」といった質問を、おもむろにした。私は、軽く、「香やね」と言ったとき、香はあいまいな表情をした。そして「そうよ、そうしとこう!」と言った。何気ない、一連の会話。
動揺していたのは、多分私だけだったろう。
「しまった!って思ったね、あのとき」私は、眠る香の前で、しみじみとそう言って、また、あのときの恥ずかしさを、ありありと思い出した。ものすごく一人百面相みたいなリアクションをとりたくなった。
そのときから、香への接し方を、考え直すようになった。
香に、意見を押し付けてはいないか? 私ばかりしゃべっていないか? きつい口調になっていないか?……
それらが全部当てはまっていて、私はまた、すごく恥ずかしくなって、反省したのを覚えている。
「前よりかは、大分ましにはなったかな?」私は香にきいてみた。以前から何度か、香に同じ質問をした覚えがある。「よく今まで、うちと友達でいてくれたよなぁ。中学のときなんて、もうダメダメやったやん」と。香はそう言うたびに、くすくす笑うだけだった。
でも大学三回生の頃、またそう言ったとき、香に、「いやいや、今だから言うけど、あの敬ちゃんらしさが大好きやったんよ」と言われて、本当に驚いた。短所か長所かなんて、相手のとり方次第で、決まるものなんだなぁと思わされる一言だった。
親友と思える香の、親友になりたかった。
香を大事にしたいと思う気持ちは、時を重ねる毎に、強くなっていった。香を大事にすると、どうしてか、私は気分が落ち着いて、香と一緒のことで喜べたときは、一人で喜ぶよりも、ずっと幸せな気持ちになった。
高校は、同じ学校を受験して、一緒に合格した。高校までは、バスで三十分かけて行く。学校の最寄のバス停から、さらに二十分歩く。毎朝、降りたバス停から、学校まで、香と二人でとりとめのない話をした。昨日のテレビの話題。学校生活。部活の話とか、とにかく色々。部活は、香は何にも入らないで、私は、テニス部に入った。私は、香もテニス部に入って欲しかった。
「何回、テニス部に入ろう!って言っても、嫌だよ〜!って断ったよなぁ」
私は、香の顔を見た。実家から持ってきた、高校のアルバムをめくりながら、香に話しかける。
引退試合になった、春の大会の応援席に、香がちょこんと居る写真が一枚。
高校生になったら、のんびりしたい。香が部活に入らなかった理由は、それ。残念だと思いながら、香らしい決め方だと思った。どこか、年寄りくさいというか、無理しない主義というか。
私とは正反対で、いつも穏やかで、のんびりとした空気に住む、香。家族円満で、弟の晃君とも仲良しで、二人が歩いていると、恋人に間違えられたこともあったそうだ。よく、家族四人で旅行に行って、その話を、お土産のお菓子と一緒に香からきいて、私は、ねたましいとか、うらやましいと思ったことはなかった。
ただ、家族は、もろいものだと知っていたから、そのまま、香の家族が仲のいい家族でありますようにと、一人願った。「香と香の家族はそのままで」という思いだけが募った。実際、私の心配は、ずっと気苦労に終わっていて、それが嬉しい。香の家族は、今もみんな仲良いし、それを見ていると、ほっとして、暖かな気持ちに包まれる。
ただ、香は、今は眠ってしまっているけれど。
「な、香」私は優しく、香の頭をなでた。「……」そのとき、私の頭の中に、ふっと記憶のひとつがリプレイした。