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6

 日曜日、香の病室に行く前に、私は石詰先生に会いに行った。日曜日だから、先生はまだ、時間に余裕があるはずだ。先生は手土産のパウンドケーキを、すごく喜んでくれた。先生は、ゴマ入りが好き。

「お茶を淹れよう。まだ面会時間まで間があるだろう」

「はい。ありがとうございます」私は職員控室のソファで、先生がお茶を淹れるのを待った。やっぱりここはちょっと、気詰まりするけれど。先生は、早速、ゴマケーキを切って、お皿に載せてきてくれた。自分が作ったお菓子を、誰かが私の目の前で食べるのも、誰かの前で自分が食べるのも、どちらも、なぜか照れてしまう。でも、先生が満足げにケーキを食べてくれるのは、嬉しい。

「布瀬さん、面会してて、どう?」先生が尋ねた。

「見た感じは、変わってない気がしますね」私は残念だけれど、答えた。

「うん。俺も、診察してて、やっぱり、顕著な変化は見つけられなくってね。でも、このケースは、本当長期戦だからね」

「うん」おばさんも先生も、私も、長期戦は覚悟してるし、嫌だとも思わない。ただ、香がどこまで耐えられるのかが、一番心配だ。

「階段から落ちて、こんな風になる事例って、結構あるんですか?」私は、何となく先生にきいた。

「布瀬さんは、打ち所が悪かったんだな。二度頭を強打して、側頭部なんて、階段の角にぶつけたみたいだね、鋭い外傷も見られたよ」

「二回頭を打ったの?」初耳だった。

「そりゃ、一番上から、転がるように落ちたからね、二度打って当然じゃない?」先生が、弁護するように言った。流石、先生、私が言いたいことを、何となくでも感知している。

「敬ちゃん」先生が先手を打った。じっと私の目を覗き込んで、先生は重たく言った。

「映画じゃないんだぞ」

「先生は、そういう可能性はゼロだと思うの?」私は、簡単には譲らなかった。

「この数ヶ月の間で、警察も、事故現場をちゃんと調べたよ。主治医として、報告書の一部も見せてもらったし、俺は事故だと納得してる。もし、仮にだ、押されて布瀬さんが落ちた場合、身体の打撲の仕方とか、落下地点とか、指紋の残る場所とか、全部が今とは違ってくる」

「じゃあ、香は、自分で階段を踏み外したって、ことですね」私は念を押してきいた。

「そうだと思う」先生は自信を持って、答えた。

 じゃあ、こっちはどうだろう。

「先生」私は先生にもうひとつ、きいた。

「見多さん自身、先生から見て、どう?」

「敬ちゃん」先生が困った顔をする。

「俺の専門は、脳外科兼、臨床心理であって、プロファイリングじゃないんだよ」

「分かってます。心理学者の立場から」私は少し、ねだるような、上向き加減の目線で、先生の意見を待った。先生は、真面目な顔になってしばらく黙った。そして、ひとつ小さなため息をついて、一言だけ答えた。

「まだ何か、隠してるね」


 香の病室に着くまでに、密度の濃い話を先生と交わしたせいか、病室のドアを開ける前まで、何となく、体と頭が重たくて、だるかった。でも、ドアを開ければ、その気分も切り替わって、幾分、ラクになった気がした。香は今日も同じベッドで、静かにそこで、眠りについている。私はゆっくり香に近づいて、ベッドの横にたどり着いてから、

「よ、久しぶり。元気だった?」と、いつもの挨拶を交わした。

「君の彼氏は、何なのかなぁ」私は、少し、かしげるしぐさをしながら、ちょっとふざけるように、香にきいた。あの夜の出来事の全ては、香と見多氏しか知らない。私が憶測してもしょうがない。

 だから、ここに来たら、香との思い出話だけを綴ろう。

「さ、今日はどこから話すかぁ」気持ちの切替は、昔よりは大分早くなった。香の前で、悶々と分からないことを悩んでいても、しょうがないだろう。

 そうして今日も記憶を綴る。




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