表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/52

8

 朝、十時頃に電話が鳴る。受話器をとったお母さんの顔が、氷より冷たそうな表情になった。私は、お母さんの顔を見て、無言で驚いたけれど、何事が起きて、お母さんがそうなったのかが、まだ分からなかった。お父さんがそんなことになったなんて想像もつかなかった。当たり前だけど。

 小刻みに震える手で、お母さんが、片手で受話器を胸に当てて、もう片手で、側にあったテレビのリモコンをとる。かちりとテレビの電源を入れた。私は、テレビ画面とお母さんを交互に見た。

 まず、バラエティーが映った。甲高い笑い声を上げて、部屋がそんな電子音で一杯になる。でも内容は覚えてない。見る暇がなかったから。

チャンネルは、ニュース番組の、お父さんの乗った、飛行機事故の報道に切り替わった。こっちの内容もほとんど覚えてない。じっくり見る余裕はなかったから。暴れるお母さんを抑えるのに、私は必死だった。

 一時間で、家の食器棚が二つ倒れた。勢いよく倒れるから、埃よけのガラス戸は、粉々に割れて、床に広範囲に広がった。私は手のひらを、お母さんは膝を切った。カーテンは破れて、花瓶は倒れて、テレビは淡々とニュースをつづける。一瞬のうちに、私の家は、空き巣に入られるよりも、残酷に、えげつなく、荒れた。

 でも、私と、とりわけお母さんの心は、そんなものじゃなかった。割れたガラスの破片よりも、粉々に、ぱらぱらになった。それでいて、拾い上げようと触れてくるものには、すぱっと切りかかり、血をこぼさせる。人の心は、いつでも修羅になれるんだった。

 私達を初めて見つけたのは、お父さんの親友の石詰先生。電話回線が切れていたので、わざわざ家に訪ねて来てくれた。訪ねて来たのが、石詰先生でよかった。先生はすぐに、私達二人に適切な処置をして、お母さんは病院に入院した。石詰先生が家に来たとき、お父さんのニュースを見てから、もう丸一日が経っていた。お母さんをつかみながら、壁かけ時計の二本の針をずっと目で追っていたから、時間は正確だったと思う。秒針が、規則正しく円を描く。止まることのない針を眺めながら、私は、働いているのか、いないのか、それすら分からないあやしい頭で、どうしてこんなことになったのかと考えた。丸一日、ずっとそれだけを考えていた。

 この結末に至った理由を山ほど考えた。考えている最中、お父さんの顔は私の頭から消えることは、なかった。

 あの日の私思い出すたび、今でも涙があふれてくる。

でも、私も少しは大人になれた。「どうしてああなった?」今は、「とにかく、ああなった。それだけ」と思えるようになった。とってつけようと思えば、原因は幾らでも出すことができた。でも、そんなことをしても、後ろ向きなだけで、結局、何も前に進んでないことに気付いた。

 だから、「理由探し」はやめた。最初は怒りをぶつける矛先が無くなって、イライラしたけれど、でも、それも越えたら、私は前向きに、ずいぶん元気になれた。 

 ま、それでも「ああなって、今の私がいる」。そう受け止められるようになるまでには、ずいぶん時間はかかった。かかったよ、ね。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ