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 日曜日―図書館のトイレで泣きはらした、次の日―。今日は、いっそう身体が重たい。休日だから、大学も、塾も休みだ。

 することがなくて、余計に気持ちが不安定になった。

「何かしないと」そう言いきかせて、ベッドから起きようとしたのに、起き上がれない。どうしてか、身体が動かない。動けない自分に対して、どうしようもない、嫌気がこみ上げてきた。涙がにじんできた。悔しさが全身を覆って、なさけなさが私をけなしだした。

 なさけない。何でこんなに私は、なさけないんだ。ベッドに横たわったまま、頭だけ動かして、私は天井を見上げた。悔しいまま、ぼんやりと天井を見続けた。天井は、長方形の板が規則正しく貼りつけられていて、迷路みたいに見える。涙は目じりから、こめかみをつたって、ぽたぽたと落ちた。

「香」声にして、私は香を呼んだ。

「香」今度は、香は助けに来てはくれない。

 あ。私の頭の中が、香から、違う人に切り替わった。

 お父さん。お父さんが頭の中に、フラッシュバックしてきた。こんなときに。私は余計、辛くなった。

 ふいに電話が鳴った。あまりの大きな音に、私の頭が、一瞬はっきりして、身体が、ぴくりと反応した。私は手を伸ばして、受話器をとった。

「もしもし」

「もしもし、敬ちゃん?」お母さんだった。お母さんの声をきいたら、今度は急に、感情が高ぶってきた。

「石詰先生から電話があったわよ。大丈夫なの?」お母さんが、穏やかにきく。

「香のこと? 今は、安定してるみたいよ」努めて明るく私は答えた。

「敬ちゃん」

「私は、うちは、何にもできなくて、ねえ、お母さん」ああ、だめだ。自分の言葉がおかしいと分かっていても、修正できない。徐々に感情が乱れてきて、私はまた、ぼろぼろと泣き出した。

「香が、香が死んだら、どうしよう!」私は泣きながら、お母さんに訴えた。

「待って、今からそっちに行ってもいい? 行くから、待ってなさい」

「いい、電話がいい」私は、固く拒否した。「ごめん、電話がいいの。このままが。ごめん」

私は、お母さんが気を悪くしないように、「このまま話をしていたいから、電話を切らないで」と懇願した。お母さんは、「そう」と同意して、「一体どうしたの?」とゆっくり尋ねた。

 私は、矢和田との別れ以外、すべてお母さんに、話した。誤解が生まれないように、できるだけ、丹念に。

「私は、間違っているのかな?」私は、お母さんに尋ねた。全部話し終えた今は、さっきよりか、気分は落ち着いてきていた。

「正しいとか、間違ってるかなんて、すぐには分からないし、そんなものは相対的なものよ」お母さんは、言った。

「ただ、周りを乱したことは、事実ね」お母さんの言葉は重い。私は何も言えず、見えないお母さんに向かって、うなずいた。

「私は、どうしたらいいの」

「それは、私には、何とも言えないわねぇ」お母さんは残念そうに言った。

「敬、でも大丈夫よ。悪意ない行為への誤解は、いつか正しく理解してもらえるときがくるわ。敬はそのまま嘘をつかないで、誠実にしていけば、それだけでいいのよ。香ちゃんを想って、見多さんを殴ったんでしょ。やり方はまずかったけど、その気持ちは、悪いことじゃなかったと私は思うわ」お母さんの言葉は、一語一語が心に沁みる。

「香ちゃんに、何かしたいと思ってるなら、まず、自分を整えなさい。敬が健康じゃなくて、誰を助けられると思ってるの」お母さんがぴしゃりと言った。

「ごもっともです」私は、頭が上がらなかった。というか、一番難しいことを言うなぁ、とうなだれた。

「じゃあ、寝て、休んでいいかなぁ」私は、涙をぬぐいながら言った。

「そうなさい」お母さんは付け加えた。「疲れてると、ネガティブなことしか、考えられなくなりがちでしょ」確かに。私は納得して、うんうん、とうなずいた。

「何かあったら、いつでも言ってきなさい」お母さんが優しく言った。

「ありがとう」私は、感謝を込めて返事して、静かに電話を切った。切ると、部屋は沈黙に包まれた。私は、ばふんと、羽毛布団に、身体をうずめた。急に眠気が襲ってきた。身体も、じわじわ重たくなってきた。気分はずっと気持ちよくなっていた。

 今日は長く寝られそう。起きたら、ご飯作らないと。私は、もう、朦朧となっている思考回路で、そう思った。お母さんの言うとおりだ。そうだよ、まずは、私が元気じゃないと。

 矢和田の夢も、香の夢も、お父さんの夢も、今日は何も見なかった。私は一ヶ月ぶりに、熟睡というものを手に入れた。




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