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誘拐と覚悟 其の三

ちと長いです。

「行ってどうするんだい? あんまり危ないことはしないでおくれよ?」

 黒木は呆れつつも気が気ではない。

「危ないことをするなと言うのは相手さんに言ってくれ」

 そうこうする内に現場に到着した。そこは病院の駐車場。マスコミやらテレビやら野次馬で人は溢れかえっていた。

「で? どこにいるんだ?」

「待ってください。直接会うつもりですか?」

「そりゃそうだろう。でなきゃ話しができん」

 それを聞いた西堂は携帯電話を片手に色々な所に電話をし指示をだしているようだ。

「犯人は正面の玄関にいるそうです。凶器はナイフだけですがそうとも限りません。拳銃を所持している恐れもあります」

「わかっている。あぁそうだ。椅子を二つ用意してくれ」

「椅子……ですか?」

 西堂は不思議に思い聞き返していた。

「あと、絶対に撃つなよ? 撃つなら俺に何かあった後にしてくれ」

「それでは意味がありません」

「とりあえずギリギリまで撃つな」

 冬扇はそう言うと用意された椅子を二つ持ち、犯人のいる正面玄関へと向かった。

 当然まわりには護衛を従えている。マスコミやテレビも冬扇のことに気がつき、次々とフラッシュがたかれ、その模様は全国に生中継された。

「ここまでいい。西堂、頼んだぞ」

「はっ」

 冬扇はゆっくりと歩きだした。

「止まれ」

 そんな冬扇に声をかけたのは犯人だった。

「誰だ? 止まれ」

「誰だとは妙な聞き方をする。お前が俺を呼んだろ?」

 お互いに見据え、言葉を交わす。

「お前が如月冬扇か?」

「そうだ。あんたは?」

犯人は少しためらいながら答えた。

「……垣迫だ」

 垣迫と名乗った男は見るからにどこにでもいそうな普通の三十代後半の男だった。よもやこんな男がこんなだいそれた事をするとは世の中どんどんおかしくなっていくなと冬扇は思った。

「で? 俺に何の用だ?」

 冬扇は聞きながら再び歩を前に進めた。そして垣迫との距離二メートルまで近づいた。持っていた椅子を二つ、向い合せにおき、その一つに腰掛けた。

 半ば呆然に冬扇を見つめる垣迫。そんな垣迫にどうぞと手で促した。しかし垣迫は当然のごとく、その椅子には座らなかった。

「お……お前の血をよこせ」

「それはなぜ?」

「……娘が……娘がガンなんだ。でも治療できる金がない」

「それは金を貯めなかったあんたにも非があるんじゃないか? 全てを俺のせいにするのは間違っている」

「う……るさい」

「それにこんな事をして娘が本当に助かると思っているのか?」

「これしか方法がない」

「どんな理由があるにせよ俺が今まで血を個人的に分け与えたことがないのは知っているよな? それでもこの方法を選んだのか?」

「少しでも可能性があるのなら……娘の為に自分の命を投げ出すことぐらい容易い。それに人質はお前の妹だ。お前は必ず血をわける」

「お前は一つ勘違いをしている。お前が人質にとっているそいつ。たしかに俺の妹だが、血縁関係はないぞ」

「なっ―――嘘だっ」

「別に嘘じゃない。ただ幼いときに一緒に過ごしただけだ。本当の妹ではない。それにそいつは俺の忠告を無視してな。それが今の現状に至っているわけだ。俺は呆れてものも言えない。どうなろうが俺の知ったこっちゃない」

 見放した。

 公の場で堂々と言ってのけた。しかもそれが本気だと誰もがわかるほどだった。

「ふ……冬にー……」

 冗談でしょうと声を震わせて絞り出す。しかし返ってきた言葉はなかった。自業自得だと。その表情で言った。

「お前は馬鹿だ。ただの馬鹿だ。こんなこと起こるはずがないとか思っていたんじゃないか? お気楽な頭だな。反吐が出る。今の現状はお前の責任だ。死んだって文句は言えんし、俺は自分を犠牲にしてまでお前を助けない。助ける気もない。世界だってお前の命よりも俺の髪の毛一本の方をとるだろうな。俺とお前は対等じゃない。こんなにも馬鹿げている。お前の頭ん中みたいだな」

 そう言って冬扇はくつくつと笑った。それは傍から見たら異常な光景に思えるだろう。仮に本当に血が繋がっていなくとも顔は知っている存在だ。幼いころに同じ時間を共有した者同士だ。それこそ本当に家族のように育ってきたはずだ。

 それを―――。

「関係ない。勝手に死んでろよ」

 見放した。

「…………」

 吟子は何も言葉に出来ないし、涙も流れなかった。ただただ唖然と冬扇の顔を見ている。

「さて、そんな餓鬼のことはおいといてだな。少し話をしようか。俺はそいつを助けるためにここに来たわけじゃない。あんたに興味があってここに来たんだ」

「興味……?」

「そうだ。あんたの覚悟の度合いを見に来たと言ってもいいかもな。まぁそれは先ほど確認がとれたが。なかなかの覚悟だった。あぁ、ところで娘は何歳だ?」

「……六歳になる」

「そうか。俺は子供が嫌いでねぇ」

「…………」

「べっぴんか?」

「はっ?」

「娘は将来、美人になるのかと聞いている」

 なぜそんな事を聞くのかと不思議に思ったが垣迫は自信気に答えた。

「美人になるのは決まっている。……妻は学生の頃コンテストでミスをとったこともある。その血を受け継いでいるから……美人になるだろう」

「そうか。娘は今どこにいる?」

「……この病院だ」

「名前は?」

「垣迫恵那」

「先生っ! 聞こえただろ? 今すぐ手術の準備だ」

 黒木は人だかりの中、手を大きく上にあげた。

「な……ん……」

 何がどうなったのか垣迫には理解できなかった。

「あんた。今から娘の所に行って会ってやれ。自分の願いは叶っても一緒にいられないことぐらい考えていただろ? その餓鬼を放して今すぐ娘の所に行け。警察が来るまでのわずかな時間しかないがな」

「何で……?」

「あんたの覚悟、しかと受け取った」

「俺の……覚悟?」

 未だに理解できていない垣迫に冬扇は誰にも聞こえないように小声で言う。

「それに俺には俺の目的があってね。これはあんたを利用させてもらった礼だ。」

冬扇はその言葉を言うと椅子から立ち上がり、垣迫は吟子を解放して急いで病院内に入って行った。

 吟子は解放された。そして地面に手をついてこれは悪い冗談だと言い聞かせる。ふと自分の視界に足が見えて視線をあげる。

「冬にー……」

「立て」

 さっきのは全て冗談だという言葉を吟子は待っていたがそんなものは存在しない。

 冬扇は吟子の顔面を思いっきり殴ったのだ。その小さな体はいとも簡単に地面へと倒れこんだ。そんな二人はテレビで生中継されている。

「お前と俺は関係ない。血も繋がっていない赤の他人だ。ただの他人にすぎない。ただ顔を知っている程度の存在だ。」

「…………」

「俺が警告したのを無視したからこうなる。これで冗談じゃないとわかっただろ。この次は本当に殺されるかもしれない。それがわかったんなら選択肢は一つしかない。二度と俺に係わるな。お前なんぞ知るかっ。そして―――」

 冬扇の手はきつく握られていた。

「そして……二度と、二度と―――俺の前に顔を見せるんじゃねぇ」

 そう言い残して冬扇は病院内へと入って行った。倒れている吟子を見ることはなかった。吟子は俯き、その表情は読み取れない。すぐに美流が駆け寄ったがその表情はかわらなかった。

 それから冬扇の血は無事に垣迫の娘へと流された。垣迫はそれを確認し、その場に泣き崩れた。そしてそのまま娘に会うことなく警察へと連れて行かれた。

「全く……冬扇くんの気まぐれは困ったもんだね」

 黒木は呆れながらも、その表情は嬉しそうだ。

「これが最初で最後だ」

「わかったよ。ところでこれはいつから思いついた計画なのかな?」

「……なにがだ?」

「妹の吟子ちゃん。血の繋がった本当の妹だろ?」

「…………」

 冬扇は何も答えない。

「根拠は何もないが、あえて言うなら君たちはソックリだよ。あの状況、あの公の場であんなことを言ってあんなことをすれば吟子ちゃんは君とは関係がない。人質としての意味はないと世間は考えるだろう。それが今回の君の狙いだ。違うかい?」

「…………」

 冬扇は何も答えない。

「もう自分とは会えなくなるかもしれない。それでも命の危険はなくなるし、その血を調べたりもする必要はなくなる。如月冬扇の一世一代の大事な大事な妹を護る為の大嘘だ」

 黒木は身振り手振りで嬉しそうに言った。

「…………」

 冬扇は何も答えない。

「僕の推理は間違っているかな?」

 視線を逸らさずに聞く。

「……間違ってんよ。あいつは赤の他人だ。俺とはなんの関係もない」

「そうか。僕の勘も鈍ったかな」

「先生」

「なんだい?」

「俺はさ、先生のこといなくなってほしいとは思わないんだよ」

「そうかい。それは嬉しいねぇ」

「だからさぁ」

「わかってるよ。これ以上無駄な仮説は言うのはやめよう。僕はまだ死にたくないし、まだ色々と研究をしたいからね」

「……んじゃ俺の用事は終わった。帰るわ」

「お気をつけて」

 この場を黒木に任せて冬扇は西堂に連れ再び自らカゴの中に戻ったのだった。



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