誘拐と覚悟 其の一
その日はよく晴れていた。
こんな日に引きこもっているなんて正気の沙汰とは思えないほどのいい天気だ。こんな日には外に出かけようと普通の人は思うのだが、冬扇はそうもいかなかった。
「なぁダメか?」
「ダメです」
「どうしてもダメか?」
「ダメったらダメです」
先程から冬扇は看護師を口説き落とし外出の許可を得ようとしているが中々難しいようだ。
この看護師、名前は希崎と言い、見た目はかなり美人だ。整った顔立ちをし身長も高く細く、モデルと言えば誰もが納得するような風貌をしている。
「ケチ」
「ケチで結構です。それに私に言うより黒木先生に言ってください」
「あの人はもっとケチだからな」
「最初に私を落とし仲間をつくり、後に黒木先生に言った方が勝率が上がると?」
「御名答」
実際には外に出る気など毛頭ない。この看護師とこのような会話をし、それなりに楽しめれば満足なのだ。仮に落とせたら、それは単なるオマケでありラッキー程度なのである。
「全く……君は頭が悪い方向にいいですね」
希崎はため息をつき違う病室に足を運んだ。
ナースステーションに仲の良い人が居なくなり冬扇は「退屈だな」と言葉を漏らし部屋に戻る。
「そんなに外に出たいですか?」
聞いてきたのは護衛をしてくれているSP。名前を西堂と言いガタイがいい大きな男だ。短く刈り上げた髪で額に大きな傷がある。黙っていればかなりの威圧感がありヤクザも真っ青の怖い顔をしている。そんな西堂は部下を何人も持つ日本屈指のベテランのSPだ。
「出たいと言えば出してくれるのか?」
「先生と検討はします」
「……いやいい」
西堂はかなり気のきく性格でいつも冬扇のことを気にかけてくれている。冬扇もそれをわかっているので、あまり迷惑になる様なことは西堂には言いたくないのだ。前にこのことを西堂に言ったら「私の仕事をとらないでいただきたい」と言われた。根っからのお人好しなのだろう。
今の冬扇にとっては信頼できる数少ない人間の一人だ。
部屋に戻りテレビの前のソファーに腰掛ける。
ここは病院で病室だが冬扇の部屋でもある。自分の好きなように部屋をいじくりまわして良いと言われているので遠慮なくさせてもらっている。もはや病室とは思えないほどの部屋になっている。
冬扇は特にすることもなくテレビをつけた。そこには生中継されているニュースが流れていた。
冬扇はテレビをつけたが見はせず本を手にとって読み始めた。すると冬扇の名前を呼ぶ声が聞こえた。本から意識を外し辺りを見渡す。しかし当然ながらそこは誰もいない。
不意に携帯電話の鳴る音が廊下から聞こえた。おそらく西堂だろう。
冬扇は気のせいだったかと本に意識を戻した。直後また自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。空耳ではない。たしかに聞こえた。部屋を見渡し、ある一点で視線が止った。テレビだ。
そこには誘拐、立てこもりの文字が見えた。犯人が映っている。三十代後半ぐらいの男で少女を抱えている。その手にはナイフが握られていて、その切っ先はよく知った少女に向けられていた。