好きで好きで、好きで。
アメーバブログに「よしき」の名義で掲載した小説です。
楽しんでいただけたら光栄です。
どうしたらいいのだろう。
どうしたら、彼にこの気持ちを理解してもらえるのだろう。自室のベッドに寝転がりながら、思考を巡らせる。
中学校に、上がってから出会って、今日まで一年間、私は彼を好きでい続けている。
本当は分かっている。彼には好きな人がいて、 それは、私ではなくて。
だけど諦めきれない。分かっていても、どうしても私は、彼のことが好きだった。
好きで好きで、好きで。
……でも私は、彼を諦めなければならない。
なぜなら、彼はもうすぐ、この町を離れるから。学校だって転校する。つまり。
私はもうすぐ、彼に会えなくなる。
男の子にしては長めの髪、低く安定しながらも柔らかな声、彼の全てが、遠くなってしまう。
そんなの耐えられない。だから私は、彼のことを嫌いにならなければならないのだ。
多分、少し前の私なら、きっと、案外簡単に諦めることが出来ただろう。まともに話したこともなく、ただ遠くから見ているだけだったのだから。そう、それこそ髪を切ったりして、気持ちを切り替えることが出来れば。
だけど、今は違う。つい先週のことだ。私は彼と、会話をした。してしまった。
やむを得なかったのだ。あの状況では。
「髪、切ろうかなぁ……」
前髪を摘まみながら、独り言を呟く。自分を洗脳するように、『彼のことが好きだった自分は、もう居ないのよ』って。散髪をひとつの区切りとして。
先週、私はクラスの日直を担当することになった。友達が風邪で休んで、その代理を引き受けたのだ。
だけど、それが失敗だった。あ、いや、日直を引き受けて後悔はしてないけど……。けど、まあ、ごにょごにょというやつだ。
結果から言えば、彼も日直だったのだ。代理ではなく、正規だけど。
そして担任の先生に、私たちは頼まれごとをした。よくあることだ。資材を準備室に返してきてほしい、と。
二人で並んで、廊下を歩いた。会話など、一切なしのこと。
そして準備室で、資材を所定の位地に戻した。
椅子の上に立って、棚に段ボールを上げようとした時、私はバランスを崩した。思わず慌てた声が出る。
床に固い音がする。椅子が倒れた音だ。
尻餅をつくのに備えて、全身に力を入れていたのだけど、何故か私は、なんの痛みも感じずに済んだ。
「あ、あの……大丈夫?」
こめかみの、少し遠く。柔らかな声が聞こえる。
ふと振り向くと、思っていた以上に、彼の顔が近くにあった。
え、と言うか、私、今、彼にお姫様だっこされてるっ!
私は慌てて、多分彼も慌てて、二人で顔を逸らそうと体を動かした。
お馬鹿な話だ。またバランスを崩して、結局二人して床に倒れ込んだ。
「……え、あ、あの……ごめんなさい」
緊張して、声が上ずる。表情を見るに、彼もなんだかぎこちなかった。いつも男の子とばかり話してるし、女の子と触れ合うのは初めてなのかな?
直前にお姫様だっこのことで焦りすぎたからか、体が触れ合っていることに関しては、自分でも驚くくらい冷静に受け入れられた。
でも、離れなきゃ。いつまでも彼の膝の上に居たら、きっと不自然に思われる。
ああ、離れたくないなぁ。でも離れなきゃ。でも。でもなぁ……。
彼の深い息遣いが聞こえる。
「は、初めて、喋るよね。僕達」
「え、あ、そ、そうだっけ?そう、かもね」
お互いに渇いた笑い声を漏らす。
そうだっけ、じゃないよ。本当は自分だって、今そう思っていたくせに。
――大した会話はしなかった。
「多分知ってると思うけど、僕はもうすぐ転校する。でも、その。まあそれまでくらいは、仲良く、しよう」
「あ、うん。そうだね。よろしく」
「……うん」
「うん……っ」
そして、最後に二人で、固い笑顔を見せあったのだった。
ああ、どうしよう。思い出したらまた嬉しさが込み上げてきた……!
枕に顔を押し付けながら、足をバタバタ布団に打ち付ける。
一通り興奮して、落ち着いた頃。なぜかため息が漏れる。
「仲良くしよう、か……」
結局あれ以来、一度も喋ってないし、あの時は脈ありかな、なんて思ったりしたけど、やっぱり現実はそんなに単純じゃないなぁ。
もういっそ、砕けるの覚悟で告白とかしてみるかな……。
そんな風に悩んでいると、携帯にメールが届いた。この着信音は、クラスメート同士でやり取りをするために作られた、目的がよく分からない連絡網だ。実際には連絡することなどなく、ただただ無駄話をしていたりする。
今回もどうせそれだろう、と思っていた私は、その文を読んだ瞬間、息をつまらせた。吐き気すら覚えて、トイレに駆け込んだ。
『予定より早く転校するらしい。今日学校休んでいたのも、荷物を整えていたからって噂』。
名前こそ書いていなかったものの、誰のことを言っているのかは、明確だった。
今日、学校を休んでいたのも、そもそもうちのクラスで転校が決まっている人なんて、一人しかいないのだ。
行かなきゃ。彼のところに。行って、好きだって、言わなきゃ。
立ち上がろうと体に力を入れた途端、再び強烈な吐き気に教われる。
なんで……なんで……行かせてくれないの。神様……。
吐き気は治まらない。けれど、私は脂汗を掻きながら、立ち上がった。
「こんな遅くにどこに行くのっ」
お母さんの叱責を無視して、家を出る。
胸が苦しい。色々と、意味を含んで。
「好き。好き。好き」
彼の家に向かって走りながら、練習をする。結果なんてどうでもいい。私は彼に告白して、……そう。告白して、振られに行くのだ。だって私は、
「君の、ことが……」
涙が出てきた。ああ、振られるのかぁ。やだなぁ。
彼の家が見える。その家から、車が出ていく。
その車に、彼の横顔を見た。
もう足が痛い。だけど、私は走る速度を上げた。
「待って……待ってよ……っ」
私は彼の名前を叫んだ。でも気付いてくれない。
何度も何度も、名前を呼んで、足を踏み出した。
待ってよ。私は、君に振られるまで諦めることは出来ないんだから。
疲れ果ててから、だけど五分くらい走っただろうか。車が信号で止まり、ようやく追い付くことが出来た。
車の窓に手を付いて、引き止める。彼が驚いた表情をしていた。
「どうしたの。そんなに、息を切らして。大丈夫?これ、飲む?僕の飲みかけで良ければ、全部あげるよ」
「あ、ありがとう……」
ペットボトルのドリンクをもらい、口に含む。柔らかな液体が、喉の奥を滑り落ちていく。
もらった約半分の量を残して、ペットボトルを彼に返す。その間に、彼の家の車は、発進した。近くに停車するのだろう。
それを横目に見ながら、一度だけ、深呼吸。
「あのねっ、私」
「え、うん」
どうしよう。感情が抑えられない。溢れ出る想いが、元々出ていた涙を増量させる。
「え、あの。大丈夫?どうして、泣いてるの?」
心配してくれる彼に、私は勢い良く抱き付いた。
泣き顔を、見られたくなかった。
「私……わたし……」
振られるのが怖い。ここまで来て、こんな気持ちになるなんて。
自分に腹が立った。
だから私は、そんな自分に抗うように、歯を強く食い縛った。けれども涙は止まらない。怒りと悲しみと、恐怖感に震える声で、私は彼に気持ちを伝えた。
「私は……、君のことが、」
好きで。
「好きで、好きで、」
大好きで。
「好きで好きで好きで好きで、好きで好きで好きで、好きで好きで好きで好きで好きで……」
愛してる……。
もっと強く、彼を抱き締める。その胸に顔を押し付ける。
「………………好き……っ」
そして私は、彼に――。
次の日は学校を休んだ。ちょっと、用事があったのである。
その次の日。学校に行くと、友達みんなに驚かれた。
「ど、どうしたの、その髪っ」
まあ、自分でもびっくりだ。まさか散髪でベリーショートにしてしまうなんて。
寄ってくる友達に、近くには来てないけど、多分気になっているクラスメートみんなに、私は明るく教えてあげた。
「私、失恋しましたっ!」